究極と至高のマンゴー

 マンガーオへの道中、さすがにモーラヌーサを手に持って歩くのは邪魔だったので、適当な手桶を買って放り込んだ。水は張ってない。そこから胸びれで縁を持ち顔を出して平然としゃべるので、モルガはこいつを新種のモンスターと認定した。モンスターしかいないなこのパーティー。


『至高のマンゴーってどんなものなんでやんすかねぇ』


「至高って言うぐらいだからとんでもなく美味いんじゃないか?」


「値段が高いだけだったりして」


 空を飛びつつ談笑しながら北へ向かう。モルガとシュールパナカーだけでも警戒されるのに、喋る魚までいたらさすがに馬車に乗って移動というわけにもいかない。それに急ぎなので空を飛んだ方がいいのだ。


 マンガーオの町は普通の城壁に囲まれた町だった。空から侵入するわけにもいかないので、地上に降りて門から入る。警備兵に冒険者の身分証を見せると「その魚は?」と聞かれた。まああからさまに怪しいからな。


「非常食です」


「よし通れ」


 いいのかよ!


 この魚が町に危害を加える可能性は限りなくゼロに近いけどさ、もうちょっと怪しんだりしようよ。な?


「さーて、果物屋さんはどこかな?」


 無事通過した一行はマンゴーが売られているであろう市場を探して歩き始めた。町の中は、木の枝のようなものを束ねて作られた屋根を持つ木製の家が並んでいる。高床式で、いかにも熱帯の家といった風情だ。


『この辺は大雨が降りやすからねぇー、気温も高いし風通しを良くして凌いでるんでやんすよ』


「なんで海の中にいたお前がそんなこと知ってるんだよ」


『魚の情報網を舐めて貰っちゃ困りやすぜ旦那、スキュラの姉ちゃんと仲良しなのも知ってやすからね?』


「なにそれ、ユーディットの他にも嫁がいるの?」


「嫁じゃねえ!」


 モーラヌーサはやたらと事情通だった。モルガがシュールパナカーにクラーケン退治の顛末を話すと「法螺貝はどこにあるの?」と聞かれた。そういえばどこにやったんだ?


「あれはデカくてかさばるからギルドに預けておいたよ。オヤジには『ヴィシュヌには法螺貝が必要』とかよく分からないことを言われたけど」


 法螺貝はギルドのオヤジが保管しているようだ。誰かが勝手に吹かないように気を付けておいた方がいいぞ。そんな話をしていると、市場の方から騒がしい声が聞こえてきた。


「明日また来てください、究極のマンゴーをお見せしますよ」


「それは至高のマンゴーに敵うのかしら?」


 なんだかよく分からないが、男女が言い争っている。通常なら関わり合いにならないように通り過ぎるところだが、モルガ達には聞き捨てならない単語が聞こえてきたのでそちらへ駆け寄っていった。


 そこにいたのは、見た目は普通のマンゴーを手に持って何やら商人と言い争いをしている少女。発言的にこいつが竜王の娘ではないかと思ったモルガ達だったが、彼女は一体何をしているのかと訝しみつつ様子を見る。少女は人間の年齢的には十代前半ぐらいの幼さが残る外見で、輝く銀髪シルバーブロンドに赤い目、健康的な薄茶色の肌を持っている。服装は庶民的な白いワンピースで、可愛らしいがごく普通の民間人のように見える。これが八大竜王のシェーシャの娘だと言われても、簡単には信じられないだろう。実際モルガ達も確信が持てない。


「モーラヌーサ、あの子から竜王の神気は感じるか?」


『ちょっと分からないでやんすねえ』


 分かっていたが役立たずのモーラヌーサである。コイツの運命は晩飯に決定したようだ。


「ちょっとあんた達、何を言い争っているの?」


 シュールパナカーが言い争う二人に声をかけた。さすが魔王の妹、どんな相手にも平気で声を掛けられる!


「それが、この子が至高のマンゴーを出せって言ってきたので、究極のマンゴーなら持ってこれるとお返事したのですよ」


「私が欲しいのは至高のマンゴーなの! 究極のマンゴーではこの渇きは満たされないわ!」


 どんな渇きだよ。もうこいつが竜王の娘だろ、シェーシャ呼んで連れ帰ってもらえ。


「美味けりゃどっちでもよくねえか? 至高のマンゴーにこだわる理由があるのか?」


 モルガが身もふたもないことを言いながら会話に加わる。


「この前、お魚ネットワークで聞いたのよ。この世にはどんな素晴らしいマンゴーも霞む、至高のマンゴーが存在するって」


 お魚ネットワークとか言ってるぞ、完全に竜王の娘だ。どうでもいいからさっさと捕まえろ!


『あ、それあっしの……』


 話を聞いていたモーラヌーサが何かを言いかけた。


「知ってるの!?」


 聞き逃さない少女、すぐにモーラヌーサに詰め寄った。商人は魚が喋ることに驚いているが少女はまったく気にしていない。それよりも至高のマンゴーを知っていそうな反応をした魚を発見し、ついに探していたものが見つかるという期待で胸を膨らませている。


 言っておくがおっぱいが大きくなったという意味ではない。彼女の胸は外見年齢相応のささやかな膨らみが服の上から感じられる程度だ。


『ちょちょちょ、ちょっと待つでやんす! すこーし旦那と相談させてくだせえ!』


「ん、俺?」


 モーラヌーサは少女を待たせると、モルガに離れた場所に行くよう頼んだ。言われる通りに離れた場所に行き、モーラヌーサに尋ねる。


「なんだよ、お前が至高のマンゴーの在処を知ってたのか」


『違うんでやんすよ、あれは酒に酔ったあっしが小魚相手に出鱈目なことを言ったのが広まったんでやんす!』


 魚が酒を飲むのか。ここにきて衝撃の事実が判明してしまった。


「ええっ!? どうすんだよそれ、これまで至高のマンゴーって言ってたのになんで言わなかったんだ」


『いや~、適当コイてたのに本当にあるんだとちょっと感動してやした』


 なんということだろう、竜王の親子が喧嘩をして、娘が家出をしてまで探していた至高のマンゴーはこの変な魚の流したデマだったのだ!


 もう夕食になるだけでは済まされないな。九回生まれ変わって拷問を受け続けるぐらいのやらかしだ。


『こうなったら何とか誤魔化すでやんすよ。ちょうどさっきの商人がなんか美味そうなマンゴーの話をしていたでやんす。あの子に気付かれないように在処を聞いて、それを至高のマンゴーってことにして渡しやしょう』


 なんと悪知恵の働く魚だろう。こいつはシヴァに滅してもらった方がいいかもしれない。


「正直に話した方がいいんじゃないか?」


『そんなことをして竜王を怒らせたら世界の危機でやんす! 世界が滅びたらどうするんでやんすか!』


 お前のせいだろ。


「しょうがないな、それじゃあちょっと商人に聞いてくるから、娘と話して時間稼ぎしてくれ」


 モルガは少女のところに戻り、手桶を置いて言う。


「至高のマンゴーはこいつが知っているみたいなんで、話を聞いてやってください」


「ほんと!? やっと至高のマンゴーに巡りあえるのね!」


 素直に喜ぶ少女。こんな純真な少女を騙すとは、ろくでもない魚である。


『至高のマンゴーについて話すには、創世期から歴史を紐解く必要があるでやんす!』


 どんな壮大な物語を語るつもりだ。モーラヌーサの作り話が始まると、モルガはこっそり先ほどの商人に近づいていった。

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