第52話 おっさんと彼女たち


異世界生活121日目


 次の日、朝食を終えた村人たちが各自の作業へと向かっていく。そしてこの場には、私と椿、桜と春香、それにロアだけが残った。


 現在は自宅のリビングに移動。テーブルを囲むように、五人が向かい合って座っている。


「あー、もう察してると思うが……今日集まってもらったのは私との関係についてだ。村の環境も整ったし、ハッキリさせておきたかった」


 みんな、次の言葉を待つかのように神妙な面持ちで私を見ていた。


「村の結界をはじめ、ここでの安全な生活は私の力あってのものだ。半ば支配者に近い立場にいることは自覚している。それを念頭に入れて話し合いたい」


 四人は黙って頷いている。自分で誘っておいてアレだが、おっさんもかなり緊張していた。


「――さて! 大事なことだからさ、俺も腹を割って話すわ」


 そう宣言してから、本来の口調で話し始める。


「俺もいい歳だし……鈍い方じゃないからさ、みんなが俺に好意を持ってくれてるのも感じてるよ。忠誠度とは別の意味でね」


 そう前置きをして自分の気持ちを語る。


「俺、四人のことは好きだよ。けどそれが恋愛感情かって考えると自信ないんだよね。どっちかっていうと庇護欲に近い感じ」

「庇護欲って言うのは父性的な? それとも独占欲のようなもの?」


 ここで初めて桜が口を開いた。


「たぶんその両方だ。お前のようなヤツには渡せん! 的な?」

「全員を囲ってしまおうって気はないんですか?」

「ハーレムかぁ……。別に含みを持たせるわけじゃないけど、今のところ無いな。付き合うとか結婚したいって感情も無いんだよね」

「じゃあ、性的な欲求はどうです?」

「そりゃあるよ。日本での倫理観もまだ残ってると思うけど、それを加味しても欲求はあるし、これまでもかなり自制してきたつもり」


 そう言うと、女性陣が自分の思いを話し出した。


「あたしは啓介さんに恋愛感情はないかなー。でも守って欲しいし、異性としても、なんとなく意識してる感じかなぁ」


 と言ったのは春香だ。歳の差もあんまりないし、そういう関係になっても自然でしょ? と付け加えていた。


「私は……というか兎人族としては、優秀な種を残すためですね。もちろん保護してくれた村長個人にも少なからず好意は持ってます」


 兎人族のロアは種族的な観念なのか、それが当たり前なのだと語る。ラドや部族から推されて、ではなく自分の意志で候補に選んだ、と言っていた。


「私は啓介さんの性格と能力を天秤にかけてって感じかな。これだけの能力を持ってて横柄にならない人間は珍しいしね。まあ、誘われれば断りませんよ?」


 桜は最初に会った時からずっとそんな感じだった。趣味が合う、ってのもプラス要素らしい。


「わたし……私は啓介さんが好きです。保護してくれたってだけでなく、異性として魅力を感じています」


(うん、椿の気持ちにはそれとなく気づいていた。面と向かって言われると恥ずかしいが嬉しいもんだな)


 みんなの思いも大体出そろい、少しだけ場の空気が緩まった気がする。


「ふー、みんなの気持ちを知れて良かったよ。ただ……さ、誰かと結ばれるにしても、ハーレムにしても、それによって亀裂とか序列ができるのが厄介なんだよな」

「それは村に影響がでると困るってことですよね?」

「そう、ここにいる全員が村にとって貴重な人材だからね。そこに不和が生じるのが一番困る」


 お前はいったい何様? ってのはわかってるが、実際思ってることだからしょうがない。そう開き直って話すと桜から、


「気づいてると思うけど、啓介さんからこの話があるまで抜け駆け禁止ってのと、場合によってはシェアすることで話はついていますよ?」


 そうだろうとは思ったが……。こうして直に聞くと、あまりにも自分にとって都合の良すぎる話だった。まあでも、今さらはぐらかしても仕方がない。


「そっか、わかったよ。流れで良い仲になったら――ってことでいい?」

「元よりそのつもりで話し合いをしてました。ただ、そういうことは全て情報共有しますので、そこは許容して下さいね」

「それで不和が無くなるんならいいよ全然」


 そのあともしばらく、さまざまな話し合いを続けていった。


 ここまで気持ちを晒したのならってことで、結構エグいところまで踏み込んだ。内容については秘匿させてもらうが、とにかくスゴかった、とだけ言わせてほしい。


 唯一、私への明確な恋愛感情を宣言した椿に関しても、今すぐどうしたいってわけじゃないと言っていた。ただし、「今後は積極的にいきます」ってことらしい。


 結局、朝からたっぷり昼前まで話し合い、お腹がすいた頃、ようやく解散となった。

 

 何をどう取り繕ったところで、結局俺もハーレムよろしく、欲望まみれのおっさんと言うことだ。ただ、それを実行するのかはまた別の話。ずいぶん卑怯な言い方になるが……節度を守った上で、自然の流れに身を任せたい。

 


◇◇◇


 秘密会議のこともあって、ほか主要メンバーも村に残っていた。今日のダンジョン探索は中止、冬也やラドたちも午前の作業をおえて村にいる。

 近頃はダンジョン関連に注力していて、村会議もしていなかった。この機会にメンバーを集めて話し合いをすることに――。


 村の集会所に集まり、みなが適当に席へつくと、誰からともなく気になったことを話し出す。村での生活も安定してきたので、切迫した案件はない。終始にぎやかに会話が進んでいた。


「そういえば、メリナードさんからはまだ連絡もないんですよね?」


 街の話題になったときに、桜がそう聞いてきた。


「何もないな。当初は3週間くらいだと言ってたけど、相手のある話だから長引いてるのかもね」

「まぁそうなんですけど、伝令くらいあっても良さそうな気がして……」

「この前も言ったが、我らが街の様子を見てきても良いんだぞ?」


 ラドが気を使ってそんな提案をしてくれるが、


「それはやめておこう。何かあったときの二次被害が怖い」

「そうか――。まあ、しばらく待つのも良いだろうな」

「ああ、気持ちはありがたく受け取るよ」

「それはそうと長よ、明後日には結界の外に作っとる長屋が建つぞ」


 すでに建屋は完成しており、あとは内装だけだとルドルグが教えてくれた。


「長屋といえば、家の周りは柵で囲っといたほうがいい? 結界の外だと魔物対策も必要なんじゃないかな」

「たしかに夏希の言うとおりだ。私たちも手伝うから、明日一気に仕上げてしまおう」


 と、会話が途切れたところでふと思い出した。折角みんなが揃っているので、日本への帰還について聞いてみることにしたのだ。


「あのさ、今までちゃんと聞いたことなかったけど、みんなは日本に帰りたいと思ってるのかな? あ、ちなみに私は『どっちでも良い』だよ」


 最初に反応したのは冬也だった。


「村長、どっちでも良いってのはどういう意味なんだ?」

「こっちにずっといるのもなぁ、でも帰ってもなぁ、みたいな感じだ」

「ああ、なんかわかるその気持ち。オレも同じかも」

「まあ個人的には、帰れなくても一向に構わんと思ってる」


 他のメンバーも似たような感覚らしく、絶対に帰りたいってヤツは一人もいなかった。


「そもそも帰れるのか? って思うけど、今は考えるだけ無駄だもんな」

「無駄ってことは無いけど、変な期待はしないほうが良いだろう」

「だよなー」

「しかしアレだな。全員が『帰れなくてもしょうがない』って割り切れるのも、それはそれでちょっと怖いよな」

「村長、何が怖いんだ?」

「なんか、世界の意思に支配……洗脳でもされてるんじゃないかと、な」

「え、怖いなそれ。やめろよ村長……」

「でもみんな、ここに来てから帰りたいって考えたことある? そりゃ転移してすぐはあったかもだけどさ」

「わたし、そう言われると無いかも……」

「まあ、ここにいるメンバーは異世界への造詣も深い。きっと順応性が高いのだろう」

「で、ですよねー」


 私の見解に、ほかのみんなも無理やり頷いていた。内心ではかなりビビってるようだ。


『この会話の謎が判明したのは……それから随分と経ってからであった』


「「「え……椿……さん?」」」


 なにを思ったか、急に椿がぶっこんできた。ほかのみんなはそれを聞いて固まっている。彼女には似つかない野太い声で言うもんだから……なおさらに怖い。


「あ、冗談ですよ冗談」

「なんか椿が言うとソレっぽい。俺もちょっと怖くなって来た……」



 そんなこんなで、鍛冶や農業関連の話に移りつつも、久しぶりの村会議はお開きとなった。


 椿のセリフが伏線じゃないことを祈りながら、今日も穏やかな一日が過ぎていくのであった。





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