ジャガンナートの正体

 ジャガンナートを退治することになったモルガ達は、まず情報集めのために町の酒場に向かった。情報集めと言えば酒場だ。聖典ヴェーダにもそう書いてある。(※ありません)


「首都の酒場はどんな感じかなー?」


「ユーディット、お酒飲むの?」


「飲まないよっ! モルガちゃんの出してくれたミルクならゲヘヘ」


 何言ってんだこいつ。実年齢はともかく、ギャグセンスは余裕で酒を飲める年齢のようだ。


「修行して変態度も増したか」


 もはやユーディットの変態発言には慣れっこのモルガですら若干引き気味である。


「ん? 牛乳だったら酒場でも出してくれるんじゃないの。モルガに出してもらわないとダメなの?」


 シュールパナカーは首を傾げて言った。


「シューちゃんは乙女だねぇ」


 何言ってんだこいつ、その2。外見と中身が真逆の二人であった。


「馬鹿なこと言ってないでさっさと行くぞ」


「だってー、何日もモルガちゃんと会えなかったんだよー!」


 約三日である。元々一週間の予定を変態の執念で世界を破壊するダンスまで覚えて半分の期間で追いついてきたのだ。恐ろしいほどに変態である。


「はー……二人だけで通じる話があるのね。これじゃ勝てないわ」


 シュールパナカーが何かを諦めた! 諦めるな、というかユーディットの土俵で勝負するな!


 そんなことを話しつつ、首都オンデルで一番大きい酒場、オンデル亭にやってきた。そのまんまか!


「たのもー!」


 またもや謎の挨拶と共に酒場に突入するユーディットである。今の自分の地位を考えた方がいいぞ。彼女の胸につけられた百人隊長のバッジを見た店員が焦った様子でベルを鳴らすと、店長らしき口ひげを生やした中年男性が血相を変えて駆けつけてきた。


「これはこれは百人隊長様! わたくしどもの店に何か不手際がございましたでしょうか!!」


 百人隊長という階級、字面だけ見るとそんなに偉くないように見えるが、実際のところ相当偉い。先ほど謁見の間で話をした千人隊長が国の軍を統括する軍司令のような階級で、百人隊長はその次の位だ。言うなれば将軍の階級に当たる。もちろんそんなことを知っているユーディットではないので、店長の態度にキョトンとした顔を向けた。


「へっ? いや、ただご飯を食べにきただけだけど」


「そうでしたか! 私共の店を選んで頂き、ありがとうございます!! それではこちらに専用のお席をご用意しております! どうぞごゆっくり料理をお楽しみください!! あっ、お酒はお召し上がりになられますでしょうか?」


「え、あ、お酒は大丈夫」


 店長の全身全霊の歓迎にあのユーディットが気圧されている。なんという気合だろうか。この店長、間違いなくこの瞬間に寿命の一割ぐらいは燃やしている。


「ほら、ユーディット。店長さんを困らせるなよ」


 モルガが困惑するユーディットを急かして席につかせる。シュールパナカーがジェスチャーで謝罪するが、その見た目に肝を冷やした店長が凄い速さで後退あとずさって店の奥に消えていくのだった。




「俺達ジャガンナートの名を騙る悪党を倒しに行くんだけど、どこにいるか知らないか?」


 せっかくなので店の最高級料理を楽しみ、ちょうど竜王の依頼で得た大量の金を持っているので他の客達にも大盤振る舞いをして店を沸かせ、店長も笑顔を取り戻したのを確認したモルガが目的の情報収集とばかりに店内に向かって呼びかけた。


「あのジャガンナートを倒しに!?」


 ザワッ……と、それまでの喧騒とは明らかに違うどよめきが広がる。


「もしやと思っていたけど、やっぱりあの勇者ユーディットの一行だったんだ!」


 冒険者らしき男が叫ぶと、店内が今度は歓声に包まれた。


「うおおおお! 勇者! 勇者! 勇者!」


「えっ、なにこの流れ……」


 先ほど変態発言で仲間を引かせたユーディットが今度は酒場の冒険者達にドン引きしている。こいつらは自覚がないが、もはやこのパーティーの武勇伝は国中に広がり孤高の狼使いザインと並んで憧れの的になっているのだ。


 騒ぎになったせいで情報が得られず、困っていたところにまた店長がやってきた。今度は満面の笑顔である。どうやら彼は救われたらしい。よかったね!


「自称ジャガンナートは、キシュキンダーという場所にいるそうです」


「キシュキンダー?」


 オルネイド王国の隣にある猿の国の都である。そんなところに悪魔がいていいのか? 猿はどうなっているのだろうか。


「アタイ分かっちゃった! ジャガンナートの正体って猿の王でしょ。確かヴァーリンとかいう悪い猿が王様だった弟から国を奪ったんだよ!」


 シュールパナカーは事情通だった。旅をしている間、あらゆる男の情報を集めていたのである。猿の国の善王スクリーヴァが兄ヴァーリンに妻を奪われ追放されたという噂を聞いたことがあったのだ。


「猿の国も大変だな」


 ゴブリンに同情される猿。ちなみにこの猿というのはもちろんただの猿ではない。猿神さるがみの一族だ。神ばっかりだなこの世界。


 そんなわけで、目的の場所を聞いた一行は騒がしい酒場を後にしてキシュキンダーを目指すのだった。

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