第19話 初めて防衛


 私は今、片桐がいる穴の前に立っていた。


 ここに放置はできないため、引き上げて森の奥に運ぶ予定だ。穴に向かおうとしたところ、冬也が手伝いを申し出たので護衛も兼ねてお願いした。


「オレは剣士だからな、いつか絶対やるべきときが来ると思う。こういうことに慣れるためにも手伝いたい」

「ああ、間違いなくお前にやれと指示するときが来る」


 冬也は真剣な顔つきで頷いていた。


 事を済ませて村に入るまえ、穴の中にいる10人を覗いてみる。何人かはまだ騒いでいだが、その声に昨日のような覇気はない。助けをう者もいたが、無視してそのまま村に戻った。


 家のほうに向かうと、女性三人が庭で忙しそうにしていた。どうやら昼食の準備をしているようだ。アイツは森へ捨ててきただけ、そんなに手間はかけてないと思ったけど……。いつの間にか時間が過ぎていたらしい。


「おかえりなさい。お昼なんですけど、お米は炊きます?」


 食事に米を出すかは毎回私が決めていたので、椿が確認のために聞いてくる。正直なところ、かなり目減りしてきている。村人も増えたことだし今回は見送る選択をした。


「昼はやめて夜に出そうか」

「はい、節約しないとですしね」

「米か麦が作れればいいんだけど……。無いものねだりしてもしょうがないよな」


 深刻になってきた主食問題。どうにかしたいと思っていたとき、隣にいる冬也が何気なく言い放った。


「村長の家に玄米はないのか?」

「ん? たぶんあるけど……籾殻もみがらは付いてないからな。無駄だと思うぞ?」


 なにか勘違いしてるのかと思っていると、


「いや、もみ殻がなくても発芽するぞたぶん。動画では収穫までやってたの見たし」

「え? マジで?」

「なんだっけな……。籾殻もみがらがついてないと、発芽する前に腐りやすいとか言ってた気がする。でもちゃんと育ってた」

「おいおいおい! 大手柄だぞこれ……」


 勘違いしてるのは私だったらしい。脱穀したら発芽なんてしないと思ってたよ……。精米してなきゃいいってことか?


「異世界もの話でさ、日本にあったものを再現してるのがあるだろ? ああいうの、実際どうやるのか気になってさ。いろんな動画を漁ってた」

「いやはや冬也くん、早速でましたね。オレ、なんかやっちゃいました?」

「こういうのだったら大歓迎だけどな」

「なんかえらい言われようなんだけど? まあ、貢献できたんなら良かったよ」

「マジで嬉しいよ。冬也ありがとう」

「マジメに言われると、それはそれで……」


 照れ笑いする冬也に記憶を辿ってもらい、椿を中心にさっそく挑戦することになった。もしかすると米が作れるかもしれない。ほかの作物にしたって何か見落としがある可能性も――。


(この際だ。手当たり次第に植えてみよう)




◇◇◇


異世界生活12日目


 今日は水路を作る班と、伐採する班とで別れて作業をしている。


 水路班は椿と桜と夏希、伐採班は私と冬也が担当だ。お互いが目の届く範囲で作業するので、何かあってもすぐに対処できる。


 水路については、高低差の関係で家までは引くことができない。が、あくまで農作用として利用できればじゅうぶんだ。飲み水や生活用水は桜の水魔法があるからね。


 伐採した木は、トイレの囲いと水路用の資材として利用する予定だ。現在のトイレも大自然に囲まれ開放的だが……誰かに見られているようで、なんとなくスッキリしない。人数も増えたので早めに取り掛かりたかった。



「しっかし器用なもんだな。単純な力の差なのか、剣術スキルの恩恵なのかわからんが――鉈でここまでやれるとはな」

「鉈も剣のカテゴリーなのかもなー。鉈を握るとさ、やたら手に馴染む感じがするんだよ」


 うちには斧がないので、鉈を使って伐採していたんだ。けど、私では1本倒すだけでも相当時間がかかってしまう。それを冬也がやると、たった数回の打ち込みで倒してしまうのだ。木の太さはそこまでじゃないにしろ、かなり早いペースで作業が進んでいた。


 木と木の間隔が割と密集しているので、切り倒しても枝に引っかかって完全には倒れない。しかし、それを冬也が強引に引っ張って引きずり出す。昼になる頃には、50本の伐採と枝打ちも済ませていた。水路組も早い段階で素掘りが終わったので、トイレ用に建てる支柱の穴も掘ってもらった。


「そろそろ昼にしようか、皆戻るぞー」

「はーい!」

「お腹すいたー」

「はい」

 

 今日は午後からも作業の予定なので、昼食後に休憩を取り、再び川へと向かう。トイレの完成はみんなが切望している。誰一人として不満を漏らすヤツはいなかった。


 川岸ギリギリのところに木の柱を建て込んでいく。その周りの土を突き固めて、支柱のぐらつき具合を確認する。最後に板張りを固定して完成だ。所どころ歪なところもあるが、囲いつきの立派なトイレである。


「これで気兼ねなく出せるな」

「言い方はともかくとして、たしかに安心できますね」

「こればっかりは、異世界だろうと恥ずかしいですもんねっ」

「「おっしゃる通りで」」



 予定の作業がすべて完了したあとも、しばらく川原で休憩をしていた。ちょうどいいタイミングかと思い、放置しているヤツらの処遇について話すことに――。


「みんな、よく聞いてほしい。明日の朝、穴にいる10人を森の奥へ捨てに行く。間接的だとしても、他人の命を奪う行為だ。決して強制ではないが、運ぶのに参加するかを考えといてほしい」


 椿と桜はさも当然とした顔を、冬也は黙って頷いていた。夏希は少し狼狽えている感じだった。夕飯の準備中、椿と桜が、夏希となにやら話していたのが見えた。上手にケアしてくれたみたいで、夕食時には夏希も普段の調子に戻っていた。




◇◇◇


異世界生活13日目


 明け方、私ひとりで穴を確認しに行く。


 放置して丸3日、穴にいる10人は言葉も発せずにへたり込んでおり、半数以上は意識が朦朧としているように見える。息絶えているかまではわからないが、体力的には限界に近いのだろう。


(……頃合いだな)


 朝食を軽く済ませてから、全員で穴に向かった。夏希もしっかりと参加の意思を示していたので、まあ何とかなるだろう。今後のことを考えれば、未成年だからといって過保護にするつもりはない。


「私ひとりが穴に降りてロープで固定する。皆は引き上げを、冬也は周囲の警戒を頼むぞ」

「なぁ、やっぱオレがやろうか? 村長に何かあるとまずいだろ」

「いや、魔物に襲われるほうが危険だ。ほかの転移者も含めて、十分警戒しててほしい」

「わかった。任せてくれ」


 慎重に穴へと降りる。


 武器を隠し持ってたり、動けないフリをしている可能性もある。警戒を怠らないようにして、1名ずつ入念に確認していった。――が、動ける状態の者は誰ひとりいなかった。


 結局、穴の中にいた全員を2回に分けて運んだのだが……。途中、魔物の襲撃もなく事を終えることができた。所持品をどうしようか迷った末、全て私の指示で回収させておいた。


「村長、あそこにあった片桐の死体、無くなってたな」

「残骸もなかったし、魔物が連れ去ったんだろうな。そのうちほかの連中もそうなるだろう」

「ふぅ……、ようやくこの一件も終わりましたね。不謹慎かもですが正直ほっとしてます」

「みんなご苦労さま。さあ、村に戻ろう」


 と、自分の気持ちにも区切りをつけ、村に帰ろうとしたときだった――。


 唐突に、アナウンスが頭に響く。


『ユニークスキルの解放条件<初めての防衛>を達成しました』


『能力が解放されました』


『敷地の拡張が可能になりました』



 村を守ったと言うことだろうか。新たな能力の解放と、今回は敷地も拡げられるようだ。


 なにはともあれ、こうして村の初防衛は終結を迎えた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る