魔王ラーヴァナ現る

 ラーマに変身したモルガは持っていた大きな弓を構え、姿を現したインドラジットに向けて矢を放った。勢いよく飛んでいった矢はインドラジットの左肩を貫く。


「くっ、弓での勝負なら負けねぇぞ!」


 インドラジットも負けじと蛇の矢を放つ。これは人間の兵を拘束した蛇の縄を矢にして撃つ彼の必殺技だ。だが、頭に血が上ったインドラジットは前の戦いで蛇縄の術を破られていたことをすっかり忘れていた。


『キョエアアアア!』


 ガルーダが飛来し、インドラジットが放った蛇の矢をことごとく食べてしまう。敵の攻撃が無効化された隙をついて、モルガは更なる矢を放つ。もはやインドラジットは一方的に矢で射られる的のようなものである。


「勝負あったか」


 後方でモルガの勝利を確信し呟くジャルカーンの目に、空から落ちてくる流星が映った。それは、眩く輝きながら一直線にモルガとインドラジットの間を目掛けて落ちてくる。


「なんだあれは!?」


 次の瞬間、凄まじい爆風と轟音がその場にいる者達を巻き込み、戦闘を一時中断させた。そして、流星から大きな声が響き渡った。


「貴様ら、よくも我が息子を痛めつけてくれたな!」


 流星は鋭い歯に赤い目を持ち、全ての吉相きっそうを持つ羅刹だった。そう、インドラジットの父親である魔王ラーヴァナだ。モルガも魔王は輝くような美貌の持ち主だとは聞いていたが、本当に輝いているとは思ってもみなかった。


「何を言ってるんだ、お前達が人間の国に攻めてきたんだろ!」


 モルガのツッコミにラーヴァナは顔をしかめる。声の主が先ほどまでインドラジットを圧倒していた敵であり、なおかつであったからだ。ラーヴァナは人間以外の攻撃を受け付けない。だから強い人間は最も警戒すべき相手であり、この世に存在することを許すわけにはいかない憎むべき敵なのだ。


「ふん、貴様らがデーヴァ神族の名代みょうだいとなって我を殺そうと画策していることは知っているぞ。自らの身を守るために敵を攻撃して何が悪い」


 ラーヴァナの言い分はもっともである。間違いなくユーディットとモルガはラーヴァナを殺すために力をつけてきたし、そうなるように仕向けたのはラーヴァナに財宝を奪われたデーヴァ神族なのだ。


「そうだね、悪くないね。だから私も何も悪くないよ」


 そこにユーディットが割り込んできた。腕をなめらかに回転させ、足で地面をリズミカルに叩いて。そこから発する衝撃波でラーヴァナとインドラジットの親子は勢いよく吹き飛ばされた。世界滅亡のダンス『ターンダヴァ』だ。


「破壊のダンスだと!? ヴィシュヌだけでなく、シヴァの力まで操るとは、そんなに我を殺したいのかデーヴァよ!」


 ラーヴァナが憤怒の表情で天に向かって怒鳴り声を上げる。神々が何としてもラーヴァナを殺したいのは確かだが、そのダンスを教えたのはダルマ師匠だぞ。


「くらえっ!」


 モルガが矢を放ち、ラーヴァナの腕の一本を貫いた。と同時に背後から小さな悲鳴が上がる。


「アニキ!」


 シュールパナカーである。モルガには倒していいと言ったが、やはり彼女にとってラーヴァナは愛する兄である。それが傷つくところを目にすると、思わず声が出てしまった。


「その声は……シュールパナカー! なぜ人間どもと行動を共にしているのだ。まさか、この男(モルガ)がお前をめとったというのか!?」


 ラーヴァナは妹が美男子のそばに立っていることに別の意味で驚愕した。心配しなくてもそれは誤解だぞ。


「え? いや、アタイとモルガはまだ……ゴニョゴニョ」


「シュールパナカー、自慢の兄貴と戦うのは嫌だろ。スキュラ達のいる方に下がっていてくれ」


 ラーヴァナの問いに言葉を濁すシュールパナカー。そして後ろに下がるように言うモルガ。そんな二人を見た魔王は、またもや驚愕した。


「し、親しげに名前を呼び合っているだと!? そんな……そんなことがあり得るのか」


 シュールパナカーがこんなイケメンと親しくなっていること自体が想定の範囲外はるか何万光年も離れたところにある事態だった。ラーヴァナはあまりのことによろよろとその場に膝をついた。


 その様子に、モルガは攻撃を躊躇ってしまった。インドラジットは憎たらしい態度で人間を虐殺する邪悪な敵だったが、ラーヴァナにはそういう感じがない。これは不味いと思うが、どうにも手に力が入らない。


「モルガちゃんは渡さない!」


 そこにユーディットが一段と破壊力の増したダンスを叩き込んだ。誰と戦っているんだお前は。


 グダグダになった戦場で、ただ一人変態だけが元気に攻撃を繰り返す。その威力は周囲の全てを破壊するほどのものである。なんと魔王ラーヴァナとの戦いは勇者の一方的な攻撃で勝負がつきそうな流れだった。


「オヤジ!」


 だがそこでインドラジットがラーヴァナをかばい、ユーディットのダンスが生んだ破壊の力を受け、その場に倒れた。神々の王インドラを倒した羅刹は、謎の変態女のダンスでなんだか感動的に命を落とすのだった。


「インドラジット!」


 その亡骸に抱きつき、涙を流す魔王。これもうどっちが悪だか分かんねぇな。


「息子と共に天上の世界に旅立つがいい!」


 何故かノリノリで悪役のような言葉を放つユーディット。だが次の瞬間、地面が割れて足を踏み外した。ラーヴァナの怒りが地を割ったのだ。


「にゃあ!」


 ダンスが中断され、ユーディットの悪役ムーブも終了した。


「許さん……許さんぞ人間ども! ついでにシュールパナカー!!」


「アタイも!?」


 息子を失った怒りでパワーアップした魔王、なんとなく勢いで妹も敵認定する。その身体からは魔力が蒸気のようにほとばしり、剣を一振りすると巨大な光の剣閃が飛んであらゆるものを薙ぎ払った。完全に我を忘れている。そんなに大事な息子に勇者を殺させようとするなよ。


 モルガはなんだか気持ちが乗らないけど、このまま見ているわけにもいかない。大きく息を吐くと、弓に矢をつがえラーヴァナに向き合った。


「大事な息子を失って怒るのは分かるが、お前達が殺してきた人達にだって大切な家族がいるんだ! ここで倒させてもらうぞ、ラーヴァナ!!」


 ラーヴァナは動かない。モルガは矢を引き絞る手を放し、必殺の一撃を魔王に向けて撃ち放った。

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