至高のマンゴーを求めて
モルガとシュールパナカーはひとまず最寄りの町に向かった。目指すは果物売り場だ。
「マンゴーって食べたことないんだよな、美味いのか?」
「甘くて美味しいよ。町に着いたら食べようね」
マンゴーは遥か昔から栽培されている一般的な果物なので、ゴブリンもマンゴーを食べることはあるが、モルガのいた群れでは食べる機会がなかった。
「この近くにあるのは、サルマットの町だな。馬車が逃げていっちまったから歩いていくしかないか」
ギルドで買った地図を見ながら、モルガが唸る。一番近いと言ってもここからサルマットまではまだかなりの距離があった。
「アタイがモルガを抱えて飛んでいこうか?」
「そんなこともできるのか? じゃあ頼む」
シュールパナカーはその気になればモルガとユーディットも抱えて空を飛べる。馬車で仲間とワイワイ騒ぐのが楽しいから馬車に乗っていただけだ。モルガを抱えると、あっという間にサルマットの町まで飛んでいく。
「おー、すげえな!」
「えへへ、いつでも運んであげるよ!」
はしゃいでいるが、ユーディットが知ったらまた尻を燃やされるぞ。
そんなこんなで到着したサルマット、賑やかな港町といった風情の町で多くの船が停泊している。海にはあんな竜王が住んでいるのに船を出して大丈夫なのだろうか。シェーシャは善神だから危害は加えないだろうが、くしゃみをしただけで吹き飛ばされそうだ。
「市場があるけど、マンゴーはどこに売ってるのかな?」
さすがに港町だけあって市場はどこも魚だらけだ。モルガとシュールパナカーはキョロキョロと市場を見回しながら果物売り場を探していく。威勢のいい声で呼び込みをしている人間達も、二人のことを気にした様子はない。多くの異種族がやってくる町なのだろうことがうかがえた。
「活きのいいモーラヌーサが入ってるよ!」
「モーラヌーサってなんだ?」
モーラヌーサはこの近くの海でとれる体長1メートルぐらいのまるまるとした魚だ。白身には脂がのっていて、火を通した身でも口の中でとろける。味はあっさりとしていながら確かな旨味があるので、酒飲みが酒のつまみによく食べている。
「へえ、美味しそう!」
マンゴーを探しているのに魚屋のおっちゃんの口車にまんまと乗せられる二人、モーラヌーサを買ってしまった。どこで調理するつもりだよ。
「ところで果物売り場はどこにあるんだ?」
「あっちだよ」
活きのいいモーラヌーサを受け取りながら、果物売り場の場所を聞く。言われた方に歩いていくモルガの手には活きのいいモーラヌーサがビチビチと跳ね回っている。
『ヘイ旦那、あっしを食おうっておつもりかい?』
しゃべったああああ!!
「うおっ、なんだこいつ喋るぞ」
「活きがいいね!」
いや、そういう問題じゃない。
『へえ、あっしはここいらの海で小魚を漁って暮らす、チンケなモーラヌーサでございやす。
やたらと
「陸に上がって息は苦しくないのか?」
『息は大丈夫でやんすよ、あっしはこう見えて竜王の神気を浴び続けておりやしたんで。ただ、空中は泳げねえんでどうにも逃げようがねえんでさ』
「ふーん、それでどんな味付けにすると美味しいの?」
こんなにペラペラと喋る魚だろうがお構いなしに食べるつもりである。
「竜王の神気か……俺達は今、竜王の娘を探しているんだが、似たような気配を探れたりしないか?」
モルガはモーラヌーサを顔の高さまで持ち上げて質問する。魚にそんな芸当ができるのか分からないが、役に立たなかったら焼いて食うつもりだ。
『えっ、あの娘さんが陸にいるんでやんすか?』
「あら、知ってるの?」
どうやらモーラヌーサは竜王の娘を知っているらしい。なんと都合のいい展開だろうか。
『それだったら間違いなくマンゴーを食べて回っているはずでさ。至高のマンゴーを求めてるってよく竜王と喧嘩してやしたから』
どんな喧嘩だ。親が親なら子も子である。
「至高のマンゴー……美味そうだな」
お前らそればっかりだな。
「それで、モーラヌーサは竜王の娘が分かるの?」
『えっ……ももも、もちろんでさ! あっしなら竜王の娘さんがいたらすぐに気付けまさぁ!』
嘘つけ、絶対こいつ分からないぞ。食われたくないから適当なこと言ってるのがバレバレだ。
「そうか、なら一週間以内に竜王の娘を見つけられたら海に帰してやるよ」
モルガはさすがにモーラヌーサの言葉を丸ごと信じてはいないようだ。ちゃんと役に立ったら食わないでやると約束した。まあ、元々魚を食う予定はなかったしな。
「じゃあ、早く果物売り場にいこう!」
「おー!」
『おー! でやんす』
シュールパナカーの言葉にモルガが左腕を挙げると、モーラヌーサも胸びれを挙げて同調するのだった。
さて、果物売り場に着くと色とりどりの果物が所狭しと並べられている。やはり多いのはマンゴーだが、バナナやよく分からない緑色のゴツゴツした果物も並んでいる。モルガ達はマンゴーを見つつ、それを物色する竜王の娘はいないかと探して回る。とはいえ竜王の娘が家出したのは数日前だ。まだこの辺にいるとは考えにくい。
「さすがにタルマッドはいないよな。モーラヌーサ、気配は感じるか?」
『いやー、さっぱりでやんすね。別の町を回ってるに違いねえ』
一週間以内に見つからないと食われるのに余裕だな。モーラヌーサは妙に自信たっぷりな態度でここにはいないと言う。
『実はあっしにいい考えがあるんでやんすよ』
「おっ、何だ?」
『そこの商人に至高のマンゴーを知らないかと尋ねるんでさ』
ごく普通の聞き込みだった。なぜそんなに自信があるのか?
「確かに、タルマッドが至高のマンゴーを探しているなら俺達もそっちを探した方が見つけやすいか」
『それだけじゃねえんでやんすよ、同じことを聞いた娘がいないかも聞くんでさ』
なるほど。魚にしてはよく頭が回る奴だ。伊達に竜王の神気とやらを浴びてないな。
「すいませーん、至高のマンゴーって売ってる?」
即座にシュールパナカーが売り手に話しかけた。即実行に移せるのは自己肯定感の高いシュールパナカーのいいところだ。
「えっ、至高のマンゴー? 聞いたことないねえ」
さすがに誰もが知っているような代物ではないらしい。モルガ達は市場を回り、至高のマンゴーとタルマッドの情報を聞いていった。
「至高のマンゴーって流行ってるのかい? 何日か前にも聞いてきた子がいたけど」
「それだ! その子はどこに行ったか分かりますか?」
「いやー、分からないねえ。でも質のいいマンゴーを探してるなら北のマンガーオに向かってるんじゃないかな」
マンガーオ。いかにもマンゴーっぽい。
「ありがとう! あとそこのマンゴー三つちょうだい」
「毎度あり!」
シュールパナカーは情報を教えてくれた商人からマンゴーを買う気づかいまでできる。しかし三つということは魚に食べさせる気だろうか。マンゴー食うのか?
『おお、甘くてジューシィでやんすねえ』
もう食ってた!
なんでもありだな竜王の神気。何はともあれ、二人はモーラヌーサを連れてきたのマンガーオを目指すのだった。
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