第34話 愚かなヤツら


異世界生活51日目


 村のみんなで朝食を摂ったあと、兎人の二人がもう一つの集落へと出発した。順調にいけば2日後、集落にいる10人を連れて戻ってくる。


 見送りを終えた村人たちも、建築班と農業班、はた織り班に分かれて、それぞれの作業に出かけて行った。


 そして今日も今日とて、朝から村会議の続きをしているところだった。


 

「――それでラド、芋と布が高騰しているのは日本人が一気に増えたことが原因なんだよな?」

「ああ、間違いないぞ。食料は元々不足がちだったからな、まだしばらくは続くと思う」

「そうか……。村には食糧の備蓄が十分過ぎるほどある。これを中心に売って、早いうちに色々と買い揃えておきたいところだ」

「だったら、運搬経路を短縮したいところですね。そのためには、占拠された集落をなんとかしないと……」


 そう言った桜が、冬也とともに偵察を志願してきた。いつまでも集落の問題を放置できないし、状況の把握だけでもするべきだろう。


「わかった、ふたりに任せる」

「偵察なら兎人の聴覚が役に立つ。我らからも数名つけよう」

「それはありがたい。――じゃあ最後に、今後の活動について整理しておこうか」


 各自の役割分担を説明していく。


・椿を中心とした農業班

・夏希を中心とした加工班

・狩猟班は桜と冬也、兎人の男性数名で編成

・建設班はルドルグと数名を配置

・10人の兎人が合流したら、各班に増員して作業効率を上げる

・占領された集落の状況確認と、兎人の合流が済み次第、ラドたちに街との交易を担当してもらう


「以上だが、私が何か指示しない限りは各自の判断で行動してくれ」


 この場にいる全員が同意したので、会議はこれでお開きとなる。――と、各自が担当作業に向かおうとして席を立ったとき。


 ラドがウサ耳をピンと立たせ、急に険しい表情をみせる。


「村長、集落を奪ったヤツらがここに向かって来ている! かなりの人数がいるようだ!」


 どうやらここの存在がバレたらしい。まあ距離も近いから時間の問題だったのだろう。それにしても、偵察の話がまとまった矢先に襲来とは……。なんとも格好がつかない感じになってしまった。


「そうかわかった。外にいるみんなには、各自の家に戻るよう言っといてくれ。慌てなくても結界があるから大丈夫だ」


 ラドは兎人の聴覚を利用して、すぐにみんなへと伝えていた。


「まずは私が対応するから、ここにいるメンバーはこのまま待機してくれ。できるだけ多くを罠に落とすつもりだ」

「はい!」「わかった」

「ラドは一緒に着いて来てくれよ」

「ああ、全て村長の指示に従おう」




◇◇◇


 それからしばらくすると、西の森から集団が現れた。よほど自信があるのだろうか、ずいぶん呑気な雰囲気で向かって来ている。あるいは演技かもしれないが、警戒している素振りも見せない。


 こちら側は私とラドのふたり、対するは11人の日本人集団だ。以前に聞いた人数よりも2人少ない。


 両者が結界を挟んで向かい合う――。



「なんだお前ら、俺の村になんか用か?」


 村人にするつもりは微塵もないので、あおり口調で相手を挑発する。全員、警戒心のカケラもなく、ニヤニヤと笑い合っていた。


「おお、ずいぶん立派な村だなぁ。こりゃあ最高の拠点になりそうだ」


 恰幅のいい男が、下卑た笑いを見せながらそんなことを言った。どうやらこの男が集団のリーダーらしい。


「なに馬鹿なこと言ってんだ。冗談は顔だけにしとけよ?」

「くくっ、強気なのは結構なことだがなぁ。どうせここで死ぬか、それともオレの奴隷になる運命だぞ?」


 相変わらず太々しい態度のままだ。


「その自信がどこから来るのか知らんがな。お前らごときじゃ、この結界は絶対に壊せんぞ」

「ハッ、こんな膜みてぇなもんが結界かよ。おめぇの魔法も大したことねぇな」


 どうやら、村の結界を何かの魔法だと勘違いしてるようだ。


「だから何だ? 諦めてとっとと消えろ」

「あはっ、あぁはははっあ! オレたちがなんの対策もしねぇで来るわけねぇだろうがよ。――なあお前さん、って知ってるか?」


 たぶん魔法を封じるスキルだと思うが、結界は魔法でも術でもない。相手は切り札のつもりなんだろうけど……とんだ勘違いをしてるようだ。無駄なことはわかっているが、ここはあえてひるんで見せる。


 案の定、私が大げさに驚いて見せると、


「今すぐ殺してもいいんだが……、大人しく従うなら命だけは助けてやるぞ。ただし、女は全員置いてってもらうがな」


 驚くほど定番のセリフを吐いたので、思わず笑いそうになった。それをなんとか我慢しつつ、村の全員を呼ばせて私の後ろに並ばせる。


「やってみろよ。こっちも容赦はしない」

「おいおい、そいつらめちゃくちゃ弱いだろ。そんなヤツらが集まったところで何ができると思ってんだ?」

「御託はいいからさっさと来いよ。威勢がいいのは口だけか? ああ、顔もか」

「……まぁいい、せいぜい抵抗して死んどけ。おいお前ら! 手筈通りに行くぞ」

 

 相手のリーダーがそう言うと、ひょろっとした男が前に出て叫んだ。


「魔法術式封印!」


 念じれば発動するのに、わざわざ恥ずかしい詠唱をするひょろ男。両手を前に突き出して叫ぶと同時に、私は結界の拡張をイメージする。


 敷地を広げるのが目的ではない。結界を点滅状態にして、あたかも結界に影響がでた――かのように演出するためだ。ついでに、こちらが焦っているかのようなセリフも添えておく。


「なっ、結界が消えそうだ……。全員下がれっ! このままだと結界が破壊されてしまう!」


 村人のほとんどは私の演技に気づいているが、そうでない者に合わせて後ずさる。


「完全には封印できねぇか……。まあ上出来だ。全員一斉に攻撃しろ!」

「うぉおお!」 「オラァァ!」


 馬鹿な奴らで本当に良かった。まんまと騙されたヤツらは、武器を手に結界を全力で攻撃している。中には火の玉を出している奴もいたが、結界はビクともしない。


 全員が攻撃しているのを見て、すぐに侵入の許可と追放を念じる――。と、次の瞬間には、ほぼ全員が穴へと落ちていった。


「グェ」「うあぁぁ!」「きゃあ!」

「痛ってぇ……何が起こったんだ!?」


 結界から離れていた魔法使いも、突然仲間が消えたことで呆気にとられていた。と、その瞬間、冬也が結界から飛び出して心臓を一突き。魔法使いを亡き者にする。



「ふぅ、いくら何でもここまで上手くいくとは思わなかったよ。典型的な馬鹿でホントにありがたい」


 皆にそう言ってから、穴のほうへと全員で向かう。前回よりも深く掘ってあるからね。登ることはまず無理だ。


「さあみんな。こいつら全員始末するけど、誰かやりたい者はいるか?」


 私がそう聞くと、桜と椿、それにラドとロアがすぐに申し出て来た。


「冬也はいいのか?」

「今回はラドたちが殺りたいだろ? オレは遠慮しとくわ、さっき殺ったしな」

「そうか、じゃあ早速やってしまおう。――よし、まずはロアと椿で穴を埋めてくれ。桜は水魔法で泥沼にするんだ」

 

 この間もヤツらは必死に藻掻き騒いでいるが、すべて無視する。


 ロアが魔法で土を出し、椿はスコップで穴に土を落としていく。その様子を見ながら、桜が水を出して泥に変えてき、ヤツらの胸あたりまで浸かったところで一旦やめさせる。


「よし、後は埋めたい人でどんどんやっていこうか」


 そういうと、兎人たちの全員が土を投入していった。相当恨みが強いのか、子どもですら躊躇する者はいない。


「ま、待ってくれ!!!」

「ああ、そういうのいらないから。もう全部手遅れだ」


 ほとんどのヤツが命乞いをしてくるが、兎人たちは誰も気にせず、淡々と埋めていく。やがて全てが埋まり尽くし――、誰の声も聞こえなくなった。


「集落を奪ったヤツらはいなくなった。残りも片付ければもう安心だ」


 兎人族は自らの手で報復できたことに、声には出さないが満足しているようだ。


「ああでもみんな、集落に戻るなんて言わないでくれよ。ずっとこの村にいてくれ」

「村長もちろんだとも、これからもよろしく頼む」



 今回のおこなった対処に、皆が忌避するようなことはなかった。私自身も驚くほど冷淡でいられた。というより、偵察の手間が省けてむしろ感謝してるくらいだった。


 そのあと村の皆は、まるで何事もなかったかのように各自の作業へと戻っていった。さっきまでの騒動が嘘だったかのように、いつもと変わらない日常を過ごしている。


 その日の夕飯はいつもより豪華になる。兎人族の報復と交易への第一歩を祝い、みなで村の安全を喜び合っていた。







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