第17話 襲撃、そして初めての……
追放された元村人たちは、さっきまで立っていた場所に戻されている。追放位置を変更しておいたので穴には落ちていない。
何人かはもう一度入ろうと試み、結界を押したり叩いたりしている。が――、弾かれた瞬間、村人状態は自動的に解除されるのだ。いくら足掻こうとも立ち入ることはできない。
「無駄ですよ。結構な人数で衝撃を与えない限り、この膜を破壊することは不可能ですから」
「……。なにかほかに、村へ入れていただける手段は――」
「本当に残念ですが、こればかりはどうにもなりません」
しばしの沈黙があたりを包む。
「そうですか、残念ですが諦めるしかないようですね。ですがせめて交流だけでもお願いしていいですか?」
「はい、それはもちろんです。いつでもお越しください」
「ありがとうございます。それではまた来ます。皆も戻ろうか」
ほかの5人を引き連れ、とくに不満を漏らすこともなく去っていった。
――――
「ふー、緊張したぁ」
「ずっとドキドキしてました」
「私もです」
椿と桜も、緊張から解放されて力が抜けているようだった。
「やはり他の転移者もいたんだな。この様子だと、まだたくさんの人が転移してそうだ」
「ですねー。いきなり6人も来るとは驚きましたよ」
「でも全員弾かれてしまいましたね」
「まあ、これが普通だよ。いきなり見ず知らずの人間を信用するとか、そう簡単にできるもんじゃないさ」
これについても今後の課題だった。初対面の人からいかに信用を得るか。その方法を考える必要がある。
「あの人たち、交流って言ってましたけど……何が目的ですかね」
「ああ、それか。わかってるかも知れないけど、今度は大勢で襲ってくるぞ。それこそ今晩か明日の朝にでもね」
「命が懸かっている状況なのに、向こうはすんなり引き下がった――。たしかに怪しいです」
「案外今日も、上手く行くようなら襲うつもりだったかもね。けど、たぶん今回のは最終確認だ。こっちの人数を把握するのと、結界をどう抜けるかのね」
ここを見つけたのも昨日よりもっと前だと考えている。結界を初めて見たにしては、あまりにも落ち着き過ぎていた。
「大勢で、ってのはなぜです?」
「結界の破壊について話しただろ? 結構な人数で衝撃をってやつ」
「ああそれ、私も驚きました。え? 結界って壊れるの? って」
桜の疑問はごもっとも。大勢で叩けば壊れるなんてのはウソだ。いや、壊れる可能性もゼロじゃないけど……まずあり得ないと思っている。
「一応、誘導するカタチでそう話してみたんだ。たぶんアレを聞いて引き下がるのを決めたんだと思う」
「なるほど。――今度は何人ぐらいで襲ってくると思います?」
「わからん、少なくとも倍はいるんじゃないか? 次はほぼ全戦力で来るはずだ」
「ですか……どう対処しますか」
「そうだな、まずは――」
そのあと、作戦を二人に説明して作業に取り掛かった。
既存の穴をさらに広げて桜に水を張ってもらうのと、それとは別に、もう1つ追加で穴を掘らせる。常時警戒しながらなので時間はかかったが、概ね思う通りのものが完成した。
◇◇◇
異世界生活10日目
夜が明けて30分も経った頃、総勢20人の大集団がやってきた。
その集団を家のガラス戸から覗いていると、結界を一斉に攻撃し始めるのが見えた。全員が手に武器を持ち、結界を突いたり叩いたりしている。ほとんどは尖った木の棒を装備していたが、そのうちの何人かはナイフや鉈らしいものを使っていた。
「じゃあ、予定通り始めるぞ。最悪いきなり殺ることになるかもしれん、覚悟しとけよ」
「「はい!」」
全員が攻撃している瞬間を見計らい、侵入と追放を一斉に念じる。と、目論見どおり、全員が穴の中へと落ちていく。
「うわあああぁ!」
「きゃあ!」
「痛ってぇ……」
狙いどおりに事が進み、ひとまず落ち着いて覗き見ると――。穴の中は悲鳴と罵声、阿鼻叫喚のありさまだった。最初は暴言を吐き続けていたが、いくら藻掻いても出れないと観念したんだろう。1時間ほどたつと静かになった。
家に戻り休息をとったのち、さらに2時間放置してから外に出る。結界の内側から穴を覗くと、長時間水に浸かったせいで全員疲れた様子だった。が、私の顔が見えると罵声を投げかけてきた。まだ元気があるようだ。
「おい! ふざけんなよおまえっ!」
「さっさとここから出せっ!」
「なにすんのよ! 早く出して!」
しばらく黙って聞いていたが、いつまで経っても収まる気配がない。仕方がないので、なるべく冷淡な感じで警告をだしてみる。
「一度しか言わないからよく聞け。今から勝手に発言したものは、このあと命がないと考えろ」
「なっ、ふざけんな! 何の権利があってそんなこと言ってんだよ!」
「そうよっ、こんなこと許されないわ!」
昨日来たうちの2人がそう怒鳴った。
「いま発言した2人は、死ぬまでここから出さない。そのうち魔物もやってくる。死にたいなら早めに発言をどうぞ」
「「「……」」」
先ほどの2人は騒いでいたが、他の者が見かねたのか黙らせていた。
「ようやく静かになったね。では片桐さん、この状況を説明頂けますか」
「……」
「発言を許可します」
「すまなかった。この場所を乗っ取る気だった……」
「それは総意の上ですか? これはあなたに聞いています。慎重に答えてください」
「全員……ではない。だが大半は同意していたと思う」
「では次に。ここにいる以外にも仲間がいますか?」
「ここにいるので全部だ」
「皆さんにもお聞きします。他に仲間がいるなら正直に答えてください」
多くの人が首を横に振って答えた。
「わかりました。ではみなさん、この件の首謀者は誰ですか?」
首謀者を指差すように指示すると、全員が迷わず片桐をさした。片桐本人も諦めたのか、言い訳をするようなこともない。
「では片桐さん、もう一度村人になる気はありますか?」
「……それは、助けてもらえると言う意味だろうか」
「村に入れれば、ですけどね」
片桐はしばらく迷った末に「はい」と答えた。その真意は不明だが、「いいえ」なら放置すればいいだけのこと。私としてはどちらを選択しようが一緒だ。
片桐だけをロープで引っ張り上げ、村人にしてから結界に触れさせると――。すぐ隣に掘ったもう1つの穴に自動追放された。森に1人では生き残れるわけもないので、途中で逃げ出しても構わなかった。
「残念でしたね。まあ首謀者ということですし、観念して下さい」
私は穴の中にいる彼に向けて、無言でブロックを投げつけた。何度も何度も――。
◇◇◇
「みなさん、彼は静かになりましたよ」
先ほどの音と声で意味を察したのか、全員の顔が引きつっている。集団の中には若い子もいるが、それを配慮するつもりは毛頭ない。
「では次に、皆さんの中で襲撃に同意していなかった方、正直に手を挙げてください」
9人がそろりと手を挙げたので、私はゆっくりと言葉を区切りながら彼らに問いかける。
「よく聞いてください。この村の中にいる限りは安全です。少なくとも、魔物やあなた方のような襲撃者から守ることができます。私は、私をある程度でも信用してくれる方は、絶対に無下にしないと約束します。もちろん、村の中では指示に従って頂きますが、生活のためであり、自由を奪うものではありません。この二人も、そうやって協力しています」
椿と桜が黙って頷く。
「今の段階では信じてもらえるかはわかりませんが、誓ってこの二人を無下に扱ったり、乱暴をしたことはありません。それを踏まえてお聞きします。―――村人になりますか?」
私の拙い演説に効果があったのかは不明だが、9人全員が恐るおそる手を挙げたので、居住の許可を出した。
「今から9人の方を先に引き上げますが、まずは所持している武器をすべて捨ててください。これは全員です」
捨てろと言っても隠し持つ者はいるかもしれない。もうそうなると裸にでもするしかないが、忠誠度にも響くのでやるつもりはなかった。
「残念ながら村に入れなかった方、その場で解放するのですぐに視界から消えてください。今後お見かけした場合は、その時点で敵対者とみなしますし、抵抗や居座る場合は片桐さんのお仲間となります」
しっかり脅しもいれつつ、1人ずつロープで地上にあげて順番に村へ受け入れていった。
結局、村人になれたのは五人だったけど、この人数が多いのか少ないのかはわからない。村人になれなかった4名は、恐怖からか抵抗する者もおらず、バラバラに立ち去っていった――。
「では新たな村人の皆さん、歓迎しますのでこれからよろしくお願いします」
椿と桜も同様に挨拶をすると、五人とも控えめにだが丁寧に返答をしていた。まだかなり動揺している人もいるが、ひとまずは村人を確保することができた。
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