第36話 春香と秋穂


「椿っ、ちょっとこっちに来てくれ!」


 滝の裏側に小さなほら穴を見つけた私は、大きな声で椿を呼んだのだが……、滝が落ちる音が大き過ぎて聞こえていないようだ。そのあとも何度か叫んでみるが、椿は泉の中に視線を落としたまま気づかないでいる。


 しかたないと諦め、ひとまず合流しようと椿のほうへ足を向けた。


 そのとき――


「に、人間だあああぁぁ! あきちゃん、人間がいたよ! あブッ」


 滝の音など関係ない、と言わんばかりの大きな叫び声が聞こえた。なんか最後に変な声も聞こえたが……間違いなく女性の日本語だった。


 こっそり穴の中を覗くと、鼻血をだらだら垂らした女性と目が合う。さっきの変な声は、結界に顔をぶつけたものみたいで、笑い泣きしながら鼻血を垂れ流している。そして、いまも至近距離で見つめられ……かなり背徳的な光景がそこにあった。


 結界を挟んで、お互い無言のまま見つめ合っていると、穴の奥から女の子が顔を見せた。冬也たちと同年代ぐらいに見えるその子は、自身もむせび泣きながら、鼻血を垂らした女性の治療を行っている。


 その女の子は女性の鼻に手をかざすと、ポワッと淡い光で包み込んでいたのだ。


「なあそれ、もしかして回復魔法か!?」

「――ま―う―す」


 何かしゃべっているようだが、滝の音もうるさいし、声が小さくて全然聞こえない。そうこうしているうちに、椿がこちらに気づいてやってきたので、私が横にズレて2人を見せると、


「え……こんなところに人が?」


 そう言ったまま椿も固まっている。まだ泣き笑いしている女性が、私と椿を交互に見たあと、叫ぶように言った。


「お願いします! 私達を村に入れて下さい! なんでもしますから!」


(な、なんでもだと!?)


 いやいや、それ何回目だよ! と心の中でノリツッコミしながら返答をする。


「大丈夫だよ。悪いようにはしないから、落ち着いて話をしてほしい」

「やったああああ!」 

「っ!」


 2人は抱き合って喜んでいた。


 しばらく落ち着くのを待ってから、村に入るための条件やルールを説明。相変わらず滝の音がうるさくて聞き取りにくかったが、とくに疑っている様子もなく、すんなりと受け入れてくれた。そして、「すぐにでも村人になりたい」と申し出てきたので居住の許可を出した。


 結界に弾かれることもなく、村人になった二人を連れてひとまず滝から離れることに――。ここまでくれば静かだし、普通に会話できるだろう。


「ふぅ、ここまで離れれば大丈夫か。さっきも説明したけど、この結界の中は安全だから落ち着いて話そう」


 川で顔を洗って一息ついた二人は、身に着けている物はボロボロだが、顔色や肉付きなんかは良さそうだった。転移してから結構経ってるはずだが……どうやって生き延びたんだろうか。


「私は啓介、歳は40だ。こちらの女性は椿という。私がこの世界にきて、最初に遭遇した日本人だよ」

「椿です。今年で24になります。村では主に農業を担当しています」


 私たちが自己紹介をすると、二人もそれに応えて挨拶をしてくれた。


「わたし春香はるかって言います。33歳独身、『鑑定』のスキルが使えます!」


(おお! ついに見つけたっ!)


 異世界定番の鑑定スキル。まさに王道と言えるスキル保持者に遭遇して、興奮するのを必死でこらえる。


「私は秋穂あきほ、16歳。能力は『治癒魔法』で、傷を治すことができます」


 もともと声が小さめの子のようだ。少し遠慮がちだが、言葉口調はしっかりしている。そして『治癒魔法』、病院も薬もない村にとっては必須の存在といえるだろう。


「二人ともありがとう。ちなみに、能力の把握は春香はるかさんの『鑑定』でかな?」

「啓介さんのもさっき洞窟で見ました! 凄いですよね! ユニークスキルですもんね! くぅー!!」


 洞窟での初遭遇のとき、私がまだ何の情報も伝えてないのに、いきなり『村に入れて』と言ってきた。あのとき鑑定で、私たちのステータスを確認したんだろう。


「啓介さんの『能力模倣』で、私たちのステータスを確認してみて下さいよ! 不足分は私が補完するので! さあさあ!」


 春香さん、さっきからグイグイ攻めてくる……。孤独な環境からの解放感もあるんだろうが……どちらかと言えば、元々の性格によるものがほとんどだろう。


「そ、そうだね。じゃあやってみるよ」


================

春香はるか Lv14

村人:忠誠90

職業:鑑定士

スキル:鑑定Lv4

生物や物に対して鑑定ができる

※鑑定条件:対象を目視

自身に対する鑑定を阻害できる

================


 まずはレベルが14と高いのが目に付く。今日に至るまで、相当な数の魔物を倒してきたのだろう。

 そしてこの忠誠心だ。桜と同じく最初から90の大台を超えていた。ここまでの話しぶりからも、ファンタジーに強いのは間違いない。村の安全性についてもよくわかってるんだろう。


 鑑定に関しては、まあなるほどと言った感じだ。もちろん有能なのは間違いない。春香はるかさん曰く、最初のころは直接触らないと鑑定できなかったらしい。かくいう私も、体のどこかに触れないと鑑定できなかった。


「ちょっと鑑定阻害をしてみてくれる?」


 私が頼むと「はい、どうぞっ」と、手のひらを前に出してくる。その手に触れて鑑定してみるが、先ほどと違い何も頭に浮かんでこない。スキルが弾かれるような感覚はなく、何も感じないというのが正直な感想だった。


「確認なんだけど、忠誠度もちゃんと見えてるのかな?」

「はい、椿さんや秋ちゃんのは見えてますよー。村人にしてもらう前は表示されませんでしたね」

「そうなのか、まさに万能スキルだね」

「ファンタジーの王道ですよねー!」


(なんだろう、適応力が抜群に高いなこの人……。だからこそ、この過酷な状況でも生き残れたんだろうが――)


「うん、じゃあ秋穂さんのも見させてね」

 

================

秋穂あきほ Lv9

村人:忠誠80

職業:治癒士

スキル:治癒魔法Lv3

対象に接触することでMPを消費して傷や状態異常、病気を治癒する

================


 秋穂あきほさんも、春香さんほどではないがレベルは高い。二人で必死に生き抜いてきたことが良くわかる。

 忠誠も80あり、かなり信用されている。安全な場所の確保と、同郷に出会えたことの安心感も要因だろう。口数は少ないが、異世界系の心得もあるのかも知れない。


 職業は治癒士。桜やロアもそうだが、MPを消費するものが魔法のくくりになっている感じがする。そして肝心の治療魔法、最初は傷の治療だけだったらしいが、スキルレベルが上がる毎に、治癒速度や効果が高まったと教えてくれた。


「これまでに、どの程度の怪我を治せたのか教えてくれるかな?」

「裂傷や骨折です。一番酷かったのは、ゴブリンに噛みつかれて抉り取られた腕の治癒です」

「あのときかぁ……。あまりの痛みに大発狂したなー、マジで危なかったんですよ! もう血がドバドバと――」

「相当の修羅場を経験してるんだな……。戦力としても大いに期待してるよ」

「啓介さん、わたしなんでもやりますよ!」

「私もやれます。遠慮せず使って下さい」

「ありがとう。よろしく頼むよ」


 スキルが優秀なのはもちろんのこと、サバイバル能力も申し分ない二人が村の一員となった。




◇◇◇


 自己紹介とステータスの確認も終わったので、あとは村に帰りながらいろいろと話すことにした。たいした荷物は無かったが、ほら穴にある保存食や道具類を持ち出して村へ向かう。


「いやホント助かりましたよ。生活はなんとかできても、精神的にはかなりヤバい状態でしたから……」

「たった二人で2か月近く生き延びるなんて、私じゃ絶対無理だ。二人のことは素直に尊敬してるよ」

「秋ちゃんの治癒魔法がなかったら、負傷ですぐ死んでましたけどねー」

「秋穂さんも魔物を相当狩ってるようだし、頼もしい限りだよ」

秋穂あきほと呼んで下さい」

「あ、じゃあわたしも春香はるかで!」

「そうか……。なら秋穂、異世界系の知識はどれくらいあるのかな?」

「小説も読むしアニメも見てましたね。スローライフものが好きでした」


 相変わらず声は小さいが、ハキハキと話している。表情もさっきより明るく見えた。


「春香はどうなの? 相当嗜んでそうに見えるけど」

「嗜みまくりですねー。異世界ものに限らず、手当たり次第に見たり読んだりです。あとは……サバイバル系のゲームにハマってましたね! って、わかります?」

「自分でキャラ操作して、狩猟したり建築したりするヤツかな?」

「ですです! 某恐竜サバイバルをやり込んでました! これがまたハマるんですよぉ」

「おおマジ? 俺もそれやってたぞ! アレ最高だよなー。わかるー」


 お互い、同じゲームにハマってた同志だというのが判明。話はさらに盛り上がっていった。


「案外同じサーバーでやってたかもですよ!」

「うわー悔しいな、先に日本で知り合いたかったわ」

「まあこうなっちゃったら……、自分の体で体験して行くしかないですよねー」

「ここだとホントに死ぬけどな……」

「ん-、なんかわたしら気が合いますね。趣味も一緒だし、歳も一番近いみたいだし?」


 女性からそう言われて悪い気はしない、しないのだが……。何気なく椿を見ると、ちょっと不機嫌そうな空気を感じた。


「……そうだな、かなり信用されてるみたいで安心してるよ」

「なるほどなるほど――そういう感じなんですね。問題ありませんよー」


 趣味被りがうれしくて、つい素の感情が出てしまったが、雲行きが怪しくなってきたのでこの話題は切り上げた。決して天気の話ではない。



 その後も小休止を取りつつ、お互いの生活や村の経緯などを話しながら帰っていった。







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