第53話 クルック鳥
異世界生活127日目
前回の村会議から6日が経過し、ようやくメリナードたちが街から戻ってくる。一昨日の昼頃、護衛をしている槍士のウルガンが、先ぶれとして伝えに来てくれた。
今回は、確保した奴隷も引き連れてくるらしく、受け入れの準備をお願いしたいと言っていた。予定人数は9名、いずれも獣人の借金奴隷だということだ。
議会との交渉内容については、メリナードが直接話してくれるみたいで、概ねは順調だったと報告してくれた。
「村長、お久しぶりです。帰還が遅れてしまい申し訳ございません」
「メリナード、それに皆も無事で何よりだ。いろいろ大変だったろ」
メリナードの表情は明るかった。後ろに見える奴隷たちも疲れた顔をしているが……目が死んでいるような絶望感はない。全員が結界を見て驚いており、しきりに村の様子を眺めていた。
「大きな家屋が何軒か増えましたな。あれが受入れ用の住居ですか?」
「ああ、村人として中に入れるまで、あの長屋に共同で住んでもらうつもりだ。その辺は春香に頼んであるから、引継ぎと説明を頼みたい」
「わかりました。でしたら、メリマスよ」
「はい、村長お久しぶりです。奴隷の件、春香さんと調整しながら準備に取り掛かりますね」
「ああ。春香、あとは頼んだよ」
「わかったよー、こっちは任せといてー!」
奴隷たちのことは春香に丸投げして、メリナードと共に自宅へ向かう。ウルガンとウルークには、念のために結界の外で警備をしてもらった。
「村長、まずは教会で祈りを捧げても良いでしょうか」
「もちろんだよ。気が利かなくて悪いね、メリマスたちは良いのか?」
「仕事がひと段落ついたらで結構ですよ。恐縮ですが、私が代表して女神さまへの感謝を――」
教会で祈りを捧げたあとは、自宅の居間に向かい、PCのモニターでステータスの確認をしてもらう。万が一に備え、今日は剣術スキルをコピーしている。私が鑑定することはできない。
「何度見ても、ここにある異世界の品々は珍しいもので溢れていますね」
初めて来訪したときも自宅を見て回ったし、モニターによるステータス確認もさせたんだが、そこは商人だけあって魅力的に感じるのだろう。
「お、空間収納のレベルが上がってる。忠誠も88とは……」
「おかげさまで収納できる容量がかなり増えました。忠誠は88ですか……90を超えてないのは非常に残念ですが、必ずや近いうちに達成してみせますので」
「そうか、期待しているよ」
メリナードは真剣な顔をして頷いていた。これだけ忠誠度が高ければ、裏切るなんてこともまずないだろう。
「それでは、議会との交渉についてご説明致します。疑問点などあればその都度おっしゃってください」
「わかった」
「まず、前回提示された条件は、建前上全て通りました。売買の際はメリー商会を通すこと、街での移住者募集と奴隷の購入も許可されております。ただし、食料品は全て軍に卸して欲しいと要望されています」
良かった。ひとまずこちらの要件は通ったらしい。ただ、建前という発言が気になるので、もう少し詳しく聞いてみる。
「建前と申し上げたのは、議会側も、裏で監視程度のことはしてくるだろう、と言うことです。無論、あからさまな監視や干渉はしてこないでしょうけどね」
「その程度はあるだろう。向こうにしてみれば怪しい村だしね」
「村の規模や人数、村長や転移者の存在については議会へ報告しております。結界と農耕スキルのことも説明しました。もちろん、教会と女神さまの加護については何も話しておりません」
すべてを隠しては余計に怪しまれる。女神のこと以外は、ある程度話すと決めていた。
「議会側が強硬手段に出る、みたいな話はなかったのか?」
「村を属領にする案は当然でました。しかしながら、戦争状態になりそうな現状、安定的な食糧の調達は議会の最重要課題です。そして同じ日本人である日本商会への配慮もあり却下されました」
「却下というか、様子見の保留って感じだな。こちらが暴利を吹っ掛けなきゃ、しばらくは大丈夫かな」
「まさにそのような雰囲気で話が纏まりましたよ」
こっちが大人しいうちは問題ない。が、もう少し歩み寄った方がいいかもしれない。村の場所も特定してくるだろうし……だったらいっそのこと――。
「こりゃあれだな。そのうち議会関係者を村に呼んだほうが良さそうだね。どこまでネタを明かすかは吟味しなきゃならんけど」
「ええ、その辺りもご相談したいと考えておりました」
「議会のことはわかった。大規模な商会や例の日本商会はどんな感じ?」
「大手の商会は当然繋ぎを持ちたいでしょうが、議会で決定したことですしね。我が商会の動きを見ながら、と言ったところでしょう」
「横やりを入れた場合も、取引を中止するって伝えてあるよね?」
「それはもう、くどいと戒められるほどには伝えて参りました」
「そうか、苦労掛けるね……」
「当然のことです。それで、日本商会についてですが――」
メリナード曰く、日本商会はこの件に終始肯定的で、反対意見は一切無かったらしい。ただ、取引品目に米があると知ったとき、このときだけは執拗に食いついてきたそうだ。それが日本人ならではなのか、他の思惑があるのかはわからない。
この日本商会、議会とはかなり親密な関係にある。軍から食糧を横流しさせ、独自の農業体制を確立するかも、とメリナードは語っていた。
「まあ、そこは好きにしてくれればいいよ。『豊かな土壌』の恩恵がない以上、そんなに上手くいくとは思えないけどね」
「なんにせよ、議会が掌握したことは日本商会にも筒抜けかと」
「ああ、そのあたりも含めて村への視察を考えないとだね」
議会との交渉について納得できたところで、今回持ってきた物資と奴隷についての話に移った。
「今回は、鉄や銅などのインゴットを主軸に、室内用ランプと街灯ランプの魔道具、香辛料や生活用品を持参しました。村の皆さんから要望のあった品も可能な限り用意してあります」
「おお、それは村の皆も喜ぶよ。インゴットについても、まだ鉱山には手を付けられないから助かる」
「――それと、クルック鳥を10羽ほど持ってきました。椿さんが、卵を要望されていましたのでね」
クルック鳥とは日本でいう鶏に似た鳥らしく、街でも珍しいものではないようだ。魔物ではなく、普通の動物だと教えてくれた。
「そうか、じゃあ飼育小屋も作らないとな。ルドルグに相談しとくよ」
「あとは奴隷についてですが、今回連れて来たのは全て借金奴隷です。主に日本商会絡みで仕事を失った者が多いですね」
「どんな職種の人たちなんだ?」
「今回は鉱山関連の者を厳選しました。村の鉱山に手を付けるにしても、経験者や有識者が必要ではと思いまして」
「それは非常に助かるんだけど、採掘作業って……犯罪奴隷なんかが従事するんじゃなかったか?」
以前に聞いた話しでも、鉱山で働かされているのは犯罪奴隷だと言っていたはず。
「――採掘に関してはそうですね。今回連れて来たのは、製錬作業に従事していた者たちとその家族です」
「ああ、そういうことか。ちなみに家族も一緒にってのは、忠誠を上げる狙いなのかな?」
「はい、そこが一番重要だと思いまして。他者に買われていた子供や妻も買い戻して参りました」
「それはさぞ効果が見込めそうだな」
「忠誠度についても道中で説明してあります。奴隷に堕ちて日が浅いのもあり、割と奮起しているようでしたので大丈夫かと」
今回連れてきてくれた奴隷の内訳は、製錬作業をしていた成人男性3人とその家族、いずれも妻と子供がいるらしい。
大枠の報告を聞き終えたところで、椿が昼食をどうするか聞きに来てくれた。
「啓介さん、まだお話が続きそうならこちらに持ってきますけど」
「ああ、ありがとう。一区切りついたからみんなと食べるよ」
椿にそう言って集会所へ向かうと、すぐに春香が駆け寄って来た。
「あ、啓介さん!」
「そんなに急いでどうした?」
「忠誠度を見たいんで居住の許可を出してくれる? 話の雰囲気からも行けそうな気がするんだよね」
春香にそう促され、メリナードと共に結界外の長屋へ向かった。
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