魔王の軍勢

 さて、モルガ達がキシュキンダーに向かうのと時を同じくして、オルネイド王国に攻め込んでくる軍勢があった。ランカー島の羅刹達、すなわち魔王の軍勢である。魔王ラーヴァナの子であるインドラジットが大勢の羅刹を率いてやってきたのだ。


「やはり来たか。ジャルカーン、マナティー、首都に敵を入れるな!」


「はっ!」


 声を合わせて返事をし、二人の千人隊長は兵を率いて迎え撃つ。オルネイド国王はモルガのレアスキルを囲い込むためにユーディットを召し上げた時点で、こうなることは予想していた。マンドラゴラの流通を止めるなど、派手に動いたこともある。さすがに海の向こうにあるランカー島にまで、その噂は届いていた。


 魔王としては人間が力をつけてもらっては困るのだ。ラーヴァナは人間以外には無敵の能力を持っているんだから。オルネイド王国が囲い込んだのはゴブリンのモルガだが、そんなことはラーヴァナにも分からない。表向きはユーディットを厚遇しているのだ。人々の噂にも勇者ユーディットの名前ばかりが上がる。インドラジットはユーディット抹殺の命を受けてこのオルネイド王国に攻め込んできたのだった。


「親父も心配性だなぁ、人間の小娘を倒すためだけに神々の王インドラを倒したこの俺様を直々に向かわせるなんて」


 説明ありがとう。インドラジットはたびたび自分が神々の王である雷神インドラを打ち倒したことを自慢するのだ。その気持ちはわかる。


 インドラジットは四本の腕を持つ羅刹で、魔術を使う。魔術によって自分の姿を見えなくし、敵にナーガの縄を投げつけ動きを封じた上で一方的に攻撃するのだ。清々しいまでの卑怯者である。


 さらに彼は戦いの前に祭祀を行い、神に願って強力な力を手に入れてから戦に臨むのである。常に全力で勝利を目指す、ある意味で最強の戦士と言える。


 そんな軍勢が人間の国を攻めることに反発した羅刹もいた。ラーヴァナの弟、ヴィビーシャナである。彼はシュールパナカーとも仲が良く、神を信じる高潔な人物でもあったので、無益な争いを行うことに不満を抱いたのだった。複雑な家庭だな。


「インドラジットを人間の国に向かわせるなんて! 彼が戦えば無数の血が流れることになるぞ」


 ラーヴァナに自分の意見を聞き入れられなかったヴィビーシャナは宮殿を抜け出し、一人でこっそりとオルネイド王国を目指すのだった。




「いかな羅刹だろうが、やすやすと通すほど我等は甘くはないぞ」


 ジャルカーンとマナティーは首都を囲む堀の外側に軍を展開し、自分達が全滅しない限り敵が首都に入り込むことはないようにした。まさに背水の陣、命がけで使命を果たそうとする武人のかがみである。


「自分から逃げ道を塞ぐなんて、バカかな? 俺様の矢の雨で皆殺しさ」


 インドラジットは余裕の態度で人間の軍司令達をあざけり笑う。そんな態度で大丈夫か?


「全軍、盾を構えろ!」


 ジャルカーンの号令により、オルネイド軍は防衛の態勢を取る。羅刹は初手で激しい攻撃をしてくるのが定番である。敵の全力攻撃をしのぎ切り、返す刃で羅刹軍を蹴散らす算段であった。


「そんなショボい盾で俺様の矢を防げるかよぉ!」


 インドラジットがそう言って弓を構える。オルネイド軍が盾を構え、身体に力を入れるのを確認した彼は、ニヤリと笑ってまじないの言葉を口にした。なんと矢で攻撃すると嘘をついて敵を騙したのだ! これはまごうことなき卑怯者。親の教育はどうなってるんだー!!


蛇縄ナーガパーシャ


 インドラジットの魔術が放たれると、オルネイド軍の兵士達の身体に無数の蛇が巻き付いていった。盾を構えて攻撃に備えていた兵士達は剣を抜いて蛇を切ることもできず、そのまま縛られてしまう。


「ケッケッケ、矢じゃなくて残念だったな!」


 拘束された兵士達を見て笑うインドラジット。だがマナティーが冷静な態度で神に祈りを捧げる。


ヴィシュヌよ、鳥を遣わしたまえ!」


 すると空に大きな鳥が現れる。以前ユーディットが美味しく調理したガルーダだ。生きてたのかよ!


『キョエアアアアア!』


 甲高い鳴き声を上げると、ガルーダは一気に地上へ降りてきて、あっという間に蛇を食らいつくす。


「鳥を呼んだだと!? ならお望み通り矢で撃ち落としてやるよ!」


 インドラジットが弓に矢をつがえる。今度はジャルカーンが両手で印を切った。


「放たれた矢は軌道を変えられない」


 インドラジットが無数の矢を放つと、ジャルカーンの魔術で空中に見えない壁が生まれる。全ての矢を見えない壁で弾き返すと、ジャルカーンは冷たい目で敵軍の将を睨みつけた。


「……それがご自慢の矢か。たいそうな技だが、こちらには一人の被害も出ておらんぞ」


 敵の煽り文句に憤怒の形相を見せるインドラジットだが、その裏で新たな魔術を使う。インドラジットは見る間に姿を消してしまうのだった。


「姿が消えた!?」


「気を付けろ! 敵は姿を隠して攻撃してくるぞ!」


 姿を消した敵に驚き、闇雲に剣を振る兵士達に注意喚起をする。ジャルカーンはインドラジットの魔術についてよく知っていた。ただ、その破り方は知らない。ここからが正念場だと、覚悟を決めるのだった。


「ククク……この術を破れるのは三界を見渡してもオジキぐらいさぁ!」


 自分の勝利を疑わずに敵を嘲り、インドラジットは殺戮の宴を開始するのである。

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