世界の滅亡を回避せよ

「すいません、お聞きしたいのですが、究極のマンゴーってどこで手に入るんですか?」


 モルガは先ほどの商人に究極のマンゴーの在処を尋ねた。明日来いと言っていたのだから、ここにはないがすぐに手に入れられる状況だということだ。相手も商売だから購入してもいいだろう。かかった費用はシェーシャに請求すればいい。


「究極のマンゴーに興味がおありですか、ではあなただけにこっそり教えましょう。あれは創造神ブラフマー様が自らの化身として作り出した神樹プラジャーパティになる実です。あれより優れたマンゴーなど存在するはずがありません。創造神自らお作りになったマンゴーですからね」


 それは確かに。だがなぜこの商人はそんなマンゴーを入手できるのだろうか?


「そんな凄いマンゴーがあるんですね! どうやったら手に入りますか?」


 そんなマンゴーならきっと竜王の娘も満足するだろうと考え、モルガは少し安心した。すると商人は言う。


「実は、以前巣から落ちた鳥のヒナを助けた礼にと鳥の王ジャターユがマンゴーの実を取ってきてくれるんです。ちょうど明日持ってきてくれる予定で」


 ジャターユは六千年も生きている超高齢のハゲタカだ。普段は山の上で眠っているのだが、鳥の王として恩人に報いているようだ。明日になれば目的のマンゴーが手に入るが、それを竜王の娘に見られると至高のマンゴーではなく究極のマンゴーだと気付かれてしまう。どうにかして彼女に見つからずに手に入らないかと相談した。


「ジャターユは町の外れにやってきます。その時にあなたと二人で行きましょう」


 なんとも親切な商人である。さすがは鳥を助けただけのことはあるな。目的が達成できそうなモルガは、ニコニコしながらホラ話を続けているモーラヌーサのところに戻っていくのだった。


「明日には至高のマンゴーが手に入れられそうだよ」


 モルガがそう告げると、モーラヌーサの長い話を聞き飛ばしていた少女が「やったー!」と喜びモルガに駆け寄った。世界の滅亡は避けられそうだな。


「私はタルマッド、よろしくね!」


 何気に偽名ではなく実名で自己紹介をする竜王の娘である。モルガ達も自己紹介をし、実はシェーシャに依頼されて連れ戻しに来たのだと告げると「至高のマンゴーが食べられたら帰るよ」と機嫌良く答えてもらった。もう依頼は達成したも同然である。今日は宿を取って明日また会うことにした。なおモーラヌーサは罰として宿屋の庭に吊るしておいた。


『旦那ぁ~酷いでやんす~』


 まだ余裕があるな。放っておいても大丈夫そうだ。




 次の日。モルガはシュールパナカーに事情を話し、一人で町の外れへと向かった。そこには昨日の商人もいて二人でジャターユを待つ。


『おや、そのお方は……』


 しばらくすると、頭上から威厳に満ちた声が聞こえてきた。ジャターユがやってきたのだ。


「いつもありがとうございます、ジャターユさん。この方は究極のマンゴーを買いたいとおっしゃるのでお連れしました」


「初めまして、ゴブリンのモルガといいます」


『おお、なんともったいないお言葉。高潔なるデーヴァの求めとあらばこのジャターユ、自らの命さえも差し出してみせましょうぞ』


 どういうわけか、ジャターユはモルガに向かってうやうやしくそのハゲ頭を下げる。予想外の展開に驚きを隠せないモルガだが、ジャターユが言葉を続けると更なる驚きが彼を襲った。


『ブラフマーの化身アヴァターラをお求めとあらば、究極のマンゴーだけでなく、至高のマンゴー、最高のマンゴー、至極のマンゴー、至上のマンゴー、最上のマンゴー、無上のマンゴー、極点のマンゴー、極限のマンゴー、上乗のマンゴーもご用意いたしましょう』


「えっ、至高のマンゴーがあるんですか!」


『プラジャーパティは十人おりますからな』


 まさかの嘘から出たまこと、何やら色々なマンゴーがあるらしい。ならば究極のマンゴーを至高のマンゴーと偽って食べさせるより、本物の至高のマンゴーをタルマッドに食べさせた方がいいだろう。モルガは竜王の依頼と娘の願望について話した。


「そういうことだったんですね。しかし本当に至高のマンゴーがあるとは、私も勉強になりました」


 商人が笑顔で頷く。モルガもこれで安心できた。竜王の娘を騙すのはやはり気が引ける。魚のホラ話を信じるような娘なんだからその辺のマンゴーを食わせても大丈夫そうだが。


『なるほど、竜王シェーシャの娘さんが……それならば、どうでしょう? マンゴーを食べただけでは、それが本当に至高のマンゴーとは確信できますまい。私があなた様とタルマッド殿を神樹の高原にご案内します。自らその実を手に取れば、彼女の渇きもきっと癒せるでしょう』


 モルガはちょっと面倒くさいなと思ったが口には出さずにジャターユの提案を受け入れた。実際、究極のマンゴーを至高のマンゴーと偽って食べさせようとしていたのだ。実を食べただけで至高のマンゴーだと納得してもらえる自信はなかった。


「シュールパナカーっていう羅刹女も一緒に行ってもいいかな?」


 モルガは仲間も一緒でいいかと聞く。モーラヌーサの名前は出てこなかった。


『シュールパナカー……?』


 一瞬、ジャターユの目が鋭く光る。だが、すぐに穏やかな表情を見せた。


『ええ、もちろんですとも!』


 モルガはジャターユと共に昨日の市場へとやってきた。待っていたタルマッドとシュールパナカーは「なんか凄いの連れてきた!」と楽し気に笑い、市場の人々は叫び声を上げた。


「お待たせ! このジャターユさんが俺達を至高のマンゴーがある場所に連れていってくれるそうだ」


『あそこはとてもいい場所ですよ、お嬢さん方』


「わーい! すぐ行こう!」


「アタイこんなおっきい鳥さん見るの初めて!」


 タルマッドとシュールパナカーは歓声を上げ、モルガと共にジャターユの背中に乗り込むのだった。


 鳥の王ジャターユは悠然と空を昇っていく。三人はその背中で笑い声を上げる。そして――


『旦那ぁ~、あっしはどうなるんでやんすか~』


 完全に忘れ去られた魚が宿屋の庭にぶら下がっていた。

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