強くなるために
お菓子を食べ終わると、ヴェルフェン伯爵は商談があるからと部屋を出ていった。「思うままに生きろ」と言い残して。久しぶりに帰ってきた娘に対して淡白すぎるようにも思えるが、それだけ忙しい立場にもかかわらずユーディットを出迎えるためにわざわざ執務室で待っていたのだ。彼女の情報も全て収集したうえで、これまでも、そしてこれからも好きにさせている。貴族の父親としては珍しい態度だ。
「ところでアンリは?」
ユーディットが母親に尋ねる。アンリとはユーディットの弟である。母親は肩をすくめると、笑いながら話す。
「アンリはお姉ちゃんには会いたくないって。お父さんから後継ぎとして厳しく育てられているから、あなたの自由さと国内の評判が気に食わないのでしょう」
弟の立場としてはユーディットの活躍が羨ましくもあり、妬ましくもあるようだ。自分は貴族としても商人としてもしっかりしないといけないと、相当な努力を要求されている。自由に野山を駆け回ることもないだろう。
「そっかー」
「なんだ、弟がいるのか。こんな姉を持つとさぞかし大変だろうな」
「何よー、可愛がってたんだからね!」
姉に可愛がられる弟というのは、よくある話なのだが。ユーディットが「可愛がる」というと先ほどのガネーシャみたいな気分になるからやめてさしあげろ。
なお、アンリの名誉のために補足するが彼は美少年である。同年代の女の子からはモテモテだ。伯爵家の嫡男ともなれば相手を選べるような立場でもないので、そちらも彼の精神に負担がかかっている。可哀想に。
「そういえばユーディットのお母さんのお名前は? あ、アタイはシュールパナカー!」
ここにきて自己紹介を始めるシュールパナカーである。家族の名前が出てきたので思い出したのだ。
「あ、俺はゴブリンのモルガです」
「私はハイルヴィヒといいます。娘がお世話になっております。これからもどうぞ仲良くしてやってください」
こんな連中にも笑顔で仲良くしてやってと言える母親、強い。ユーディットはなんとなく居心地悪そうにしている。
「それじゃ、早く帰って修行しよ! もっと強くならないと」
話を切り上げて立ち上がるユーディット。これ以上長居してもしょうがないなと、モルガ達も彼女に習って立ち上がった。
「またいつでも遊びに来てね。待ってるから!」
ハイルヴィヒはそう言ってユーディット達を見送るのだった。
「ユーディットさん! またご一緒できるとは!」
帰りの馬車には、またジョロイモ商人が同乗していた。まるで偶然のように言っているが、ユーディット達が乗る馬車は護衛を雇わないため格安になるので分かって乗っている。今回は他にも複数同乗者がおり、馬車は満席だ。
「ジョロイモは売れた?」
「ええ、おかげさまで!」
どの辺がおかげさまなのかは分からないが、ジョロイモはヴェルフェンの住民に好評ですぐ売り切れたようだ。
「【モーダカプリヤ】発動……あなたの名前はジェイムズね!」
「すごい、スキルで分かるんですか!?」
ユーディットは新しく覚えたスキルで遊んでいる。帰りの馬車はモンスターに襲われることもなく、平穏無事にアルスターの町まで到着するのであった。
「ところでどれぐらい牛に乗ったら強くなるの? ダルマ師匠ー!」
道端でダルマ師匠を呼ぶ。どこにでも現れるからこっちから呼びかければどこでも出てくるだろうと考えているのだ。世の中そんなに甘いもんじゃないぞ。
「うむ、一週間もやれば相当に足腰が強くなっておるじゃろう。新たなスキルを覚えたいのであれば、暴れナンディに乗るより冒険者として悪さをする悪魔(※羅刹や魔神など、上級モンスターの中で悪さをする連中のこと)を倒した方が早い。そのための強さを得る修行と割り切るのじゃ」
出たーー!!
ダルマ師匠、チョロかった。
「一週間か、その間俺とシュールパナカーはどうしようか。モンスターだけでも依頼を受けられるかな」
「あのオヤジがシューちゃんに依頼書出そうとしてたから大丈夫なんじゃない? 浮気はダメだからね!」
「シューちゃんってアタイのこと? 可愛い呼び名だね! シューちゃん……えへへへぇ」
ユーディットはシュールパナカーのことをシューちゃんと呼ぶことにしたらしい。シュールパナカーはあだ名で呼ばれるのが新鮮なので喜んでいる。
「そうか、じゃあまず町長が用意してくれた家を見てからギルドに行ってみよう」
町長が約束してからまだ一日も経っていないのだが、帰ってくるまでには用意されているはずだという謎の信頼感があった。実際、既に家は用意されていた。さすがの町長である。
「どうやって建てたのかな?」
「さすがに元からあった家を整備しただけだろ」
「ちんまりしてて可愛い!」
苦行のための道場もある家なので決して小さくはないのだが、シュールパナカーは魔王の宮殿に住んでいたから小さく感じるようだ。このブルジョワめ!
「にゃああああ!」
ユーディットはいきなり暴れナンディに乗り始めた。楽しんでもいるが、とにかく早く苦行を終えてモルガ達と一緒に旅に出たいという気持ちが先行しているのである。それを察したモルガも、何も言わずに荷物を置いてギルドに行くことだけ告げシュールパナカーと共に家を出るのだった。
「さーて、どんな依頼があるかな?」
「モルガと二人で冒険なんて、ドキドキしちゃう!」
こうしてヒロイン不在の冒険が始まる。見た目はともかく中身はしっかりしている二人なので、きっと真面目な冒険が始まるに違いない。
おい誰だフラグとか言ったやつは!
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