マックスとの再会

 交易路を進む乗合馬車は、冒険者を護衛として乗せるのが通例となっている。襲撃してくるモンスターがいるからだ。今回は客が名の知れた冒険者なのでそんなものはいない。むしろあのユーディット一行が乗る馬車ならと急遽ヴェルフェン行きを決めた商人までいたほどだ。


「いやー、ほんの数週間で王国中に名を轟かせたあのユーディットさんとご一緒できるとは。これも神のお慈悲でしょうか」


 大袈裟にも思える感激の言葉を述べる商人は、いつか見た武器屋の主人のようにぽっちゃりしている。商人はみんなぽっちゃり体型なのだろうか。それはともかく。ユーディットとお供のモルガは既にオルネイド王国中で噂になっている。海の怪物クラーケンに魔神ルンバといった強大なモンスターを討伐したのだ、有名にならない方がおかしい。だが当の本人達はまったくその自覚がなかった。


「おじさん、その荷物は何が入ってるのー?」


 ユーディットは商人が背中に担いできた大きな荷物が気になっている。シュールパナカーは幌に付いた窓から外の景色を眺めて歓声を上げ、隣にいるモルガの頭をバシバシ叩いたりしていた。モルガはクールマのスキルで硬くなっている。


「これですか? ジョロイモというアルスター名産の野菜です。第三区画が丸ごと農場になっていて、そこで作られているんですよ」


「なにそれ! 美味しいの?」


「甘みが強くて、ただ焼くだけで美味しく食べられますよ。ヴェルフェンの町に売り込もうと思いまして」


 ジョロイモは根の部分を食べる根菜なのだが、でんぷん質が多く甘みがあるので主食代わりに食べられたりおやつとしても人気がある。皆さんに分かりやすく言えば、サツマイモのような味とジャガイモのような見た目をした芋だ。


「そんな名産品があったんだな、知らなかったぜ」


 お前らは肉ばっかり食ってたからな。実はゴールデンバッファローのステーキに付け合わせとして添えられていたのだが、そんなことは知る由もない。


「でもこの交易路には馬車を襲うゴブリンの群れがいるので、なかなか行商には出られなくて。ユーディットさんのような凄腕の冒険者に依頼するようなお金もありませんし」


「大変だねー」


 全然大変そうに感じている様子のない返事をするユーディット、意識はすっかりジョロイモに向いている。味が気になるようだ。


「試食用に焼いたものがあるので、おひとついかがですか?」


 ユーディットの物欲しそうな目に気付いた商人が、ジョロイモを荷物から出して渡した。モルガとシュールパナカーにも一つずつ配る気前の良さだ。冒険者に依頼する代金と比べれば出費とも言えない程度だが、芋を貰った三人は大喜びで食べるのだった。


「ほんとだ、甘ーい!」


「冷めてるのにホクホクしてるな」


「美味しい! アタイ帰る時のお土産にする!」


 評判がいいので商人はニコニコしている。平和な時間が過ぎていくのだが……。


「ヒャッハー! そこの馬車とまれえええ!!」


 外から絶好調な声が聞こえてきた。モルガはこの声に聞き覚えがある。


「マックス!?」


 もう覚えていない人もいるだろう、マックスとはモルガを追放したゴブリンの群れのリーダーだ。人間を襲わないモルガは、モンスターとしてのゴブリンの務めを果たしていなかった、つまり不徳アダルマ! 追放されても仕方ないね。


 だが、今のモルガは冒険者である。馬車を襲うゴブリンは倒さねばなるまい。


「なに? モルガちゃんの知り合い?」


 ジョロイモをモグモグしながら聞くユーディット。モルガは決意に満ちた顔で答えた。


「ああ、俺を群れから追い出したゴブリンのリーダーさ。あいつを見返すために俺は魔王になるって決めたんだ」


「魔王?」


 モルガの言葉にシュールパナカーは首を傾げる。自分の兄が魔王と呼ばれていることは知っているが、どうやったら魔王になるのかはよく分からなかった。


「モルガちゃんを捨てた連中ね! 燃やそうか?」


 こいつにとってモルガ以外のゴブリンは可愛くないからな。どういう判断基準だ。


「モルガが見返すって言ってるんだからユーディットが燃やしたらダメなんじゃない?」


 おっと、ここでシュールパナカーからこの上もなくもっともなツッコミが入ったー!


「いや、俺がけじめをつけてくるよ」


 モルガは先の戦いで自分が強くなっていることを理解した。はっきり言って今のモルガには普通のゴブリンなんぞは束になっても敵わないだろう。ユーディットに〝待て〟をして馬車から外に出ていく。


「え、あのゴブリンだけで大丈夫なんですか?」


 商人が怯えた顔でユーディットとシュールパナカーを交互に見るが、二人は笑顔を返した。


「へーきへーき、モルガちゃんがそこらのゴブリンなんかに負けるわけないから」


「あのヒトはああ見えてすっごく強いんだよ!」


 釈然としない商人だが、有名な冒険者と羅刹女がそう言うのだから大丈夫なのだろうと、窓から見物をすることにした。




「マックス!」


 モルガが荷台から飛び出し、御者をかばうように立ってゴブリンの群れに呼びかけた。


「んん? お前はモルガ! 生きていたのか」


 ゴブリンは群れで生活する種族だ。一人で群れから離れれば、人間や他のモンスターに殺されるだろうと思っていた。マックスはモルガを自分の手を汚さずに殺そうとしたのだ。


「ああ、俺は人間と共に冒険者として戦ってきた。お前等じゃ今の俺には勝てないぞ、大人しく集落に帰れ」


 モルガはククリナイフを取り出し、マックスとかつての仲間達を威嚇する。だが、過去のモルガを知るゴブリン達は彼を馬鹿にして鼻で笑った。


「ハッ、人間に拾われて勘違いしちまったか。お前なんかが一人で戦えるわけないだろ」


 そして一斉に襲い掛かってきたのだ。モルガはため息をつき、ククリナイフを手に馬車から飛んだ。


 今のモルガは速い。あのグルジットの斬撃を捉えることができるほどだ。ゴブリン達が馬車に到達するよりも早く、モルガは全員の武器をククリナイフで弾き飛ばし、マックスの目の前に刃を突き付けて見せた。


「凄い! なんて速さだ」


 観戦していた商人が称賛の声を上げる。ユーディットとシュールパナカーは得意気な表情をした。いや、お前等何もしてないだろ。


「な……な……」


 マックスは目の前で起こった出来事に思考が停止し、言葉も上手く発せない状態になってしまった。


「もう一度言う。大人しく集落に帰れ。これが最後の警告だ」


「ひ、ひぃ~~~~!」


 マックス達は情けない悲鳴を上げながら逃げていくのだった。モルガはかつての仲間達を殺さずに済んでホッと息をついた。


「良かったけど、あのままじゃいつか他の冒険者に退治されてしまう……だから人間を襲うのはやめようって言ったのに」


 逃げていくゴブリン達の背中を見ながら、モルガは自分と彼等の運命に思いを馳せていた。一緒に笑いあった仲間だったのに、アンシラと結婚して、のんびりとした生活を送るつもりだったのに。


 もう二度と、共に暮らすことはないのだろうと感じていたのだった。

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