嘘
公園のベンチに座る私に、隣のヤクザ殿が言った。
「落ち着いたか?」
私が小さく頷く。そして、地面を見つめたまま話し出した。
「昨日、夢を見たの」
「夢?」
首を傾げるヤクザ殿をチラリと見て、私は続けた。
「あの看板のお店の前で、男の子が馬車に轢かれる夢」
ヤクザ殿が息を呑む。
「それは、偶然じゃないのか?」
「偶然じゃないわ」
きっぱりと私は答えた。
「私ね、時々、未来の出来事の夢を見るの。その夢はね、凄くはっきりしていて、普通の夢とは全然違うの」
二度も見ることになった光景を思い出して、私は両手をぎゅっと握る。
「その出来事がいつ起きるのか、私にも分からない。短い夢だから、どうしてそうなるのかも分からない。だけど、それは必ず起きる。当たる確率百パーセントの、外れることのない予知夢なの」
「これまでにも、見たことがあるのか?」
「何度もあるわ。近所のおじさんが大ケガをしてベッドに横たわる姿とか、友達が屋根から落ちるところとか」
私はうつむいた。
「両親が亡くなる前にも見たわ。夢の中で、衛兵さんが、毛布を少しだけめくって私に聞くの。”お母さんで間違いないですか”って」
ヤクザ殿が目を伏せた。
「顔の半分しか見えなかったけど、それは間違いなく母だった。その隣に、もう一つ毛布の掛かった遺体があった。その毛布を、衛兵さんはめくってくれなかった。私は声を上げて泣いた。そこで夢は終わったの」
両親が横たわっていた場所を、私は知っていた。
それは、悪魔の巣と呼ばれるダンジョンの入り口。町の誰もが知っている、絶対に開けてはいけない扉の前だった。
「その夢から覚めて、すぐに私は両親にお願いしたわ。あのダンジョンには近付かないでって。両親は、分かったって言ってくれた。それなのに……」
夢から一週間後、あの事件は起きた。
一人で店番をしていた私は、駆け込んできた大家さんの言葉で、事件と両親の死を知ったのだ。
「今日の事故を防ぎたくて、私は看板を探していたの。だけど、結局防げなかった。夢は、やっぱり現実になってしまうのよ」
その出来事がいつ起きるのかが分からない。
だから、場所が事前に分かったところで防ぐことは難しい。
それが今日よく分かった。
「夢の出来事が起きた原因に、お前が関係していたことはあるのか?」
ふいにヤクザ殿が聞いた。
ちょっと驚きながら、私が答える。
「今のところ、ないわ」
「そうか」
ヤクザ殿が、私に向いた。
「それなら、夢なんて気にしない方が……」
「そんなことできるはずないじゃない!」
大声を上げながら私は立ち上がった。
「私の夢は、必ず現実になる。それも、起きるのは不幸な出来事ばかりだわ。それを気にしないなんてこと、できると思うの? 誰かが不幸になると分かっていて、平気でいられると思うの?」
目を見開くヤクザ殿を、思いっ切り睨み付ける。
「だいたい、なんであなたはそこまで私に関わろうとするのよ。あなたが店に来るのは、私からショバ代を徴収するためなんでしょう?」
怯むヤクザ殿に、私が迫った。
ヤクザ殿が、両手をぎゅっと握ってうつむく。
そして、驚くようなことを言った。
「俺は、ヤクザじゃない」
「はぁ?」
びっくりする私に、ヤクザ殿が続ける。
「最初に店に行った時、思わず嘘をついた。俺は、ただお前と話がしたかっただけなんだ」
ヤクザ殿が、さらにうつむいた。
「じゃあ、ショバ代っていうのは……」
「それも嘘だ」
「どうして私と話がしたかったのよ」
「それは、お前の両親の……」
両親という言葉が出た瞬間、私の中で、ブチッと音がした。
「結局あなたも同じだったってことね!」
「え?」
ヤクザ殿が顔を上げた。
その顔に、私は手を振り下ろした。
パーン!
「嘘つき!」
頬を押さえるヤクザ殿に、私は怒鳴った。
「あなたも両親の秘宝を狙っていたんでしょう?」
体が震えるほどの怒りが込み上げてくる。
「そんなに秘宝が欲しいなら、あげるわよ!」
私は、首からペンダントを外して、それをヤクザ殿に投げ付けた。
「私が持ってる秘宝はそれだけよ。それで全部。だから、もう二度と店に来ないで!」
何かを言い掛けるヤクザ殿を無視して、私は背中を向けた。
「最低! 本当に最低!」
大きな声を上げながら、私は走り出した。
ヤクザ殿、ではなく、アーロンに投げ付けたペンダント。
それは、私が唯一持っていた秘宝だった。
生まれた村で暮らしていた頃も、両親は時々ダンジョンに潜っていた。両親はそれを”仕事”と呼んでいたが、今にして思えば怪しいものだ。仕事に行くのに、あんなに楽しそうに出掛けていく人がいるだろうか。あの二人は、単にダンジョン探索が好きなだけだったに違いない。
両親がいない間、私は隣に住む薬師のおばあちゃんに預けられた。
おばあちゃんは、私の面倒を一生懸命見てくれた。私もおばあちゃんが大好きだった。一緒に薬草を採りに行ったり、薬の調合を手伝ったりするのが楽しくて、両親がダンジョンに向かう時、私はあまりごねたことはなかった。
そんな私が、一度だけ両親を困らせた事があった。
それは、私が十才になってしばらくした頃。家を引き払って旅に出ると言う両親に、泣きながら反対したのだ。
いじめられる事もなくなっていたし、友達だっていた。生まれた村を離れることも、隣のおばあちゃんや友達と別れることもイヤだった。
だけど、村を離れたくないもっと大きな理由が私にはあった。
いつの頃からか、私はあの男の子を見掛けなくなっていた。たぶん、どこかに引っ越していったのだろう。
でも、いつかは彼が戻ってくるかもしれない。この村で待っていれば、また彼と会えるかもしれない。
そんな淡い期待を、私はずっと持っていたのだ。
だが、私がどんなに反対しても、両親の気持ちは変わらなかった。私をなだめながら、着々と旅の準備を進めていく。
そんなある日、不要品を売りに雑貨屋に向かう父に、私はついていった。母よりも、父の方が私の話を聞いてくれる気がしたからだ。
だけど、私の思いはやっぱり届かなかった。甘えるように抱き付いても、泣きながら行く手を遮っても、父は返事は変わらなかった。
だから、私はいたずらをした。雑貨屋に向かう途中で、荷物の中からペンダントを一つ抜き取って自分のポケットに隠したのだ。
雑貨屋で荷物を広げた時、はじめて父はペンダントが無くなっていることに気が付いた。
「レナ、黒い石のついたペンダントを見なかったか?」
父が、慌てた様子で私に聞いた。
「知らない」
「本当に知らないか? あれは危険な秘宝なんだ」
私の肩を掴む父に向かって、私は怒ったように答えた。
「小さい頃、私、約束した。お父さんとお母さんの荷物には絶対に触わらないって。その約束、私、一度も破ったことない!」
私が父を睨む。
目を見開く父が、やがて言った。
「そうだったな。疑ってすまなかった」
私の頭を撫でた父は、雑貨屋の店主に何かを言うと外に飛び出していった。
その後の騒ぎは今でも覚えている。
村中の人があのペンダントを探し始めた。父も母も必死になって探していた。その騒ぎは、一週間くらい続いたと思う。
その間、私はずっと無口だった。自分が引き起こした事態に怖くなって、持っていることを最後まで言えなかった。
その騒ぎが収まってしばらくすると、結局私たち一家は旅に出た。いつかはちゃんと謝ろうと思って、私はペンダントを隠し持ったまま旅を続けた。
だが、最後まで私は謝ることができなかった。謝る前に、両親は死んでしまった。
両親が亡くなった後、遺品の中に秘宝らしき物は一つもなかった。
生前、父が笑いながら言っていた。
「秘宝の力なんて借りずに、自分たちの力でダンジョンを制覇する。それが楽しいのさ」
母も言っていた。
「秘宝っていうのはね、人を勘違いさせてしまうの。自分が強くなったような気がして天狗になっちゃう。だから、私たちは秘宝を使わないのよ」
両親は、見付けた秘宝を全部売ってしまっていたんだと思う。特にあのペンダントをなくしてからは、両親が秘宝を持っているところを一度も見たことがなかった。
結局、あのペンダントが両親の残した唯一の秘宝となってしまったのだ。
そのペンダントを、自戒を込めて私は首から提げていた。秘宝だと騒がれるのはイヤだったので、ちゃんと服の中に石が隠れるように気を付けた。
もう嘘はつかない
私は強くそう思っていた。
だから、嘘をついて私に近付いたアーロンが許せなかった。
「あんな奴、死んじゃえ!」
悔し涙を乱暴に拭いながら、私は店に向かって走り続けた。
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