実家に帰る準備

「よくやってくれた、魔神ルンバは強かったかい?」


 アルスターの町に帰ると、まずユーディットの修行場を要求するために町長の家へとやってきた。


「なんか強い部下がいた!」


 モルガ達は魔神退治の顛末を話し、暴れナンディの回収と設置場所の提供を要求した。町長は嫌な顔一つせずに、ユーディット達が住むための家を作る手配を始める。なんでも言ってみるものである。


「それじゃあ、準備をしたらユーディットくんの実家に行くんだね。どこにあるんだい?」


「ヴェルフェンの町!」


 ここで初めてユーディットの生まれ故郷が判明した。ヴェルフェンの町は、アルスターの町と同じくヴェルフェン伯爵が治める町だ。ユーディットとモルガが出会った森を挟んで反対側にある。むしろ二人が出会った場所のすぐ近くだ。


 考えてみれば当たり前のことで、ユーディットは冒険者になるために家出をして、モルガと出会ってからろくな持ち合わせもないまま交易路を長々と歩いてアルスターの町にやってきた。しかもあの場所には、市民シビリアンの少女が一人で薬を探しにやってきていた。すぐ近くに人間の町があるのは確実である。そもそも人間を襲うゴブリンの群れが暮らすのは人里に近い場所である。遠征してまで獲物を探すようなタフな種族ではないのだ。


「それなら、馬車の定期便があるからそれに乗っていくといい。モンスターが現れる森の交易路を通るが、君達なら問題ないだろう」


「アタイ馬車に乗るの初めて!」


「普段はどうやって旅してるんだ?」


「空を飛んで」


「空飛べるんだ! いいなー!」


 シュールパナカーは空を飛んで海を渡ってきたのだ。だが今回は馬車に乗るつもりらしい。仲間と一緒に行動するという経験がないので、とにかく一緒にいたいのだ。彼女と行動を共にしようと思う者はこれまで現れなかった。初めてできた仲間に、シュールパナカーも気分が盛り上がっていた。


「先に冒険者登録していこうぜ」


 このままだと勢いに任せてヴェルフェンの町に出発しそうだったので、モルガが冒険者ギルドへ向かうことを提案した。また賑やかに談笑しながらギルドへと向かった三人を迎えたギルドマスターのオヤジは、シュールパナカーの姿を見て驚いた顔をする。


「えっ、冒険者になられるんですか?」


「なんだよ、気持ち悪いな」


 いつもと違って丁寧な口調になるオヤジに、訝しむ視線を送るモルガ。これは怪しい、この上もなく怪しい。実を言うとこのオヤジはシュールパナカーの身分を知っているのだった。はっきり言って関わり合いになりたくない。だがこうして来てしまった以上は相手の機嫌を損ねないようにするしかない。怒らせて魔王に攻め込まれたらこんな町など一瞬で消滅してしまうだろう。


「では、こちらにサインをお願いいたします」


 まるで高級ホテルのフロント係のような丁寧さで契約書を出す。それにシュールパナカーが名前を書いていく。なんと彼女の書く字はその外見に似合わず流麗だった。ユーディットとは正反対である。


「これでアタイも冒険者なのね!」


「ええ、さっそく依頼をお受けになられますか?」


「ううん、私達はこれからヴェルフェンの町に行くんだ!」


 どこまでも気持ち悪いオヤジの態度を気にした様子もなく、ユーディットがこれからの予定を話す。オヤジはホッとした様子で、取り出そうとしていた美味しそうな依頼の文書を机にしまった。


「よーし、さっさと片付けて牛さんに乗るよ!」


「おー!」


 そうして、三人は慌ただしくギルドを出ていくのだった。その背中を見送るオヤジことジョセフィーヌは、冒険者名簿を眺めて「ヴェルフェン……ね」と呟いた。


 その視線の先にあった名前は――


『ユーディット・フォン・ハウス・アルト・ヴェルフェン』

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