ヴェルフェンの町

 ゴブリンの群れを退けると、馬車は間もなくヴェルフェンの町に到着した。


 ヴェルフェンの町は、アルスターの町と違って高い城壁で囲まれていない。その代わりに町の周囲を木の杭が組み合わさり、外側に尖った杭が出ている拒馬きょばの形をした柵、馬防柵ばぼうさくで囲っている。


 この柵の利点は、なんと言ってもその見た目の威圧感と侵入の困難さだ。城壁のように防御力の高い壁は、破壊を目的とした巨大な敵の攻撃に強い。だがその反面、破壊せずに壁を登って侵入することが容易なのだ。だがこの馬防柵は尖っているので登ることが困難で、その上隙間から向こう側が見えるので気付かれずに近づくのも難しい。中から弓で攻撃することもできる。逆に外から飛び道具で攻撃されるとあまり防御効果は期待できない。


「ずいぶん攻撃的な町だな」


「攻撃は最大の防御だからね!」


「そういえば前にもそんなこと言ってたな」


 どうやらユーディットの言葉はこの町のモットーだったらしい。


「炎の魔法で燃やされたりしないの?」


 シュールパナカーが素朴な疑問を口にするが、待ってましたとばかりにユーディットが説明をする。


「なんとこの柵、変なクスリを塗っているから燃えないのだ!」


 変なクスリってなんだよ。魔力のこもった特別な塗料があるのだが、ユーディットには理解できなかった模様。


「すごーい!」


 素直に感心するシュールパナカーである。ランカー島にそんなものはないので新鮮だった。


 そのまま馬車が柵の内側に進み、モルガ達は馬車から降りた。町の中は木製の一軒家が立ち並び、石畳で舗装された道が伸びている。牧歌的な雰囲気だが、何故か多くの家の庭に象がいる。


「なにこれ! 象が沢山いるぞう」


 シュールパナカーの発言についてはノーコメントとさせていただく。これらの象は乗り物である。飼うにはかなりの餌代がかかるので、この町の住民はかなりの金持ちばかりだと分かる。


「ユーディットの親は商人なんだっけ。ここは商人の町なのか?」


「そんな感じ」


 モルガの質問に素っ気ない返事を返すユーディットだが、彼女の姿を見つけた町の住民が声をかけてきた。


「あらユーディットお嬢様、旅行にでも行ってらしたのですか?」


「お嬢様!?」


 既に明かされている通り、この野蛮人は町を治めるヴェルフェン伯爵の娘、つまり伯爵令嬢なのだが、それは置いといて商人の娘がお嬢様と呼ばれても別段おかしいことはない。だが普段の彼女をよく知るモルガにとって、彼女がお嬢様と呼ばれる様子はとても奇妙な光景に見えた。わりと失礼だが仕方ない。


「あら、ゴブリンに羅刹とはずいぶんと変わったお友達をお連れですね。さすがお嬢様です」


 とても恭しくお辞儀をする中年女性に、シュールパナカーは懐かしいものを感じた。この女性を彼女が知っているわけではない。自分がこういう態度で挨拶されることに慣れているのだ。その経験からシュールパナカーはユーディットの身分を即座に見抜く。


「アタイわかっちゃった! ユーディットの親って、この町を治めてる人でしょ」


 その言葉にユーディットの方がピクリと動く。実はこの期に及んで彼女は自分の身分を明かしたくないと思っていたのだ。いや、親に会いに行くんだから無理だろ。


「そうなのか? 確かここも伯爵が治めてたはずだけど、商人で伯爵なのか」


 別に伯爵が商売をしていてもおかしいことはない。むしろ商人が貴族になることは少なくないのだ。何故なら金持ちだから。貴族は金を持っていないとやってられない見栄の世界を生きている。国を支える財力も必要だし、多くの人を雇う賃金もなくてはならない。貴族同士で交流する時はいかに無駄に金を使えるか競争するぐらいだ。


「むむぅ、バレちまっちゃあ仕方がない。何を隠そう、この私ユーディット・フォン・ハウス・アルト・ヴェルフェンはこの町の町長の娘だったのだー!」


 開き直ったのか、モルガ達に向かって胸を張るユーディット。家出してきたから家のことは話したくなかったのだが、秘密にしていたことが後ろめたかったので、おどけて恥ずかしさを誤魔化そうとしていた。


「へー」


「名前長いね」


「反応うっすい!」


 モルガとシュールパナカーはユーディットが何者だろうと気にしない。種族からして違うのに細かいことを気にしても仕方ないのだ。モルガは貴族の娘がなぜこんなことになったのかちょっと気になっていたが、アルスター伯爵とその妻のことを思えば貴族も大概変な連中だったと自分の中で納得してしまった。


「じゃあ町長の家に行くんだな。今更だけど、冒険者になることを許してもらえるのか? 家出しないといけないぐらいだったんだろ?」


 そちらの方が心配だと、モルガはユーディットに伝える。彼女は冒険者になるために家出したのだ。普通に考えれば親が許してくれないから出てきたのだろう。


「大丈夫だよ、うちの親は細かいこと気にしないから」


 細かいことは気にしないらしい。いかにもユーディットの親らしいが、ならばなぜ家出した。


「じゃあなんで家出したんだ?」


「なんかその方が冒険者っぽくない?」


 お前は何を言っているんだ。どうやらユーディットは冒険者っぽい行動として親の剣を盗んで家出したらしい。全国の冒険者の皆さんは怒っていいぞ。


「あ、象の神様だ! あの家でしょ!」


 シュールパナカーが道の先を指差した。そこには巨大な象神ガネーシャの像がある。象の頭に四本の腕を持つ神の身体で、それぞれの手には縄と像使いの杖、団子を持ち、何も持たない右手は手のひらを前に向ける『心配いらないよアバヤムドラー』のポーズを取っている。彼は商売の神だ。商人であるヴェルフェン伯爵が崇拝するのも不思議ではない。


「可愛いでしょ」


「珍しくいくらか同意できそうな感覚だな」


 ガネーシャが可愛いと思う人間はきっとそれなりにいるだろう。なんといっても象の顔をしているからな。しかしユーディットの〝可愛い〟基準はどこにあるのだろうか。彼女がこれまでに可愛いと言った存在のことを知ればガネーシャは落ち込むかもしれない。


 三人はガネーシャ像を目指して歩き始めた。

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