ユーディットと暴れ牛
さて、ユーディットは自宅で一人ナンディにまたがっていた。
「にゃああああ!」
激しく動くナンディに跳ね飛ばされるユーディット。これで何度目になるだろうか。モルガ達が旅立ってからずっと続けていた。食事も睡眠もろくに取っていない。一日でも早くモルガ達と一緒に冒険をしたいという気持ちもあるが、まず最初に立てた『一分間乗り続ける』という目標がどうしても達成できず、意地になって続けているのだ。
「そう根を詰めては身体を壊すぞ、ユーディットよ」
ダルマ師匠が現れる。人の家の中にまで突然現れるとは、この爺さんこそ始末しておいた方がいいのかもしれない。
「食事をとって十分な睡眠を取るのじゃ。身体は休んで強くなる」
「えー、でも苦行なら身体をいじめるぐらいでいいんじゃないの?」
「それは間違いではないが、お主が今必要としているのは悪魔と戦う強さであろう。ダルマに従い、人々を苦しめる邪悪なモンスターを倒せばお主の望むものは神が授けてくれる。今は〝正しく〟身体を鍛えるのじゃ」
ダルマ師匠に諭され、ユーディットは食事と睡眠を取ることにした。「力をつけるにはバランスのいい食事じゃ」と言ってダルマ師匠が用意してくれた食事は美味しくユーディットの心と身体を満たしてくれる。すぐに眠気が襲ってきたのでベッドに入ってぐっすりと眠った。
そして次の日、すっきりとした気分でナンディにまたがると、今までとはまるで違う感覚がユーディットに芽生える。ナンディの動きが本能的に感じ取れるのだ。それに合わせて自分の筋肉を動かし、重心の移動を繰り返す。
『ブモオオオ!』
ガシャンガシャン。
「ぶにゃああああ!」
ぐいんぐいん。
「おおっ、一分を経過したぞ!」
「まだまだいくよー!」
ぐいんぐいんぐいんぐいん。
ユーディットは完全にコツを掴んでいた。
ナンディの動きにパターンはない。千変万化の動きに対し、先読みは不能。動きに合わせて身体を動かし、耐えるしかない。しかしすぐに次の動きが来る。しかもナンディの動きが変化するタイミングも常に変化し、一定のペースで変わるということはない。そんな暴れ牛の動きに耐えようとして、これまでユーディットは全力で筋肉を
しかし、今のユーディットは違う。数え切れないほどの挑戦を繰り返し、牛の動きに反応する速度は極限まで高まっていた。それでもダメだったのは反応の速さや力の強さではないということが、本能レベルで理解できていたのだ。一度休息を取り、気力がみなぎったことで気付けた。牛の動きに合わせて限りなく早く筋肉を動かす。そして力を入れすぎない。これまでの失敗の理由は力みにより身体の強張りだ。激しい変化には身体の柔らかさで対抗する必要があった。
思えば、ユーディットは常に全力だった。モンスターを攻撃する時には力いっぱい剣を振り下ろすし、鍋には心臓や目玉を丸ごとぶちこむ。モルガへの愛を語る時はその変態性を隠すことなく発揮する。だが、力と勢いだけで押せばより強い力には通用しない。技術ある者には力をいなされる。変態っぷりにはゴブリンもドン引きだ。
ユーディットは今初めて『脱力』という新しい世界の扉を開いたのだった。
「ふむ、今のお主にはもう暴れナンディも苦行ではない。儂が新しい技を教えてやろう」
「技って、スキル?」
ダルマ師匠の許しを得てナンディから降りたユーディットは、自分にも新しいスキルが覚えられるのかと期待の目を向けた。ガネーシャの便利スキルは戦闘向きではないからあまり満足できなかったのである。便利なのに。
「まあスキルのようなものじゃが、スキル扱いはされておらんの。ザインがやっておったじゃろう、ああいうやつじゃよ」
ザインがやっていた技と聞いて、グルジットとの戦いで彼が使っていた『颶風撃』を思い出した。にあんな感じで技名を言いながら攻撃するのはユーディットにとっても憧れだった。
「覚えたい! どうするの?」
「ふぉっふぉっふぉ、では儂にかかってくるがいい。戦いの中で学ぶのじゃ」
ダルマ師匠が持っていた木の杖をユーディットに突き付けた。剣を持ち、戦えと言う。身体能力を鍛えたら、今度はユーディットに最も足りない戦闘経験を積ませようと考えているのである。ダルマ師匠、本当に師匠だった!
「む、怪我しても知らないよ?」
炎の魔法剣を取り出し、構えるユーディット。神出鬼没だが杖を突いている老人に真剣で斬りかかるのはさすがのユーディットでも気が引けるようだ。
「ふぉっふぉっふぉ、すぐにその減らず口も叩けなくなるぞ」
ダルマ師匠が笑うと、次の瞬間ユーディットの視界から姿を消す。
「!!」
瞬時に攻撃の気配を察し、転がるようにしてその場から離れるユーディット。すぐにドォンと床を叩く音が耳に届いた。
「反応速度は上々、じゃの」
ユーディットが元居た場所に目を向けると、そこには彼女が立っていた場所に背中側から杖を振り下ろし、床を打ち据えたダルマ師匠がいる。
そして、消えた。
「えいっ!」
ユーディットが気合を入れて剣を振り上げる。
「ほっ」
その剣にダルマ師匠の振り下ろした杖がぶつかり、轟音を発した。凄まじい衝撃が剣から腕に伝わってくる。ユーディットが力いっぱい剣を振ると、それに合わせて宙を舞い、ふわりと着地する。
「ふぉっふぉっふぉ、ついてこれておるな。上出来上出来」
そう言ったダルマ師匠の身体から、破滅的なオーラが立ち上るのが見える。
「では、ここからが技の伝授じゃ」
ダルマ師匠から放たれる、肌を刺すような圧迫感にユーディットはゴクリと生唾を飲み込んだ。
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