第24話 耳としっぽ


異世界生活30日目


 昨日、なんちゃって露天浴場が完成。環境整備も一歩ずつだが前進していた。転移してから今日までの間、日本では考えられないことがいろいろあったが……なんだかんだ生き残っている。


 飲み水や食糧生産、トイレや風呂などの衛生問題も、とりあえずは何とかなった。欲を言えば、衣服と寝具をどうにかしたいところ――。


 大蜘蛛が落とす糸も、日本の綿糸に近いし丈夫なんだが……、いかんせん加工する道具と技術がない。以前、夏希が挑もうとしたけど、そもそもの加工手順がわからない。「せめて専用の道具でもあれば……」と悔しがっていた。


(まあ、生きてるだけでも御の字か)


 いまはそんなことを考えながら、椿と田畑の手入れをしていた。


「啓介さん、稲の刈り取りですけど、3日後にはできそうですよ」

「いよいよか、また米が食べられると思うと待ち遠しいよ」

「そうですね。――ところで、脱穀とか精米の方はどうするんですか?」

「木製の千歯せんばこきは2台作ってあるけど、もみ摺りと精米はなぁ……。しばらくは杵と臼で突くしかないね」


 冬也に聞いて精米機の構造はわかるんだが、動力がないのでお手上げだった。「こんなとき風魔法でもあれば……」なんて、無いものねだりをしても仕方がない。


「とにかくやってみましょう。そのうち良い案が浮かぶかもしれません」

「そうだな、夏希に杵と臼の制作を頼んでくるよ。ここは任せてもいいかな」

「はい、いってらっしゃい」



 木材集積場の近くまで行くと――


 黙々と作業をしている夏希を発見。彼女の周りにはたくさんの武器が転がっている。一見すると、木の槍とか木の盾のように見えた。


「なあ夏希……こんなに作る必要ある?」

「村長、何かあってから慌てても遅いんです。備えあれば憂いなし! 何かに使えることだってあるかもです!」


 夏希にそう言われて反省する。


「そうだよな、私が浅はかだったよ。夏希の意見が正しい」

「まあ、スキルLvを上げたい! ってのが一番の理由ですけどねっ」


 夏希はヘヘッと笑いながら答えている。冗談ぽく濁していたが、彼女なりにしっかり考えたうえでの行動なんだろう。思わず感心していた。


「あのさ、稲の刈り取りが3日後の予定なんだけど、きねうすを2組ほど作っておいて欲しいんだ」

「大きさとか形状は?」


 腕力も上がっているので使いこなせるだろうと考え、日本の記憶にある物よりも、少し大きめなサイズを夏希に注文する。  

 

「じゃあ、あそこにある一番太いヤツを使っても良いですかね」

「ああ、夏希の判断で自由にやってくれ。頼りにしてる」

「りょーかいですっ」



◇◇◇


 その日の昼ごろ、冬也と桜が探索を終えて戻ってきた。――のだが、いつもとは様子が違った。少し慌てた感じで全力疾走している。



「村長! 現地人らしい集団を見つけた!」



 異世界に来て1か月。この日初めて、現地人の存在が明らかとなった。興奮した二人を落ち着かせ、ゆっくりと状況を説明させる。


「慌てなくていいから、できるだけ詳細に報告してくれ」

「ふー、もう大丈夫です。現地人の数はおよそ15人。大人が殆どで、小さな子供が3人いたと思います。村から西に、2時間ほどの距離にいました。ゆっくり歩いての時間なので、距離的にはそう遠くありません。村の方角にゆっくりと向かっています」


 結構な人数の集団が、ここからかなり近い場所にいるようだった。しかも――


「それと、現地人は獣人でした!」

「兎っぽい耳としっぽが生えてたぞ!」


 なんかまた興奮しだした。気持ちは良くわかるが、今はもう少し冷静になってほしい。


「そうか、それで敵対的だったか? 武装とか恰好なんかを教えてくれ」

「えと、接触してないので敵対的かはわかりません。武装は何人かが槍や弓なんかを持ってましたね。ただ……全員疲れ果てた表情で、とても襲撃に来たようには見えませんでした」

「なるほど、二人ともおつかれ。まずは休んで食事にしてくれ。村には結界があるから、ここへ来たとしても大丈夫だ」


 昼食の最中も、みんな獣人の話で持ち切りだった。敵対行為が心配でいまいちそんな気分になれないが……。やがて昼食も食べ終えたので、今後の対応を説明していく。


「この件をどう対処するか、私の考えを話すから皆も意見を出してくれ。反対意見でも遠慮なく言って欲しい」


 一同が頷いて返す。


「まず、現地人が襲撃してきた場合、こちらも全力で排除する。徹底的にやるぞ。そうではなく、庇護を求められたり、友好的な場合は……、村人になるか誘ってみよう」

「相手が断ってきた場合はどうします?」

「そもそも言葉は通じるのか?」

「断られても、敵対さえしなければそのまま放置する。言葉が通じない場合も同じだ」


 こちらに敵対せず、そのままどこかに立ち去るなら良し。深追いする必要はないし、無関係でいるのが一番だと思う。


「15人のうち、村人になれない人がいたらどうするの?」

「村人になれた人の意思を尊重して、残る人だけ受け入れるつもりだよ」

「ならわたしは受入れに賛成かな。この村に一番必要なのは人手だし」


 という夏希の言葉に、ほかの三人も頷いている。ほかに意見や反論もなく、全員の同意で方針が決まった。


「相手を警戒させるのも良くない。村の中限定で普段通りに作業を頼む」

「わかりました。ほかに気をつけることはありますか?」

「そうだな。武器の携帯はナシで、女性陣は相手に見えやすい場所にいて欲しい」

「あー、なるほどです」

「「はい」」


 こうして、各々が作業に掛かりながら現地人を待つことになった――。



◇◇◇


 最初の報告から2時間が経過した。が、いまだそれらしい集団の姿はない。そろそろ何らかのアクションがあってもいい頃だが……。


「啓介さん、まだ来ませんねー」

「そうだな、もう少し様子を見よう」


 今は桜と一緒に、家の前で薪割りをしながら時間を潰している。椿は農作業を、冬也と夏希は収穫した稲を干すため、稲架はさ掛けの準備をしているところだった。


「獣人の人たち、相当疲れてたけど……何があったと思います?」

「魔物か転移者に襲撃された可能性が高そう、だと思ってる。桜もそうだろ?」

「転移者の中には、絶対愚かな行動をするヤツがいますからね」

「ああ、なんとか全員受け入れたいな」

「ですね、言葉さえ通じれば可能性はありそうです」


 戦力や人材の増強になるし、この世界の情報も手に入れられる。是非とも村人にしたいと考えていた。


「問題なのは、原因が転移者だった場合だな。私たちも同じ転移者とわかれば、かなり警戒されてしまうだろう」

「いやいや、そんなヤツらと同じ扱いをされるなんて御免です! この村にはそんな酷いことをする人、ひとりもいませんよ!」

「そうだな、まあ相手が悪いヤツじゃないことを祈ろう」



 そんなやり取りをしながら、さらに30分経った頃だった。



 ガサガサッ、と音が聞こえて――



 西の森から、3人の現地人が姿を現す。







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