仲間の絆
シュールパナカーが剣を振り下ろすと、モルガがククリナイフで受け流す。モルガがそのままキックを放つと、シュールパナカーは脛で受け止める。すぐさま翻って回転と共に剣を横薙ぎに叩きこんでくるのを身をかがめて避けると、モルガは地を蹴り距離を取った。
二人の攻防が続くが、弱体化しているとはいえシュールパナカーの方がモルガより速く、強い。ジリジリと体力を削られていくモルガに、シュールパナカーは早く変身して勝負を決めてほしいと考えていた。
だがモルガには変身できない理由があった。実は変身後の姿では力の加減ができないのだ。だから例えばクールマになって今の弱体化したシュールパナカーを踏みつけたら、先ほどのグルフィンのように完全に潰してしまう。マツヤになって角で突いても同じだ。弱体化しなければ彼女のスピードを捉えられない。絶対にシュールパナカーを殺したくないモルガには、もう打つ手がなかった。
大きく息をつき、ククリナイフを構えた。こうなったら、ゴブリンの身体のままでやるだけやってみようと考える。シュールパナカーにやられても仕方ない。ただのゴブリンが、ここまでよくやって来れた。マックスは見返したし広い世界も見れた。何を思い残すことがあろうか……いや、一つだけあった。
(ごめん、ユーディット)
心の中で遠くにいる恩人に謝罪し、シュールパナカーに向かっていく。シュールパナカーも剣を構え、迎撃の態勢を取った。
「ちょっと待ったーーーーー!!」
ダクシナの地に、ひときわ大きな声が響いた。二人もよく知る声。何故ここに? と不思議に思いながらも再会の喜びを持ってそちらに目を向ける。
そこには新しい戦闘装束に身を包んだユーディットと、ダルマ師匠がいた。ダルマ師匠にここまで送ってもらったようだ。ユーディットの服は白いジャケットにピンクのシャツ、頭に羽飾りのついたサークレットを着けている。いかにも魔法の力が込められていそうな、ベテラン冒険者の出で立ちだ。炎の魔法剣を抜き、戦闘態勢になっている。
「事情は分かってるよ、シューちゃん! 魔王のお兄さんは私が倒す!!」
突然の宣言である。シュールパナカーもモルガも困惑する。
「え、でもモルガが倒さないと魔王になれないんでしょ」
「同じパーティーなら大丈夫!」
ぐっと左手でサムズアップをするユーディット。そして歩き出した。
「ダルマ師匠、シュールパナカーの弱体化を解除して」
「ふぉっふぉっふぉ、しっかりやりなさい」
ダルマ師匠がユーディットの要望に応えてシュールパナカーに杖を向けた。シュールパナカーの身体を淡い光が包み、完全に回復させる。
「一体何を……?」
「万全の状態じゃないと納得できないでしょ、私がシューちゃんを止めるから。……モルガちゃんが困ってるところに颯爽と現れた私がシューちゃんを納得させて丸く収めれば、モルガちゃんも私に惚れ直すって寸法よゲヘヘヘヘ」
言う必要のない心の声が漏れてるぞ。
「お、おう」
雰囲気が変わったが言動が相変わらずなので安心したモルガは、ユーディットの修行の成果を信じて後を任せることにした。
「へえ、そいつは私も黙ってられないね。私もモルガのことが好きだからね」
シュールパナカーにとって、ユーディットもかけがえのない仲間だ。その相手に剣を向けるためには、理由が必要だった。ここは女二人で男を取り合うという構図にすることで、自分を奮い立たせる。
「知ってる」
ユーディットは一旦剣を鞘に納めると、両手を胸の前で合掌させ顔を前に向けたまま左右にクイクイッと動かした。アイソレーションだ。
「何それ?」
「モルガちゃんを奪おうとする泥棒猫に、破壊のダンスをプレゼント」
ユーディットがニッと笑うと、その身体から衝撃波が放たれる。そして、腕を回しながらステップを踏み始める。その動きの一つ一つに合わせて破壊のエネルギーが生まれる。ステップすれば地面が揺れ、ひびが入る。腕を伸ばせばそこから衝撃波が放たれ、シュールパナカーの身体を打った。
「ぐっ!?」
予想外の威力に後方へ身体を吹き飛ばされながら驚愕する。
『あれは、ターンダヴァ!』
プラジャーパティが焦った声を上げる。まだ
「この!」
シュールパナカーがユーディットに接近し、剣を振り下ろす。それを踊りながら炎の剣で受け流し、相手の胴体にキックをお見舞いする。もちろん破壊のエネルギーが乗った凶悪な一撃だ。
「うわああっ!」
まるで歯が立たない。あまりにも強くなっているユーディットにシュールパナカーは驚きながらも心の中で称賛していた。本当に苦行をやり遂げたんだ、さすがは私の友達だと。
シュールパナカーが満足そうに眼を閉じ、地面に横たわるのを確認したダルマ師匠がユーディットを止めた。
「勝負あった! ユーディットよ、踊りをやめるのじゃ」
「わーん、シューちゃーん!」
すぐに踊りを止めると、ユーディットは泣きそうな顔でシュールパナカーに駆け寄るのだった。
「ところで、マンゴー美味しい?」
シュールパナカーも納得したところで、三人は至高のマンゴーを食べに向かったタルマッドに合流した。
「ええ、渇きが癒されるわ!」
一体何の渇きだったのだろうか。タルマッドは満足したので依頼は見事達成である。やったな!
『君達も食べていきなさい。神気を身体に取り込めば更なる力も手に入れよう』
「マジで!? ラッキー!」
プラジャーパティの許しを得た三人は大喜びで十個のマンゴーを貪り食うのだった。落ち着いて食え。
「うおおおお! 身体が熱い!」
「わ、私も熱くなってきたあああ!」
「アタイもだ! これがマンゴーの力……?」
三人はプラジャーパティの力を宿した十個のマンゴーを食べてそれぞれにスキルを身に着けた。
「ユーディットよ、モーダカプリヤのスキルで鑑定するのじゃ。何のスキルを覚えたか分かるぞ」
「そんな使い方もあるの? 便利!」
だから便利だと言っているだろう。これでギルドのオヤジに頼ることも減るな。
「えーと、モルガちゃんは【アヴァターラ・ヴァナーハ】だって。めっちゃ力が強くなるって書いてある!」
「なんだそれすげえ!」
ついに汎用性の高そうなスキルを覚えたモルガ、よく分からない踊りをする。どこに書いてあるのかという疑問を持つ者はいなかった。
「シューちゃんは【加速レベル3】だって。そのまんま、スピードが速くなるアクティブスキル」
名前は地味だがとんでもなく優秀なスキルだぞ。効果を説明するまでもない。
「やった、ちゃんとしたスキルだー!」
シュールパナカーも喜んでいる。満を持してユーディットが自分のスキルを確認する。
「ええと、【鎮静】……落ち着く。なにこれえええ!」
もっと落ち着いた方がいいという神のメッセージだな。
「落ち着くスキルか、ユーディットにはピッタリだな!」
「問題は、落ち着いてない時にスキルを使えるかが分からないところね」
仲間達も肯定的に受け止めている。やはりユーディットには必要なスキルだった。
「私はいつも落ち着いてるよ!」
それはない。
『こんなところでターンダヴァを踊るような人間には落ち着きが必要だろう』
そしてプラジャーパティである。これ覚えさせたのあんたらだろ。
「満足したし、家に帰りましょ!」
タルマッドが笑顔で言うと、一行は不満そうなユーディットを引っ張ってジャターユの待つダクシナの外れへと向かうのだった。
『旦那ぁ~、降ろしに来てくれたんでやんすね~!』
マンガーオの町に帰ってくると、まだしぶとく生きていたモーラヌーサが宿屋の庭でビチビチと身体を動かしていた。もちろんモルガ達は存在を忘れていた。
「うるさいから持っていって」
宿屋の主人に謝罪し、モルガ達はモーラヌーサを回収した。至高のマンゴーも実在したことだし依頼も達成したので、こいつはタルマッドと共に海に帰すことにした。うるさいからな。
『おお、娘よ! よくぞ無事に帰ってきてくれた!』
「うおおおお! でっかい!!」
海辺に行って竜王シェーシャを呼び出した。巨大な竜を見てユーディットのテンションが爆上がりしたので、さっそく本人に鎮静スキルを使わせる。
「スーハースーハー、うん落ち着いた」
効いているのかよく分からないが、神の授けたスキルだからきっと効いているのだろう。
『報酬はギルド経由で渡そう。今後も困ったことがあったらワシの名を呼んでくれよな!』
『旦那ぁ~、ご恩は一生忘れないでやんす~!』
「またねー!」
竜王親子と変な魚に見送られ、モルガ達は馬車に乗ってアルスターの町へと帰っていくのだった。
『魔王の妹は一緒に行くことにしたのか……悪いことにならなければ良いが』
そんな一行を、空の上からジャターユが心配そうに眺めているのだった。
「へえ、【ヴィシュヌ】の覚醒スキルにそんな秘密があったとはね」
どこかの建物の一室で、小鳥のさえずりを聞きながら呟く男がいた。部屋に並ぶ煌びやかな調度品が、彼の身分の高さをうかがわせる。
「兵を集めてくれ。これから忙しくなるぞ!」
側近らしき者に指示をすると、男は立ち上がって伸びをした。
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