魔神との戦い

 山に入ると、一行はすぐに異様な空気を感じ取った。まず景色がおかしい。どこもかしこも、牛の像|(動いてない)が立ち並んでいる。


「使いすぎて壊したのか?」


「いや、これは元々動かない像だね。魔神ルンバはナンディが好きなんだろう」


 どういう趣味だ、と言いたいところだがこれまで見てきた連中に比べれば大したことなかった。牛可愛いし。


 両側に牛が並ぶ金で舗装された登山道を進むと、山の中腹辺りで開けた場所に塔が建っているのを見つけた。入り口にナンディ像が置かれている。


「あれじゃない?」


 塔を指差しユーディットが言う。これが魔神の城ではないかと言っているのだ。塔と城では外観からして違うような気もするが、そもそも魔神の城とやらを依頼者は見たことがあるのか分からない。なんとなく魔神だから城に住んでいるんじゃないかという思い込みで魔神の城と伝えた可能性もあるのだ。というか実際モウヤン村の村長はそうした。


「塔を登っていくのか、面倒だな」


 モルガがぶつくさ言うが、その心配は杞憂に終わる。


『心配は要らぬ。吾輩はここにおるぞ』


 威厳をまとわせた不気味な声が聞こえると、モルガは闇に包まれた。すぐ近くにいた仲間達の姿も見えないが、自分の姿は見える。闇に包まれたというより、周りに何もない宇宙空間のような場所に移動させられたように感じる。


「なんだこりゃあ!」


「お主はクラーケンを倒したゴブリンであろう。グルジットを退けた様子も観察させてもらった。結論から言えば、お主は決して吾輩には勝てぬ」


 モルガの前に、四本の腕を持つ魔神アスラが現れた。ひと目でこいつが目的の魔神ルンバだと理解したモルガは、すぐに『アヴァターラ・クールマ』を通常使用した。


「硬くなる技か。クックック、恐らくギルドは吾輩のスキルを、敵から受けたダメージを相手に返すものだと考えたのだろうな」


「ち、違うのか?」


 モルガもルンバの『絶対反射』はそういうスキルだと思っていたので、とにかく硬くなって攻撃を当てればいいのだと考えていた。そうでなければ自分が指名された理由が分からなくなる。だが、ギルドの認識が間違っているという可能性を失念していたことをルンバの言葉で理解したのだった。この時点で彼の心は折れそうになっている。仲間もいないし勇気を出す理由が見当たらないのだ。


「ククク……吾輩の姿をよく見るがいい」


 言われなくてもモルガはずっとルンバを見ている。しかし魔神の言葉が終わると共に、目の前に立っていた巨大な魔神の姿が別のものに変わった。


「え……俺!?」


 そう、そこに立っていたのは一匹のゴブリンだった。しかもその身体には虫にしか見えないアスラ王マハーバリのペイントまで描かれている。こんなペイントをするゴブリンなんて三界を見回しても一匹しかいない。どこからどう見てもモルガである。


「その通り。吾輩の『絶対反射』は、敵の姿も含めありとあらゆるものを映し出す〝鏡〟になるスキルである。吾輩を攻撃するということは自分自身を攻撃するということ。その上本体の吾輩には一切ダメージはない。身体の硬さに自信があるのだろう、試してみるがいい」


 そう言って、モルガの姿をしたルンバは何故かクネクネと腰を振りながら近づいてきた。ダンスをしているのである。このダンスに深い意味はない。


「くっそ!」


 モルガはイラッとした。わかる。ククリナイフを取り出すと、クネクネと踊る自分めがけて振り下ろす。


 ガキーン!


 ククリナイフの刃は、スキルで硬くなったモルガの皮膚に弾き返されてしまう。同時に、自分の身体に何かが当たった衝撃が伝わった。確かに偽モルガが食らったダメージを自分も食らうようだ。


「かってぇ! どうすりゃいいんだ」


 相変わらず偽モルガは踊っている。攻撃してくる様子はない。ルンバ自身の戦闘力は通常のゴブリン並みだからな。攻撃したところでモルガにダメージは与えられないだろう。イラッとする踊りをしながら相手の周りをグルグルと回るだけである。これはウザい。


「ニルヴァーナ!」


 試しにクールマの力を解放してみると、偽モルガも同じく巨大な亀に変身した。しかもその姿で激しくダンスをし始めた!


「フハハハハ、その巨体で攻撃するがいい。さぞかし破壊力のある一撃を放てるであろうな」


 踊り狂う偽クールマに煽られる。クールマの力なら、クールマ自身の硬い身体をも打ち砕く攻撃ができるだろう。それでルンバを倒すことはできず、ダイナミックに自殺するだけだが。


「くっそー、これじゃいつまでも倒せないぞ。みんなはどうしてるんだ? 同じように自分と戦っているのか」


 モルガは仲間達の身を案じた。ルンバの術で全員同じ状況になっているのではと思ったのだ。その懸念は半分ぐらい正しい。確かにルンバは全員をバラバラに隔離空間へと移動させた。だがルンバ自身は一人しかいないので、他の冒険者達のところに姿を現してはいない。そして、この隔離術は『絶対反射』とは別の術である。ルンバが毎日せっせと暴れナンディの上に乗り、新たに授かったスキルなのだ。


 だから、こちらの術は破ることができる。


「ぶにゃあああ!」


 ユーディットの雄たけびが聞こえた。次の瞬間、モルガの周囲にある闇の空間にひびが入る。


「なるほど、力づくで出ればいいのか。『颶風撃』!」


 ザインの声が聞こえる。また別の方向にひびが生まれた。


「ガルルルル!」


 ダイちゃんも唸り、また別の方向にひびができた。これで三方向から光が差し込んでくる。そして……。


「アタイわかっちゃった! この先に魔神がいるのね!」


 ズドオオオン!!


 ひときわ大きな音と共に激しい振動が起こり――闇が砕けた。


「わっ、なんかでっかい亀がいる!」


 ユーディットの声が耳に届くと、モルガの心にこの上もない安堵感が生まれる。変身を解いてゴブリンの姿に戻ると、声のした方を向く。


「俺だよ、これが『アヴァターラ・クールマ』の力なんだ」


 そして仲間達と合流できたモルガだったが、これでルンバがどうにかできるわけでもない。相変わらず踊っているルンバはゴブリンの姿になっていた。コイツを攻撃すれば本物のモルガが死ぬ。ユーディットとザインは直感でそのことを理解した。


「これがルンバ? モルガとそっくりなのね。なんで踊ってるの?」


 そしてまだよく分かっていないシュールパナカーが、たった今ルンバの術を打ち破るのに使った剣を鞘に納めながら、誰もが疑問に思っていることを口にした。


「ふむ、吾輩の術を破るとはかなりの使い手であるな」


 ルンバは自分の背後から聞こえてきた声に反応し、振り向いた。この中で一番強い敵は術を破った背後の女性であると判断した彼は、相手が何者であるかを確かめることもなく、『絶対反射』で相手を〝鏡〟に映す。


――皆さんは覚えているだろうか? シュールパナカーは自分の姿を見たことがない。何故なら――


「ぐ、ぐわああああ!!」


 鏡が、砕け散った。

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