ユーディットの決意

 力を失ったルンバは、魔神の姿に戻り地面に横たわる。少し間を置いて、その姿はゴブリンのものになり、グルジットと同じく光に包まれて消えていった。


 死因:シュールパナカー。


 実際のところ、彼女はそこまで規格外の見た目をしているわけではない。醜いのは確かだが。だいたい、いくら醜悪だったり名状しがたき冒涜的な姿であったとしても、姿を写しただけで鏡が割れるわけがないだろう。


 要するに『そういう宿命を持つ者』なのだ。一種の呪いだと思ってもらえばいい。鏡などが彼女の姿を写すことは、その存在としての生命を破壊することになる。どういうつもりで神はそんな属性を付与したのだろうか。まったくもって謎である。


「なんか勝手に死んじゃったけど」


 そして本人は何が起こったのか分からず困惑している。というかこの場にいる全員が状況を飲み込めず呆然としていた。当たり前だ。


「ふぉっふぉっふぉ、あやつはシュールパナカーの持つ強大な魔力を模写しきれずに自己崩壊したのじゃよ」


 おっとここでそれっぽいことを言いながらダルマ師匠が現れた! もちろん嘘である! 嘘も方便、世界を円滑に動かすためには仕方なかった。


「そんな凄い子だったんだ!」


 まんまと騙されるユーディットである。シュールパナカーもまんざらでもなさそうだ。モルガは胡散臭そうに見ている。なんでも疑ってはいけないぞ、世界平和のために。ちなみにザインはダイちゃんを撫でている。


 それはそれとして、ユーディットの態度がおかしい。シュールパナカーのことを称賛したはいいが、すぐに俯いてしまう。その様子を見たダルマ師匠、彼女に優しく話しかけた。


「ユーディット、お主は自分が無力だと感じておるな。森で襲ってきた羅刹には恐怖で足がすくみ、魔神との戦いでは敵の術を打ち破ろうとしてもひびを入れるのが精一杯、術を打ち破ったのも敵を倒したのもシュールパナカーじゃった。このままではモルガに愛想をつかされ、シュールパナカーと共に自分の元から去っていくかもしれないと怯えているのじゃろう?」


「はい」


 なんと、たった一言だがユーディットが真摯な態度で返事をした。よほど自分がまともに戦えなかったことを気に病んでいるのだろう。この娘はつい最近家出をしてきたばかりの新米冒険者だ。並外れた戦闘力を持っているから気づきにくいが、圧倒的に経験が足りない。ついに自分の力でゴリ押しできない強敵に出会い、自分は未熟だと認識したのだ。


「じゃが心配することはない。ダルマに従い、力をつければよい。ちょうどお主にあった修行法も見つかったようじゃしな」


 そう言って、ダルマ師匠が指をパチンと鳴らすと、彼等の前にモウヤン村で見たあのナンディ像が現れた。激しく暴れ狂っている。


「苦行で強くなれ、ユーディット。あの魔神も元はただのゴブリンじゃった。苦行を積んだ末にあれほどの力を手に入れたのじゃ」


 ユーディットはあれを気に入っていた。ダルマ師匠の勧めは実に理にかなっている。この牛を持ち帰って毎日暴れ狂えば神も力を与えてくれるだろう。


「でも、冒険してお金を稼がないと」


「モルガを育てるためにか?」


 ダルマ師匠の素早く的確な指摘に、ユーディットはハッと顔を上げた。彼女は稼いだ金のほとんどをモルガ強化のために使っている。自分の装備を整えることも、将来のために貯金をすることもせず。全ては、モルガを魔王にするため。では、自分自身は?


 冒険者になったばかりの時は、その強さで楽々と依頼をこなした。ビビりのゴブリンを相棒にして、自分が守っているというある種の優越感のようなものに浸っていた。だが強敵と戦い始めてからは、いいところがあまりない。クラーケンを倒したのは謎の巨大魚で、自分は陸でただバタバタしているだけだった。グルジットやルンバ相手にはダルマ師匠が言った通り。その上、モルガに命を救われた。


 いつの間にか、自分の方が置いていかれていたのだ。


「そろそろ自分を強くしてもいい頃じゃ。モルガは既に十分強い」


 ダルマ師匠の言葉に押し黙るユーディット。苦行を拒否していたのは、自分が苦行をしたくないからではない。苦行をしている間、モルガの面倒を見る者がいなくなってしまうからだ。群れを追放されて、一人ぼっちになったモルガは泣いていた。自分がいないと、また一人ぼっちになってしまう。そう思っていた。


 だが、今やモルガは自分よりも強くなり、仲の良い友人もできつつある。スキュラやシュールパナカーのように好意を示す女性まで現れた。いつの間にか、自分の方がモルガに依存している状態になっていたのだ。


「難しく考える必要はないんじゃねーの? あの牛気に入ってただろ、お土産に持って帰って遊べよ。町長に言えば置く場所ぐらい用意してくれるさ」


 モルガがユーディットに声をかけた。二人の関係について語ることはない。悩まなくても何も変わっていないと伝えるためにも、いつも通りの態度で接することにしたのだ。実を言うとモルガはユーディットに伝えたい気持ちがあった。それはユーディットが懸念しているようなものとは逆で、感謝と愛情の入り混じった、親愛の気持ちだ。だがそれは今この場で言葉を尽くしても伝わらないと感じていた。


「……うん、そうだね。私、あの牛さんで遊ぶ!」


「それでいいのじゃ」


 ユーディットが笑顔で元気いっぱいに手を挙げると、ダルマ師匠は満足したように頷いた。ユーディットは自分が強くなるために苦行をすると決めたのだ。


「うーん、やっぱりいい男よねぇ」


 そんなやり取りを見ていたシュールパナカーが、改めてモルガに興味を持つのだった。なんと不吉な。

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