猿の戦士ハヌマーン

 モルガ達はキシュキンダーにやってきた。猿の国だからといって建物の見た目が特に変わっていたりはせず、人間の国と大差ない。


「ここに自称ジャガンナートがいるのかー」


 道行く猿達を横目に、王がいると思われる大きな宮殿を眺めるユーディット。猿達の表情は明るくない。


「王の座を奪われて追放されたのはなんて猿だったっけ?」


「スクリーヴァだよ」


 モルガはシュールパナカーに前の王の名前を聞いた。追放されたと聞いて親近感がわく。ところで敵国の中でそんな話をしていたら捕まるぞ。


「あんたら、前の王様に用があるのかい?」


 当然ながら、一匹の猿に声をかけられた。だがその態度からは敵意が感じられない。


「ええと、用があるのはジャガンナートなんだけど」


 素直に答えるユーディットである。ちょっとは警戒しろ。


「ジャガンナート……ねえ。どんな用件だい?」


「ちょっと倒しに」


「おい!」


 ちょっと買い物に、みたいなノリでこの国の王を倒す宣言をするユーディット。モルガのツッコミも追い付かない!


 だが話しかけてきた猿は楽し気に笑った。


「あっはっは、こんなところでそういうことを言っちゃダメだよ。まああいつは国民に嫌われてるから誰も気にしないけどね」


 自称ジャガンナートは猿達に嫌われているようだ。そりゃそうだ。


「あいつを倒しに行く前に、スクリーヴァ様に会っていかないか?」


 そして猿は追放された前王のところへ案内すると言い出す。罠の可能性もあるが、どうするのか?


「いいよー」


 軽い!


 ユーディットは余裕の態度で猿の申し出を受けた。こいつは特に何も考えていないように見えるが、本当に何も考えていない。


 強いて言えば、何が立ちはだかろうとも全て打ち倒してみせるという、絶対的な自信が彼女にはあった。それを察しているのか、モルガとシュールパナカーもあえて何も言わなかった。


「たいした胆力だね。オイラはハヌマーン、あんたらの名前を教えてくれ」


「私はユーディット、この子はモルガちゃんでこっちはシューちゃん」


 ハヌマーンと名乗る猿に名前を教える、のはいいが紹介する時はちゃんとシュールパナカーと言ってやれ。シュールパナカー本人はその呼び名が気に入っているのでニコニコしているが。


「ああ、噂の勇者一行か。こりゃあ助かる!」


 ユーディット達の名声は猿の国にも届いていた。ハヌマーンに案内されて一度町を出た一行は、すぐそばにある森の中に向かう。


「スクリーヴァ様は反攻の機会をうかがっているんだ。協力してくれるなら、オイラも力を貸すぜ!」


 ハヌマーンが手にした棒を振り回しながら言う。その動きを見ただけで、この猿はかなりの使い手だと分かった。


 しばらく進むと、森の中にあるとは思えないような立派な建物が現れた。


「すげー! 森の中にこんな宮殿を作ってるのか」


「スクリーヴァ様の徳に比べれば、こんなんじゃまだ足りないけどね」


 そんな話をしていると、建物の中から立派な服を着た猿が出てくる。一目でこの猿が前王のスクリーヴァだと分かった。


「ようこそいらっしゃった、私はスクリーヴァといいます。ハヌマーンが連れてきたということは、我等に力を貸してくださるお方ですかな」


「私はユーディット! ジャガンナートってやつを退治しにきたの」


 ユーディットが手を挙げて自己紹介すると、スクリーヴァはその場に膝をついて彼女を拝んだ。


「おお……あやつは不遜にも宇宙の主を名乗っておりますが、私の兄でヴァーリンという名のただの猿です。私の妻を奪い、私を都から追放しました。倒して頂けるのなら、あやつの部下は我等が排除いたしましょう」


「それは助かるね! アタイ達はヴァーリンだけをやっつければいいんだ」


「よーし、さっさと退治してモルガちゃんをもっと強くしよう!」


 目的が一致しているので話が早い。ハヌマーンが猿の兵を率いてジャガンナートもといヴァーリンの兵を追いやり、丸裸になったヴァーリンをユーディット達が直接攻撃することになった。


「ところで、モルガさんはゴブリンだよね? どうして強くなりたいんだい?」


 ハヌマーンがモルガとユーディットに質問すると、モルガが自分の身の上を話した。


「【ヴィシュヌ】のスキルを揃えて魔王になりたいんだ」


「おお、あなたも群れから追放されたのですか。これは他人とは思えませんな、魔王と戦う時には我等も協力しますぞ」


 やはりスクリーヴァもモルガの境遇に親近感を抱き、すっかり打ち解けたのだった。シュールパナカーは話がややこしくなりそうなので自分の出自については黙っていた。


 次の日、早速ハヌマーンの兵がキシュキンダーに向けて出陣した。その数、なんと七十億! どこにそんな数の猿が隠れていたのか。兵が動き出すと、森が激しくざわめくのだった。


「どこにこんな数の猿がいたんだ?」


「ははっ、これはオイラの術さ。身体の毛をちょっとヌイテこうやって行きを吹き掛ければ、一本で何千万もの兵が生み出せるんだ」


「なにそれ凄い」


 とんでもないスキルを軽く説明すると、ハヌマーンはすぐに出発した。モルガ達もその後に続き、キシュキンダーの宮殿を目指すのだった。

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