第35話 広大な土地


異世界生活53日目


前回の襲撃から3日経過――



 集落へと迎えに行っていた兎人が、予定どおり10名を引き連れて村に帰ってきた。


 事前の説明が功を奏したのか、忠誠度のほうもまったく問題ない。全員無事に、村の中へ入ることができている。新たな村人のステータス確認を終えて、明日からの作業分担と、住居の選定をしているところだった。


「啓介さん、お疲れさまでした」

「ああ、椿が手伝ってくれて助かったよ。何か気になる点はあったか?」

「いえ、特にありません」


 残念、というか妥当というか。今回村人になった者の中に、スキル所持者はひとりもいなかった。それでも、労働力が一気に増えたことは、村の発展に大きな影響を与えると思う。


「村長、いま戻ったぞー」

「おう冬也、集落はどうだった?」

「今日も誰ひとり見なかったな。3日連続だし、残りの2人は死んだか街にでも行ったんじゃないか?」


 襲撃のあった日から今日まで、3日かけて集落周辺を偵察させていたのだが……残りふたりの姿は影も形もなかった。


「そうか、なら偵察はこれで打ち切ろう。流石にもう大丈夫だろうし、正式な運搬ルートとして採用できるな」

「じゃあ明日からは交易路の伐採に取り掛かってもいいよな?」

「ああ。冬也と桜、それにロアを中心に編成してくれ」


 これから幾度も、村と街を往復することになる。ラドの集落を中継点にして、街までの交易路を確保する計画だった。


 もしこの道が開通すれば、1日かけずに街へ到着できるはず。交易が楽になることは間違いない。ラドたち交易メンバーにも二回目の準備を頼んでおり、明日には出発してもらう予定でいる。今回も塩を中心に、釘や香辛料を購入したいところだ。



 兎人の受入れを済ませたあとは、椿とふたりで田んぼの近くに来ていた。敷地を拡張する範囲をどうすべきか。その打ち合わせをしているところだった。


「よし、農地をどう拡げるかの最終確認だ」

「はい、お願いします」

「今ある田んぼの北側に、同じ大きさの麦畑を作る。それと野菜畑を今の3倍にする。これで間違いないな?」

「ええ、それ以上拡げても手が回りません。今回はそれでお願いします」


 先日、農地を拡げたあとの収穫量をざっくりと計算してもらった。それぞれ1回の収穫で、村人30人が1年食べていける量が獲れるらしい。それが20日程度で収穫できてしまうのだから、年間の収穫量に換算すればトンでもないことになる。


 椿曰く、村人が1500人になっても主食には困らないらしいので、どれだけ売りさばいても村には全く影響はない。それどころか、むしろ売らないと倉庫に入りきらなくなる。



「――けさん、啓介さん!」

「あ、ごめん。考えごとしてた」

「あまり悩み過ぎないで下さいね」

「いや、贅沢な悩みだったから大丈夫だ。それじゃあ始めるぞ」


 300mの正方形をイメージして敷地を広げていき、周囲に問題がないのを確認してからすぐ固定した、のだが……。


 果たして、この広さをどう表現していいのだろう。某ドーム球場がすっぽり入って、それでもまだかなりの余地があると思う。人口30人では、とても使いきれない広大な土地を手に入れた。


「これはまた、ものすごい広さになりましたね……」

「信じられるか、まだこの3倍ちかく広げられるんだぜ」

「そ、そんなに……すごい」


 ふたりでお馬鹿な会話をしている所に、村人たちが大集合してきた。

 

「みんなどうだい? この広大な土地全部が村だぞ。しかもな、この3倍の広さにすることだって可能なんだ!」


「「さ、3倍だって!?」」


 広がった土地があまりに大きくて、私もみんなも変なテンションになっていた。せっかく全員が集まったことだし、今後の拡張方針を話しておくことに――。


「明日、北の大山脈まで、川沿いに敷地を伸ばす予定でいる。危険はないけど距離も結構あるし、不用意に行かないでくれよ」

「すぐに調査しないんですか?」

「拡張したら、そのついでに様子を見てくるよ」

「そうですか、何か掘り出し物があるといいですねー」

 

 今後の説明も終わり、皆が散り散りになったところで川のほうへ向かってみる。と、川を挟んで東側にも、敷地が延びていることに気づいた。 


「向こう岸にも結構ひろがってますね」

「20mくらいはありそうだ。そのうち何か利用することもあるだろうさ」

「ですね。果樹園なんかも良さそうです」

「そのへんは椿に任せるよ」

「では、田植えに向かいますね。明日の探索を楽しみにしてます」

 

 椿と別れ、広がった敷地をグルッと視察してその日を終えた。




◇◇◇


異世界生活54日目



 翌日の早朝、ラドたち交易班を見送ったあと、私と椿も北の山脈へと向かった。


 川べりに到着して早々、北の方角へと敷地を広げる――。拡張幅は最小の10mに設定。少しでも距離を稼ぐためである。

 ふと気づいたのは、伸ばした敷地の結界だけが点滅していることだ。村を囲っている結界はいつもと変わりがなかった。とくにこれといった意味はなく、なんとなく気になっただけだ。



「固定しなくても結界は有効だけど、念のために周囲は警戒してくれ」

「はい、啓介さんがいるので心配はしてません。あ、警戒はしっかりやりますね」

「お、おぅ」


 1時間ほど歩いたところで休息をとる。ここまでは、森と川が延々と続いているだけ。魔物も見てないし周囲の変化もなかった。


「とくに代わり映えはしませんね。魔物もでてきませんし」

「だね、水深も川幅も変化ないみたいだ」

「水もキレイで良い雰囲気です」


 二人ともレベルアップで体力も上昇しており、疲れもないのでどんどん進みだした。さらに1時間ほど歩いたところで、ようやく目的の山脈に到着する。と、そこには頂上がかすんで見えないほどの絶壁がそびえ立っていた――。


(こりゃ踏破できないわけだ……)


 絶壁の一部に切れ目があって、そこから水が噴き出していた。どうやらここが源流のようで、小さな滝のようになっていた。その滝の下には大きな泉ができている。


 その幻想的な景色を見て、椿も息をんで見つめている。私もしばし呆けていたが、目的を思い出して動き出す。


「つい景色に見蕩れてしまうが、とりあえず敷地を固定しちゃうよ」


 滝ごと巻き込む感じで敷地を固定する。少しでも隙間があると、魔物なんかがすり抜けそうだったので、岩肌の表面ピッタリまで拡張する。


「あ、ふと思いついたんですが」

「ん? どうした?」

「敷地って、土地同士が繋がってないと拡張できないんですかね?」

「どうかな、試したことないや」


 思い返せば、飛び地になるように拡張したことはなかった。そんな必要性はなかったし、そもそも思いつきもしなかったのだ。せっかくなので試して見ようと、飛び地になるように森へ向かって拡張してみる。


「お、できそうだな?」

「今ある敷地とは完全に独立していますね」

「いやこれは……。もっと早い段階で気づくべきだったわ」

「大丈夫ですよ、私もたまたま思いついただけです」

「そ、そうだよな。大事なのは今後にどう生かすかだよな!」

「そうです! これからですよ!」


 少しの間、何とも言えない空気がふたりを包み込んだ。


「ねえ啓介さん。例えばですけど、街の中で敷地拡張したら……どうなるんでしょうね?」


 椿がそんなことをポツりと言った。


「街ごと占領できちゃったりして?」

「うへー」

 

 椿に言われたそのひと言に、思わず変な声が出てしまった。敷地拡張の可能性に気づかされた瞬間だった。


「今後の対策にも役立ちそうだ。結果オーライってことにしとこう……」


 この件はひとまず保留にして、周囲の観察に移る。滝つぼの周囲は綺麗な泉ができている。周りも開けていて草花なんかも咲いており、とても美しい光景だ。


 一方、高々とそびえたつ絶壁は、硬い岩盤で構成されているようだ。ファンタジーに登場するミスリル鉱石とか、魔鉱石が発掘できたら、なんてことを思っていた。


 ほかにはこれといって気になるものもなく、泉の周囲を何の気なしに歩いていたときだった――。




 滝つぼの裏側、滝に隠れている場所に、を見つけた。







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