第54話 熊人の家族たち

 

 春香から声をかけられ、奴隷たちがいる長屋へと向かう――。


 彼らは幾分緊張した面持ちでこちらを見ていた。全員ベリトアと同じ熊人族らしく、男性陣は大柄でゴツいが、女性や子供は小柄でほっそりしていた。全員と挨拶を交わしたあと、さっそく居住の許可を出してみる。


「春香から村のことを聞いたと思うけど、是非とも村の一員となって協力してもらいたい」


 そう伝えてから春香を見ると、しっかりと頷いて親指を立てていた。どうやら忠誠度も問題ないみたいだ。


「そ、村長さん……」


 男性の一人が前に出てきて、何やら言いづらそうな感じに声を発する。


「遠慮なく言ってよ、みんなもう村の住人だ」

「村に住まわせてくれて、しかも奴隷の解放までしてくれることには本当に感謝しています」

「ああ、私も嬉しいよ」

「だけど話があまりにも魅力的、と言うか好条件すぎて……」

「なるほど、その辺りは実際に村で生活しないと証明できないからなぁ。まあとりあえず、安全な結界の中に入って欲しいかな」


 そう言われた奴隷たちは、恐る恐るといった感じで村に入ってくる。


「メリナード、奴隷の解放って今すぐでも可能かな?」

「はい、隷属の首輪に触れて主人が解放宣言をすれば可能です。現在は私が主人となっているので、今からやりましょう」


 そう言って、次々と首輪を外していくメリナード。首輪を外された熊人たちは、「借金は……?」とか「え、いいの?」などと戸惑っていた。


「これでみんなも村の一員だ。聞いているとは思うけど、忠誠度が下がらない限りは歓迎するよ」

「村長さん、奴隷から解放してくれたこと感謝します。それであの、例えばなんだけど……」


 遠慮しているのか言葉がそこで途切れる。


「あの、本当に仮の話なんだが、私たちが村から逃げたらどうするんだろうか。いや、もちろんそんなことする気がないが……」

「ん、仮に逃げてもどうもしないよ? その後は他人になるだけだ」

「今日初めて会ったばかりなのに、そんなに信用してもらえるとは……。ああそうか、忠誠度ってやつか」

「そうそう、私もなるべく皆に信用してもらえるように頑張るよ。皆も無理のない程度に頑張って欲しいかな」

「村長、ありがとうございます。おれたち、村のために精一杯やらせてもらいます!」


 その言葉に合わせ、全員が頭を下げて御礼を言っていた。


「さあ、皆で昼食にしよう。夕飯は新たな仲間の歓迎会だ。椿、悪いけど段取りを任せてもいいかい?」

「はい、今日は豪勢にいきましょう!」


 熊人の家族は自己紹介をしながら村の皆に囲まれている。始めは緊張していたが、子ども同士が仲良く遊び出してからは、親のほうも楽し気に談笑していた。この調子ならうまく溶け込めそうだ。


 ちなみに、メリナードが連れてきたクルック鳥なんだが……、何の問題もなく結界を素通りできていた。村に害がないからなのか、魔物じゃないからなのか、良くわからなかったので考えるのを諦めた。



◇◇◇


 昼食後、村の案内を春香に任せて、ルドルグと打ち合わせの真っ最中だった。


「――ってことで、鉱山の作業場と飼育小屋を手分けして頼みたいんだ」

「それは構わんが、場所はどうする?」

「飼育小屋は任せる、椿と相談して決めてくれ。できれば鉱山のほうは、明日一緒に来てくれるとありがたい」

「おうよっ、小屋は弟子に任せて儂が鉱山に行こう」

「早朝に出発だからそのつもりで頼む。熊人の三人も連れていくからね」

「それはそうと長よ。結局のとこ、長屋は必要だったんか? みんなすぐ村に入れたが……」

「いやいや、毎回こんなに上手くはいかないよ。近いうちに必ず必要になる」

「そんなもんか? まあいい、儂は鶏小屋の打ち合わせにいくからな!」


 のっそりと歩き去るルドルグを見送り自宅へと戻った――。



 リビングにはメリナードとメリマスを待たせていた。ウルガンとウルークはダンジョンに興味があるらしく、場所だけでも確認したいと言って向かったそうだ。


「待たせて悪いね。メリマスも熊人たちへの対応ありがとう」

「いえ、先ほどまで教会にいましたので」

「昼前に大方の話は聞けたと思うけど、ほかにもあれば言ってほしい」

「そうですね。しっかり決めておきたいのは、議会に販売する食糧の種類と量、それに交易頻度ですね」

「ふむ、ちなみに議会の要望は?」

「多ければ多いほど、です。首都への輸送も視野に入れているので、できる限り融通して欲しいとのことです」


 現在の収穫サイクルは、芋が16日、米が25日、麦が27日だ。米は精米まで、麦は製粉まで加味した日数となっている。1回の収穫で米が約3t(米俵50俵)、麦は約2tの収穫が見込める。


 たった一度の収穫量で村人全員が1年は食べていける計算だ。なので販売量の上限はそれほど気にする必要はない。むしろ定期的に出荷しないと、そのうち倉庫がパンクしてしまう。


 そんな現状を話したところ、


「では月に2回の頻度で、米と麦を交互に輸送しましょう。芋はその2回に適量を合積みします」

「販売量はどうする? さすがに全てと言うのはな……。万が一を考えてある程度の備蓄はしておきたい」

「万能倉庫のお陰で品質の劣化はありませんよね。――でしたら、常に2年分ほど備蓄した方が良いでしょう。余剰分は全て出荷しても問題ないかと思われます」


 2年分もあれば十分だし、頻度や種類についても問題ないと思われる。


「わかった。ところで芋と米と麦のうち、一番人気なのはどれなんだ?」

「間違いなく芋ですね。米も流通しだせば日本人に流行るでしょう。麦はこの世界の主食ですからそこそこ、と言ったところです」


 やはり芋が一番人気のようだ、村人たちの様子からもそうだとは思ったけどね。


「あとは販売価格なんだが……私には皆目見当がつかない。メリー商会に一任するよ」


 お金はあったに越したことはないが、街からの物資さえ入手できれば問題ない。そう考えて一任した。街の相場がわからない以上、そもそも駆け引きのしようがない。


「何か条件や要望はございますか?」

「安く売るのはやめてくれ、街の商売人から恨みを買いそうだからな。あとは好きにしてくれたらいいよ」

「――では、販売額は我が商会にお任せいただき、その利益の8割を村へ、残りの2割をメリー商会が頂きます」

「流石に2割は少なくないか?」

「いえいえ、『ナナシ村との唯一の窓口』という看板だけで十分な価値があります。目先の利益など些細なもの、村が大きく発展してからで良いと考えています」


 メリナードの言い分もわからないでもないが……。


「村を大きくできるかわからんし、私の判断でしないかも知れんぞ?」

「それでも構いません。そもそも、私とて村の一員ですからね」

「そうか、納得してるならいいさ。……ところで、二人に妻子はいないのか? いるなら早いうちに村人になれるか確認したいんだよね」


 家族が村に入れなかった。だから私たちも村人をやめます。そんな理由でメリー商会を手放すのは勘弁だ。


「はい、私には妻が、息子のメリマスには妻と子がいます。次回来訪するときに連れてくる予定です」

「ああ、有事の際に受け入れられないでは困るからな。使用人も、信の置けそうなものは連れてきてくれ」

「ではそのように――」


 その後も、交易品の選定や移民の条件を中心に話を詰めてく。新たに見つかったダンジョンについては、当面隠す方向で話がまとまった。下手に話すと冒険者ギルドの介入があるらしい。




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