第46話 メリーさんはひつじ


異世界生活98日目


 今日、街の商会長が集落に来る。


 私とラド、冬也と桜、それに春香と秋穂は前日に乗り込んで一晩を明かしていた。万が一の対人戦闘を考慮して、斥候職を含め村の主力メンバーを引き連れてきている。


 冬也と桜はレベル28、春香と秋穂はレベル25、私も23まで上がっている.。余程のことがなければなんとかなると信じたい。春香には、目に見えた全ての来訪者を鑑定してもらい、気になることはすぐに報告してもらう手筈になっていた。


「村長、西の方角に多数の気配を探知しました。おそらく商会の方たちだと思います」


 斥候職のレヴが気配を探知したようで、しばらくすると木々の隙間をぬって集団が姿を現す。


「みんな、打ち合わせ通りに頼む。なるべく友好的にいこう」


 全員が黙って頷いた。


 ――――


「族長殿、この度は集落に訪問する許可を頂き感謝します」


 ラドに向かって丁寧に挨拶をする商会長は、羊の獣人で中年の男性だった。物腰も穏やかで、温厚そうな雰囲気をまとっている。


「メリナード殿、よく来てくれた。我らも来訪を歓迎する。ひとまず集落に入って休息をとってくれ」

「ではお言葉に甘えて」

 

 商会一行に侵入の許可を出すと、初めて見る結界にざわついている者がいる中、商会長が気にした素振りも見せずに入ってくる。それに続くように護衛と思わしき2人が、そして他の者も入ってきた。村人ではないので、自動追放によって勝手に弾かれることはいない。


 小1時間ほど休息をとったあと、篭に芋を詰め込んで、運搬役とその護衛の冒険者たちが街へと戻っていく。

 現在、ここに残っているのは商会長とその息子のメリマス、それに専属護衛の獣人2名だけとなった。ちなみにこの2名は狼人族らしい。



「お初にお目にかかります。商会長のメリナードと申します。これは息子のメリマスです。村長のことはラド殿から先ほど伺いました」

「初めまして、ナナシ村で村長をしている啓介と言います。周りにいるのはこの世界に転移してきた日本人の仲間です」

「皆様初めまして、メリナードです。よろしくお願いします」


 友好的な態度を前面に出しながら各々が簡単な自己紹介を交わしていく。ひとしきり挨拶を終えたところで、商会長のメリナードが真剣な顔つきで語りだした。


「我らメリー商会は、あなた方の存在や能力について、詮索する気も邪推することもありません。良き取引相手として長くお付き合いしたいと考えてここへ参りました」

「ええ、ここに来た人の中に日本人がいないことからも、事前に配慮頂いたのだろうと感じましたよ」


 メリナードはゆっくりと頷いて、


「正直に話しますが、芋のことやこの緑の膜のことなど、気になることだらけです。しかし、ここで見たものや聞いたことは決して他言しないよう徹底させます」


 春香の鑑定でも特殊な能力を持つ者はいないと言っていたし、洗脳や偽装の可能性もないだろう。


「ありがとうございます。私も良い関係を作れたらと考えていますよ」

「そう仰って頂けて嬉しいです。商会を挙げて信頼を頂けるよう努力致します」


 その言葉にも嘘はなさそうなので、村人になれるかを試してみることにした。


「こちらの3人はメリナードさんの近しい人と考えても?」

「はい、息子も護衛の2人も、私が最も信頼している者たちです」

「そうですか、なら今から私のスキルと村についてお話します」


 そう言って、村人の条件や村のルールなどを説明していった。


 話を聞いて納得した4人から村人になる同意を得たので、居住の許可を出すことに。既に侵入した状態だから、忠誠度が足りなければ即時に結界の外へ弾かれるはずだ。


「では今から許可を出しますが、忠誠度が足りない場合はあちらに飛ばされます。危険はないのでご安心を」

 

 私が居住の許可をだすも、全員が結界内に留まっている。春香の鑑定による忠誠度は、商会長が78で息子が73、護衛の2人は67と66だった。


「無事村人になれたようです。正直、皆さんの忠誠度の高さに驚いていますよ。もっと低いものと予想していました」

「村のことや村長の能力を聞いて、言い方は悪いですが、その価値は十分高いと伝わりました。真っ当な商人であればこうなると思います」

「護衛の方も商人なのですか?」

「いえ、この二人は私が若い時からずっと従っております。私からあなたへの信頼を汲み取ってくれた結果なのでは、と考えます」

「なるほど、何にしても四人は村の一員になりました。これ以上の証明はありませんよ」

「確かに、残酷で明確な証明ですね。私共も嬉しい限りです」


 当初は集落で一泊する予定だったそうだが、村人になれたので村へと招待することにした。ただ、集落に誰もいないのは不味いので、ラドと斥候のレヴ、息子のメリマスと護衛の一人は残ることになった。明日の分の取引が終わってから村へ合流する予定だ。



 メリナードと護衛の一人を連れ、村へ到着する頃には日暮れも近くなり夕食の時間となっていた。


「みんな、商会の人が来たぞ。ほかにも二人集落にいるが、無事村人となったから歓迎してくれ」


 村人全員が拍手で迎え入れ、商会長と護衛も丁寧に挨拶をしていた。が、村の広さには驚きを隠せない様子だった。


「今後の予定については明日じっくりと話そう。ひとまず今日はゆっくりしてくれ、飯も風呂も堪能していって欲しい」

「なんと、この村には風呂もあるのですな。さきほどから驚かされてばかりですよ」


 さすがは商人だけあって、夕飯に出てきた食材を事細かに聞きながら食べていた。商人目線からでも、村で獲れる食糧は格別らしいので、価値のある商材であることは間違いないだろう。




◇◇◇


異世界生活99日目


 みんなで朝食を終えたあと、メリナードを連れて村の各所を案内して回っている。


 と、村の恩恵の話をしたところで、「女神さまへ祈りを捧げたい」と申し出てきた。そこで教会へと寄ったんだが、なんと二人に職業とスキルが発現したのだ。


 商会長のメリナードは、『商人』の職業と『空間収納Lv1』を授かり、護衛の狼人は『槍士』の職業と『槍術Lv1』を授かった。これには度肝を抜かれたようで、神の御業に感謝して、女神像の前で何度も平伏していた。


 護衛のウルガンも相当驚いており、外に出て自分の動きを確かめると、あまりの変化にしばらく呆然としていた。その様子を見ていた冬也と戦士の兎人たちが、何やら訓練を申し出て模擬戦のようなことを始めだす。


「メリナード、滅多にない機会だ。しばらくアイツらの相手をさせてもいいかな」

「もちろんですよ。さあウルガン、存分にやってきなさい」

「はっ、ありがとうござます!」


 模擬戦に夢中になっているウルガンたちを残し、万能倉庫や畑の状況を確認したり、鍛冶場や水車小屋を見学して回った。


「ふー、主要な施設は大体見せられたと思う。あとは北の山脈で採掘の計画があるくらいだよ」

「――いやはや、参りましたよ。スキルを授けられたのもそうですが、村の価値を相当甘く見積もっておりました」

「そうか、なんなら村へ移り住んでくれてもいいんだぞ?」

「ええ、実は真剣に悩んでます。商会をメリマスに任せてそうするやも、と本気で考えていたところです」

「親子でやり取りを任せられたら私も楽ができて助かる。冗談抜きで検討しといてくれよ」


 真顔で頷くメリナード。きっと頭の中では、今後の展望と商会の利益を算段しているのだろう。



 集会所に戻ってくると、今後の取引についてを話し合うことになり、私の要望を言う前に、まずはメリナードの考えを聞くことにした。


「今、村に最も必要なのは人材でしょう。次に専門職、これも人が増えれば自然と定着すると考えます」


 頷いて同意し、話の続きを促した。


「村の防衛に関しては結界がありますし、敷地拡張の可能性があるようなので問題はないと思います。しかしながら、街との交易が盛んになれば、必ずや他の商会や連合議会が干渉してきます。そこについてはどう考えておりますか」


 さすがは商会長、街や議会のことにも詳しいようだ。折角のチャンスなので、自分の考えを素直に伝えてみることにした。


「そうだね。私としてはメリー商会を窓口にして、信用のおける者とは適正な取引をしたいと考えてる。村を取り込もうとする者や、敵対を示す者とは一切の交渉をする気はない」

「あくまで、ナナシ村は独立した状態を維持する、と思ってよろしいですかな?」

「ああ、どこかの属領になるつもりはない。好きなようにやらせてもらいたいね」

「そうですか。――ならばメリー商会は協力を惜しみません」

「それはありがたい。村を害さない限りだが、商会も最大限の利益を上げてくれよ」

「はい、そうさせて頂きます」


 メリー商会の利益、そして村の発展のため、お互い利用し合うことをしっかりと話し合った。





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