百人隊長ユーディット
依頼を達成し新しい力を手に入れたモルガ達がアルスターの町に帰ると、町長とギルドマスターが入り口で出迎えた。とても穏やかではない雰囲気だ。
「やあ、君達。竜王の依頼を達成した話は聞いたよ。ご苦労だったね」
町長のアルスター伯爵がモルガ達を労うと、ギルドマスターの筋肉オヤジが渋い顔で口を開いた。
「ユーディット、お前に国王から召集令状が来た。もちろんモルガとセットだ」
顔を見合わせるユーディットとモルガ。
「召集令状って?」
「国のお抱え兵士になれってことさ。兵士と言っても一兵卒じゃない。最低でも百人隊長以上の扱いになるだろう。あちらの目的は【ヴィシュヌ】と【ガネーシャ】の独占だからな」
「それって良いことなんじゃないの?」
それなりの待遇をもって国王に召し抱えられるというのは、とても名誉なことではある。冒険者なんて実質無職のようなものだから、大出世である。だが、ことはそう簡単ではない。
「前に話しただろう、強力なスキルの持ち主は国家に抱え込まれるし、暗殺の対象にもなる。お前達のスキルが国家規模で警戒されているんだ。断れば国家の敵として討伐対象になる。ついでにドリンク剤の材料は売買禁止になった。ドリンク剤は元から禁止だが、材料になるマンドラゴラも店で売ることはできなくなったってことだ。国が管理するからな」
「えーっ!? じゃあどうやってモルガちゃんを強化すればいいの?」
他の部分は聞き流していたが、ドリンク剤の材料が買えなくなったことには反応するユーディットである。そんなこと言ってる場合じゃないぞ。
「その王様が用意してくれるんじゃない? 二人を部下にしたいって話なんだし」
シュールパナカーはちゃんと話を聞いていた。偉いぞ。
「断る選択肢はないってやつか。スキルの解放は人前では使ってないはずなんだけどな」
「お前等はとっくに有名な冒険者になっていたからな、監視されていたんだろう。ちょっと活躍しすぎたな」
そんなわけで、竜王の娘探しの依頼料と三人はそのままオルネイド王国の首都オンデルへと向かった。オンデルは城壁ではなく巨大な堀に囲まれた美しい都市で、立ち並ぶ建物も石造りの立派なものばかりだ。
「わー、きれーい!」
ユーディットは景色に関しては普通の感性を持っているらしい。三人は入り口で警備兵に召集令状を見せると、真っ直ぐに城へ向かうように言われた。城に向かうと、立派な鎧に身を包んだ高齢の男性が出迎える。
「英雄ユーディットと仲間達だな。わが王がお待ちである」
もう英雄扱いである。ただの変態がよくぞここまで認められたものだ。だが、城に入るとそこにいる連中の視線がおかしい。明らかにユーディットではなく、その隣でキョロキョロと城の中を見ているゴブリンに向けられている。ちなみに今日のペイントは雄々しいライオン(のつもり)だ。
「あれが……」
「噂には聞いていたが……」
ヒソヒソと話す人々を無視して、三人は案内に従い謁見の間へと向かう。そこは予想通りに豪華な広間で、玉座に座る王の左右にはいかにもな大剣を携えた中年の男女が控えている。この国の武人の最高位である千人隊長の二人だ。二人とも黒髪で、どことなく雰囲気が似ている。
「よく来た。そなたらが求めに応じてここに来たこと、嬉しく思うぞ」
「王様ってけっこー若いんだね」
思ったことを口に出すユーディット。貴族の娘のくせに失礼なやつである。だが国王は自慢げに胸を張る。
「そうであろう? 余は健康に気を使っておるからな」
健康に気を使っていると若いままでいられるのだろうか。寛大な王だが、モルガとシュールパナカーは礼儀を知っているので大人しく跪いている。
「さて、さっそくだがユーディットには百人隊長を引き受けてもらいたい。国のために戦うなら、あらゆる場所への立ち入りを許そう。詳しくはこの二人に聞くがよい」
そう言って二人の千人隊長に話を引き継ぐと、国王は立ち上がり執務室へと姿を消した。すぐに女の千人隊長が話しかけてくる。
「既に知っているとは思うが、我々が君達に求めるのは『我々の敵にならないこと』だ。その身に宿すスキルは神の力。敵に回す愚は犯したくない。その代わりに君達の要求には可能な限り応えよう」
凛とした口調で語るが、その内容はモルガ達にだいぶ優しい内容である。素直にやって来たので好意的に受け入れられているようだ。男の千人隊長が続ける。
「とは言え、君達は立場上我々の部下ということになる。我々の求めに応じてモンスターを退治してきてもらいたい。結果を出せば褒美も出るぞ、冒険者とやることは変わらないと思っていい」
「やった! モルガちゃんをもっと強くしたいんだけど!」
そしてこの変態である。ユーディットの言葉に、周囲がざわついた。
「これ以上の強さを求めるのか……一体何が目的なんだ……」
おそらく大臣と思われる人々は、強さを求める英雄に恐怖を覚えたようだ。まさかゴブリンを魔王にしようとしているとは思いもよらない。
「【ヴィシュヌ】のスキルを揃えようと言うなら、それこそ我々にとっても非常に頼もしい限りだ。上位の錬金材料を用意しておくので、宇宙の主ジャガンナートを名乗る悪魔を退治してきてもらいたい」
「ジャガンナート?」
ジャガンナートは宇宙を支配する神の名だ。実はヴィシュヌの
「神の名を騙るなんて、なんつー怖いもの知らずだよ。俺にはとてもできない」
ビビりのモルガにはできないだろう。というかする必要がない。
「実物はどんなやつなの?」
「
女の千人隊長がそう言って悔しそうな顔をした。偽者とはいえ、かなり強力な悪魔のようだ。
「ところで、お二人の名前は? あ、アタイはシュールパナカー」
ここに来てシュールパナカーが二人の名前を聞いた。国王も名乗っていないが、通常国民が国王の名前を知らないことなどあり得ないので仕方ない。もちろんユーディットは知らないしモルガとシュールパナカーは国民でもない。
「ああ、私はジャルカーンでこちらはマナティーだ」
男がジャルカーンで女がマナティーである。海にいるあれではない。
「よろしくねっ!」
一貫して気安い態度のユーディットだった。中年の二人はそんな彼女を微笑ましく思っていた。若いというだけでこの手の失礼は許されがちである。
モルガ達三人はジャガンナート退治の前に首都で一泊することにした。寝る場所も城に用意してもらい、使用人つきの優雅な一夜を過ごすのだった。
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