竜王の依頼

 モルガとシュールパナカーが二人でギルドに行くと、ザインがファンの女の子達に囲まれていた。


「ザインさまあ~今日も素敵ですぅ~」


「魔神退治お疲れさまでしたぁ~」


 ザインは黄色い声を上げる女の子達に笑顔を返すと、ダイちゃんと共にギルドショップに向かう。手に入れた素材を売り、必要な道具を買うのだ。ユーディットはモルガの錬金材料ばかり収集していたが、地道にモンスター素材を集めて売るのも冒険者の大事な収入源である。


 何より、素材が売れるということはそれを求める人がいるということだ。この世界では羅刹や魔神のような恐ろしい存在ほどでなくとも、強力な獣のモンスターが数多く存在する。獣というとダイちゃんのような動物を想像しがちだが、この世界では人型をした神や鬼以外の、異形の存在は全てひとくくりに〝獣〟と呼ばれる。魚も獣だし人食い植物も獣だ。それらの身体の一部を何かと利用することで、人間も化け物だらけのこの世界をたくましく生き抜いているのだ。そんな人々の役に立つので、冒険者がモンスターの素材を集めて店に売る行為はダルマを積むことになるのである。


「なにあれ」


 シュールパナカーはザインの取り巻き女達を見て不思議そうに言う。こいつもイケメンを見つけると同じようなことをしていたはずだが。


「ザインのことが好きなんだろ。ザインはダイちゃんのことしか考えてないけどな」


「ふーん、大変だね」


 どちらについて大変だと言っているのかはよく分からないが、シュールパナカーはいちいち人が集まる状況を大変だなぁと感じていた。


「オヤジ、俺達二人で受けられる依頼はあるか?」


「ようこそいらっしゃいました、ちょうどお二人にあった依頼がきておりますよ」


 相変わらずオヤジが気持ち悪い。なぜこんなことになっているのか気になるモルガだが、厄介事に巻き込まれかねないと思ったので彼の態度には触れないことにした。


「どんなの?」


「西の海に住む竜王ナーガ・ラージャからの依頼で、家出した娘を探してほしいとのことです」


 どこかで聞いたような話だな。これはユーディットには依頼できない。


「竜王もギルドに依頼するのかよ」


「冒険者ギルドは三界をまたにかける大組織だからな! 神様からだって依頼を受けるぜ」


 モルガの方を向くと、オヤジはいつもの調子で返事をした。シュールパナカーがいても他の相手と個人的に話す時は普通に喋るようだ。おかげでモルガにもシュールパナカーが原因だと分かった。だが、同時に背筋を謎の悪寒が走る。この理由を確かめてはいけないような気がした。


……早いうちに知っておいた方がいいのにな。


「西の海にはどうやって行くの?」


「また馬車に乗っていけばいいんじゃないか?」


 二人は依頼を引き受け、遥か西の海に向けて出発した。




 馬車は先日とは別の交易路を進んでいく。ゴブリンと羅刹女のコンビが乗り込んだ馬車は、異常な緊迫感に包まれていた。他の乗客が「なんでモンスター使いがいないんだ」という目で二人を見ると、シュールパナカーが視線を感じて振り向く。その醜悪な顔を直視できない乗客は目をそらし、同時に相手の機嫌を損ねていないかと怯えるのだ。一般的な旅行者にとって羅刹はとても恐ろしい存在なので仕方がない。シュールパナカーのように人間に危害を加えない者は少数派だ。


「見てみて、砂浜が白いよ!」


「ホントだ、オルネイドリゾートの砂浜はもうちょっと黄色っぽい感じだったのに」


 そんな周りの空気を気にしていない、というより感じていない二人は外の景色を眺めてはしゃいでいた。迷惑な連中である。その二人が見ている海から、巨大な竜が突然顔を出した。どのくらい巨大かというと、口の上に見える鼻の穴にモルガ達が乗っている馬車が丸ごと入るぐらいだ。


『依頼を受けたのはそなた達か』


 巨大な竜は明らかにモルガ達に話しかけてきている。馬が恐怖で速度を上げ、御者が必死でなだめる。馬車に乗っている人達は震え上がった。モルガとシュールパナカーは頷き合い、馬車から飛び降りた。


「娘さんが行方不明なんだって?」


 モルガが大声で竜に呼びかけると、竜王は目を細めて口を開いた。


『そうなんだよー、最近のあいつは反抗期ってやつ? パパなんか知らないって言って人間の姿になって出ていっちゃってさー』


 突然ベラベラと喋り出す竜王。口調に威厳の欠片もない。なんだこいつ。


「そ、そうなんだ。まあ年頃の娘は旅に出たがるものだからね」


 そういうものだろうか。まあユーディットにシュールパナカー、そして竜王の娘と三つも実例がある以上、納得せざるを得ないところだ。


『あ、ワシの名前はシェーシャね。こう見えて八大竜王の一番に数えられてるぐらい偉い竜神なのよ』


 こう見えてって、見た目はとてつもなく強そうだぞ、見た目はな。


「そりゃ凄い、俺はモルガ。娘さんの名前は?」


 威厳の欠片も感じられない口調の竜王に、モルガも平然とタメ口である。やはり偉い奴は相応の口調で話さなくてはいけないということがよく分かるな。


『あいつはねー、タルマッドって言うんだけど、人間の姿をしてる時には偽名を名乗ってるんじゃないかなあ』


 それはそうだろうな。しかし竜王なら娘の居場所ぐらい自分で見つけろよ。


「どこに行ったか心当たりはないの? さすがにやみくもに探すのは無理があるよ」


『そうだなぁ、あいつはマンゴーが大好きだから食べ歩きをしてるかも知んない』


 それは心当たりとは言わない。まあそれ以前に人間の姿をしている時の容姿を詳しく聞いた方がいいんじゃないかな。竜王ほどの神なら姿を映像で見せてくれるかもしれないぞ。


「マンゴーだね! モルガ、近くの町に行って果物売り場を見て回ろう!」


「おう!」


 いや、だから娘の姿を……。


『頼んだぞー、ワシの名前を呼べばどこにでも駆けつけるからな』


 いや迷惑だから! その図体で飛んできたら世界の終わりみたいなパニックになるから!


 こうして達成できる気がしない捜索任務が始まったのだった。

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