魔王の妹

 突然のダンスタイムだが、三人は踊り出した。どんな基準なのかも分からないのによくやるものだ。ちなみにやる気のなかったモルガはなんとなくみんな躍ってるから自分も踊らないといけないような気分で踊っている。踊りはこの前魔神ルンバがやっていた動きを真似している。


「海の中でいつもお魚相手に踊ってたんだから、甘く見ないでよねっ!」


 タルマッドが輝く銀髪を風に流し、光を振りまきながら踊る。その姿はまるで陽気な妖精が風と戯れるかのようだ。海の中ではきっと色とりどりな魚達と共に舞い遊んでいたのだろう。


「踊りなら負けないよ!」


 シュールパナカーが優雅にダンスを披露する。さすがは豪華な宮殿で暮らしていただけあり、ダンスはお手の物だ。見た目がアレなのでとても美しい光景とは言えないが、羅刹女の長い角が描く模様は何かの儀式で使われる魔法陣のよう。軽やかなタルマッドのダンスと比べて、華やかで情熱的なダンスである。上手く踊れないモルガの手を取り、エスコートを始めた。


「凄い! シュールパナカーはダンスが上手いんだな」


「へへっ、これでもずっと宮殿でパーティーに参加してたからね!」


「……宮殿?」


 シュールパナカーの何気ない言葉に、モルガはこの羅刹女がどういう出自なのかをまったく知らないことを思いだした。アニキが凄いと語っていたのは覚えている。そして宮殿。また悪寒が襲ってくる。これは、体調不良や不吉な予感などではない。体の内に宿る何者かからの――警告。


『よし、見事なダンスだ。それでは次の試練に行ってみよう』


 合格だったらしい。完全にアトラクションの司会と化しているプラジャーパティの声が、更なる試練を告げてきた。


『やはりモンスターと戦わなくてはな!』


 何がやはりなのか分からないが、プラジャーパティの声と共に現れたのは一匹のグルフィンだった。グルフィンとは上半身がタカで下半身がライオンのモンスターだ。グリフォンともいう。獣の中でも相当な強さを誇り、馬や牛を捕まえて食べてしまうとんでもない害獣である。そんなのが突然空中に現れ、襲い掛かってきた。


「『弱体化』!」


 モルガはすぐに弱体化のスキルをグルフィンに使った。相手が獣ならルンバのように反射してきたりはしないだろうと考えたのだ。だが、そううまくはいかない。


ギャオオオン弱体化破り!』


 グルフィンがスキルを使った。弱体化は一番に対策されるスキルである。神の遣わしたモンスターがそんなスキルをむざむざと食らうはずもなかった。


「アタイに任せて!」


 シュールパナカーが剣を振るい、グルフィンの翼を斬り落とす。続けてモルガが駆け寄り、ククリナイフで胴体を斬りつけた。


ギャオオオンヒーリング!』


 なんと回復魔法を使う。斬り落とされた翼が復活し、すぐさま鉤爪でシュールパナカーに掴みかかった。


「させるか、ニルヴァーナ!」


 モルガがクールマの姿に変身すると、グルフィンの鉤爪は甲羅に弾かれ、また空中に逃げていく。


「逃がさないよ!」


 シュールパナカーは空を飛べる。すぐにグルフィンに追いつき、また翼を斬り落とした。翼を失ったグルフィンが地面に落ちると、モルガがすかさず巨大な亀の体重をかけてグルフィンを踏み潰す。足の裏にあった獣の感触が、溶けるように消えていった。敵が消滅したのを確認したモルガが変身を解く。


「やったね!」


「やっぱ弱体化のスキルは使いどころが難しいな」


 せっかく覚えた強力なアクティブスキルだが、活かせる機会が少ないことを改めて確認したのだった。まあそれが実感できたのが収穫と言えよう。


『勝負あり! さすがはヴィシュヌ殿と魔王の妹だ。竜王の娘は戦いに参加しなかったが、良しとしよう』


 プラジャーパティの声がモルガ達を称える。どうやらこれで試練は終わりのようだが、モルガが驚きの表情を見せた。


「魔王の妹!?」


「うん、アタイのアニキは魔王って呼ばれてる。モルガも魔王を目指すんでしょ、頑張ろうね!」


 シュールパナカーは魔王になる方法を知らない。だからモルガは力と名声をつけて自然と魔王になるのだと思っている。そんな彼女の様子を見て、モルガは本当のことを話すべきだと考えた。これまでは自分も相手の素性を知らなかったからしょうがないが、知ってしまったからには彼女を騙すことになってしまうからだ。付き合いは長くないが、シュールパナカーが悪い羅刹女ではないことはよく知っている。それにモルガ自身の目的がこのことで見えなくなってしまったのだ。


「シュールパナカー、魔王になるにはね、今の魔王ラーヴァナを倒さなくてはいけないんだ」


「えっ?」


 一足先にマンゴーを食べに向かったタルマッドを追って自分も駆け出そうとしていたシュールパナカーは、モルガの言葉に足を止めて振り返った。


「魔王になるには魔王を倒さないといけないの?」


「そうだって聞いた。ラーヴァナがどんな人か知らなかったけど、シュールパナカーの自慢のお兄さんなんだろ? だったら、何の恨みもないのに倒すわけにはいかないよ。神々が倒したいって言うから、そうしようと思っていただけなんだ」


 モルガは元々なんの恨みもない魔王を倒したいと思ってはいなかったが、ダルマ師匠から神々の願いだと言われてそれを受け入れていたのだ。大切な仲間の兄と知ったら、やはり倒す気にはなれない。


「……いいよ」


「えっ?」


 だが、シュールパナカーの口から出た言葉は、肯定だった。


「前に言ったでしょ、死んだら天界に行って、また新しい命として生まれ変わるって。アニキは魔王としてアニキの生を過ごしてる。それが誰かに倒される道だったとしても、アタイがそれに文句を言う筋合いはないわ」


 そう語りながら、シュールパナカーは剣を抜きモルガに突き付けた。


「でも、ケジメはつけないとね。アニキを倒すって言ってるヒトを、アタイがただ見過ごすわけにはいかない。だから……」


 シュールパナカーの剣先は震えている。華やかな宮殿に暮らしていても、旅に出ても、醜い容姿の彼女はずっと〝一人〟だった。自分が結婚したいと思うぐらいいい男で、その上自分を受け入れてくれた大切な仲間。その相手に剣を向けるなど、とても心が耐えられなかった。


「『魔王になるのをやめろ』とは絶対に言いたくない。アタイを理由に夢を諦めるヒトがいるなんて、アタイが我慢できない。だから……お願い」


 モルガは頷き、ククリナイフを抜いた。たとえ元から気が進まなかったと伝えても、シュールパナカーが納得しないだろう。モルガが魔王を目指すと決めた顛末は彼女も知っている。仲間の群れから追放されたと聞いた彼女は、心から怒り、モルガの決意を支持すると言っていたのだ。


 正直なところ、モルガは自分がシュールパナカーと戦って勝てると思っていない。アヴァターラの解放をしてもマツヤやクールマでシュールパナカーに対抗できるのか分からなかった。クールマは硬いが遅い。シュールパナカーに攻撃が当たるとは思えない。マツヤは空も飛べるが、水中でなければ大した速度も出ない。やはりシュールパナカーと戦うのには相応しくない力だ。


 となれば、あとはこれで戦うしかなかった。


「『弱体化』!」


 シュールパナカーは防ごうとしない。そのまま弱体化を受け入れた。


「くっ……思った以上にキくね」


 そして、剣を振り上げる。その速度は確かに普段より遅いかもしれない。だが、今のモルガから見ても速い!


「うおおおお!」


 甲高い金属音がダクシナの地に響き渡る。二人の刃が激しくぶつかり合った。


『時にはぶつかり合い、絆を深めるのが仲間というものだ』


 プラジャーパティが、タルマッドにマンゴーを渡しながら誰にともなく言った。

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