モウヤン村の牛

 なんだかんだ意気投合したシュールパナカーを仲間に加え、一行はモウヤン村にやってきた。モウヤン村は森の中にひっそりと隠れるように佇む村だが、そのわりに多くの客が訪れている。今も裕福そうな商人とその護衛と思われる冒険者らしき人物が数名、モルガ達の前を横切って行った。


 村は山の麓の、それなりに広い敷地を木の柵で囲った中にあった。住む人の数は少ないため、家と家の間が数十メートルは開いている。家はどれも立派で、この村は人口が少ないがかなり裕福な村であることがうかがえる。中心部辺りには広場があり、そこを取り囲むようにいくつかの商店が並んでいた。いくつかは食料品や生活用品を売り、残りは名産の牛神ナンディ像を売っているらしい。


「ほわぁ~、なんか人が多いね!」


「この村で売っている神獣ナンディの像は、遠くの国からも買い付けにくる商人がいるほど人気なんだよ」


「牛の置物を魔神が奪っていくんだっけ」


 思い思いの言葉を口にしながら、村を見て回る。モルガとユーディットの目的は魔神退治、ザインとダイちゃんの目的は薬草探し、シュールパナカーの目的は男漁りである。この辺で別行動をすればいいのだろうが、グルジットとの戦闘を経て仲間意識の強まった一行はまとまって行動していた。


「あれがこの村の名産品だよ! アタイ、前に見たことある!」


 シュールパナカーが何かを見つけて駆け寄っていく。どうやらランカー島の宮殿にも噂の置物はあったようだ。彼女が進むと道が開けていく。そこに集まっていた人々がどよめきながら道を開ける様子は、シュールパナカーという女王が進む道を臣民が譲り、平伏するかのようだ。実際には醜い羅刹女がズンズンと近づいてきたので恐怖に怯えた人々が逃げるように道を開けたのだが。


 そうやって開かれた道の先にあったものは……。


「なっ、なんじゃありゃあ!」


 モルガが思わず叫び声を上げる。置物と聞いていたから、牛が静かに立ったり座ったり寝そべったりしているものだと思っていたのだ。


 だが、ここにある牛は激しく動いている。どれぐらい激しく動いているかというと、挑戦者らしき屈強な男が上に乗っていたが耐えられずに飛ばされていったほどだ。よく見ると「一分間耐えたら一万ゴルド進呈」と書いた立札がある。これが目当てで人が群がっていたらしい。


「最近の置物は元気がいいねー」


 元気の問題か?


「ナンディさんってずいぶん荒れ狂う神獣なのね!」


 断じて違うぞ。本物のナンディはもっとゆったりしている。だいたい、シヴァを背中に乗せてこんなに暴れたら命がいくつあっても足りないだろう。


「バウッ」


 ダイちゃんが楽しそうにナンディ像の周りを駆け回る。牛が踊っているように見えたのだ。確かに踊っている。踊り狂っている。これは一体どういう仕組みで動いているのだろうか?


「へへへ、挑戦料は一回百ゴルドだよ」


 頭にターバンを巻いた店のオヤジがシュールパナカーに声をかける。一回百ゴルドで賞金が一万ゴルドということは、百人に一人も成功しないぐらいの難易度なのだろう。しかも身体能力に優れる羅刹に声をかけるとは、よほど自信があるようだ。


「私やりたい!」


 ユーディットが元気よく手を上げた。遊びに来たんじゃないんだぞ。


「こんなのをいくつも奪っていくルンバは何がしたいんだ?」


 ユーディットがターバンオヤジに説明を受けて暴れナンディの背中に上がる姿を眺めながら、モルガは魔神ルンバの目的を気にしていた。腰のキレを良くするためじゃないかな?


「にゃああああ!」


 あ、ユーディットが飛んでいった。記録は三十秒。なかなかの好タイムである。


「おおっ、こんなに持つとはやるなお嬢ちゃん!」


 称賛の拍手が巻き起こる。どれだけ難しいんだよ。百人に一人どころか、絶対に誰にも成功させないという強い意志を感じる。まあ単なる遊びで、賞金はオマケなのだろう。


「アタイ知ってるよ! これは苦行に使う道具だって。よく子供が欲しい夫婦が牛の上で腰を振ってるもん」


 なんか卑猥な響きのする説明だな?


「まさか、ルンバは子供が欲しくて!?」


 相手は誰だよ。子供が欲しい親が苦行をして神に願うのは、この世界では一般的な行為である。だが、あくまでも夫婦の間に子供を授かるための願掛けであって、独身者が苦行をしても子供が生まれることはない。


「いやいや、単に苦行をして力を手に入れるための道具として使っているんだろうさ。この村のナンディ像がよく売れるのも手軽に苦行ができるからだし」


 手軽に苦行とは。


「えっ、こんなに楽しいのに苦行になるの?」


 飛んでいったユーディットが戻ってきた。この変態には暴れナンディの苦行が楽しいらしい。


「楽しくても苦行は苦行さ。世の中には鞭で打たれるのを楽しむ変わり者もいて、神から凄い力を授かったりしているらしいよ」


 どこの危ない人だよ。現実的な話をすると、苦しみを感じるとそれを打ち消すために脳内で快楽を感じる麻薬が生成される。よくあるのは走っていて気持ち良くなるランナーズ・ハイ現象である。本人がどんなに気持ち良くなっていても、神は行った内容で判断するのだ。


「ルンバはそれでスキルを覚えたのか」


「覚えたスキルのレベルを上げるのにも苦行が必要だからね」


 レベル上げも大変だなあ。


「にゃああああ!」


 モルガとザインが喋っている後ろでユーディットがまた飛んでいった。完全に楽しんでいるのはいいが、毎回金を取られているぞ。


「アタイもいい男との出会いを願って腰を振ろうかしら?」


 未来永劫腰を振り続けるハメになるからやめたまえ。


 一通り情報収集をすると(ほとんど遊んでいたが)、一行はルンバの住む山に登ることにするのだった。薬草は魔神を倒した後で仲良く集めようという話になった。

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