大好きだから

 次の日は週に一度の集金の日だったが、アーロンは来なかった。

 当然だ。だって、奴はヤクザなんかじゃなかったんだから。

 もう奴の顔を見ることもない。ショバ代を払う必要もないのだ。


 それでも、私はちょっと反省していた。

 一緒に看板を探してくれたことに対して、私はお礼を言っていない。


 奴を許す気はなかった。

 だけど、お礼は言わなくちゃいけないと思う。

 でも、私はアーロンの家を知らない。


「何かすっきりしない」


 つぶやいた、その時。


「レナ」


 爽やかな笑顔が入ってきた。


「フレディ!」


 思わず私が立ち上がる。

 モヤモヤした気持ちが一瞬で消えていった。


「難しい顔をしてたけど、何かあったの?」


 心配そうな顔に、私は笑ってみせる。


「大丈夫。ありがとう」


 フレディは、いつも私を気遣ってくれる。

 その優しさだけで、私の心は癒やされた。


「それならよかった。ところで、もしよかったら、今夜また食事でもどう?」

「ええ、喜んで」


 まさにグッドタイミング。

 こんな時は、フレディとたくさん話がしたい。


「じゃあ、初めて食事をした店はどうかな。時間も、前と一緒で」

「分かったわ」


 店を出てフレディを見送ると、早くも私は店じまいを始めていた。



「この間ね、また男の人が来て……」


 お茶を飲みながら、私が愚痴をこぼす。


「どうして男って、あんなにバカなのかしら。あ、でもフレディは違うわよ」


 慌てる私を見て、フレディが笑った。


「男はね、女性に比べるとずっと子供なんだよ。だから、男は女性には敵わないのさ」


 静かにカップを置きながらフレディが言った。

 落ち着いたその声を聞いていると、私の気持ちも落ち着いていく。昨日のイヤな出来事が軽くなっていく。


 今日もフレディはお店を予約してくれていた。

 窓際の静かな席。テーブル同士の間隔も広くて、周りの話し声も気にならない。


「レナ」


 フレディが私を呼んだ。


「なに?」


 カップを置いて、私がフレディを見る。

 いつも穏やかな顔。その顔が、やけに引き締まっていた。


「君に、伝えたいことがあるんだ」


 その様子に、私は緊張する。


「冒険者をやっていた頃も、君とまた会いたいってずっと思ってた。その願いが叶って、俺は凄く嬉しかった」


 フレディが私を見つめる。


「だけど、最近俺は、別の願いを持つようになった」


 金色の瞳が眩しい。


「俺は、もうレナと離れたくない。これからもずっと、レナと一緒にいたい」


 私は目を見開いた。


「俺は、君が好きだ。俺の恋人になってくれないか」


 心臓が激しく鼓動を刻む。

 うまく息ができない。

 私は、苦しくなってうつむいた。


 男の人から告白される。そんな場面を夢に描いたことはあった。

 フレディから告白される場面を、こっそり想像してみたこともあった。


 優しいフレディ。

 私のヒーロー。


 私はフレディが好き。

 フレディが大好き。


 だから。


「ごめんなさい」


 私は言った。


「あなたとは、お付き合いできません」


 顔を伏せたままで言った。


「どうして……」


 悲しそうな声がする。


「俺のどこがダメなんだ?」


 怒ったような声がする。

 弱々しく私が答えた。


「あなたは素敵な人よ。私が知る中で、一番素敵な人。だけど、ダメなの」

「だからどうして!」


 フレディが大きな声を上げた。


「本当にごめんなさい」


 私は、ひたすら頭を下げ続けた。

 フレディが黙る。

 私が涙を堪える。

 楽しかった食事は、人生で一番悲しい食事となってしまった。


 店の前で、私はフレディと別れた。食事代は、私が払った。

 フレディは、帰って行く私をずっと見ていた。

 その視線から逃れるように、私は足早にその場から離れていった。


 生まれて初めて告白された。それも、大好きなフレディからの告白だった。

 だからこそ、私はそれに応えることができない。それに私は応えてはいけない。


 店に帰った私は、着替える事もせずに、毛布をかぶってベッドで泣いた。両親が死んだ時と同じくらい泣いた。

 私は初めて、心の底から自分の力を呪った。

 同時に私は、自分の力に感謝した。

 そう思わなければ、この悲しみを乗り越えることはできそうもなかった。



 私は、また役立たずになった。それも、今度はかなり重症だ。

 店はどうにか開けているけれど、掃除も商品の整理もせずに、ただぼぉっとしている。お客様が来ても反応は鈍いし、おつりは何度も間違えた。

 そのくせ、こんな自分の状態を誰かに気付いてもらいたくて、常連さんの前ではため息をついてみたり、物憂げに店の外を眺めてみたりと、まるで子供みたいなことをしている。

 そんな私の努力も虚しく、誰も私の心配をしてくれなかった。何となく私を見て、だけど声を掛けるでもなく店を出て行ってしまう。

 唯一心配してくれそうなのは大家さんだったが、家賃の支払い日は、残念ながら少し先だ。

 私は、友達がいないことをこの時ほど寂しいと思ったことはなかった。


「もう! ショバ代払ってあげるから、店に顔出しなさいよ!」


 身勝手なことを叫んで、私は落ち込む。


 あいつだったら、きっと心配してくれたんだろうな


 私は、人生で最大級の後悔をしていた。



 そんなある日。


「レナちゃん、持ってきたよ」

「ありがとうございます」


 大家さんから板と釘を受け取って、私は礼を言った。


「一人で大丈夫?」

「はい、大丈夫です」


 大家さんに笑って見せると、私は金槌を持って窓に向き合った。

 この季節は、頻繁に嵐がやってくる。しかも、今夜は暴風雨になると町の空読み師が触れて回っていた。それを大家さんが心配してくれて、対策用品を持ってきてくれたのだ。

 私が住んでいる二階の窓には木の扉が付いているので、それを閉めれば問題ない。でも、一階の店の窓はガラスだけだ。それを全部板で覆わなければならない。

 大家さんに笑ってみせたものの、滅多にしない大工仕事に私は苦戦していた。

 そう言えば、一年前のこの季節は、アーロンがやってきて窓を塞いでくれたんだった。両親を亡くしたばかりだった私は、目付きの悪いアーロンにちょっとビビりながらも、ショバ代を払っていてよかったと思ったものだ。


 結局、今週も来なかったな


 ふとそんなことを思う。


「もー、何なのよ!」


 大きな声を上げながら、私は金槌を振るい続けた。

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