女達のファーストコンタクト
そういえばユーディットは美的感覚がおかしかった。そのことを知っているモルガ、心の中で「俺はアレと同レベルなのか……」と密かに落ち込むが、それを表に出すのはシュールパナカーに大変失礼だと分かっているので表情を変えない。男には耐え忍ばなくてはならない時があるのだ。
「ハッハッ、フンフンフン」
ダイちゃんもシュールパナカーに寄っていって匂いを嗅いでいる。狼の挨拶だ。この得体の知れない
「あら、可愛い狼さん。アタイに惚れちゃダメよ?」
お前は何を言っているんだ。シュールパナカーは自己肯定感が天の頂きよりも高いので、ユーディットに可愛いと言われてもごく普通のこととして流すし、寄ってきた巨大な狼にも微笑みを返して動じない。そんな彼女の態度を見たザインは警戒を解いて武器をしまった。
「やあ、こんにちはお嬢さん。この子はダイちゃんっていうんだ。ダイちゃんがこんなに懐くなんて、君はとても心の優しい人なんだね」
人ではなく羅刹だがな。ザインはダイちゃんのことしか頭にないので、シュールパナカーの見た目に興味はない。ダイちゃんと仲良くしている=いい人という、犬バカに特有の思考で動いている。
「あら、なかなかいい男じゃない。でも残念、アタイは別の
そう言ってモルガに流し目を送る。まずザインはダイちゃん以外眼中にないので残念でもなんでもない。むしろ彼女の餌食にならずに済んで幸運だったと言える。
「え、な、何ですか?」
意味ありげな視線を向けられたモルガは動揺している。相手はブサイクだと思うが、ゴブリンのモルガにとっては外見の醜さなどはそれほど重要なことでもない。そんなことより、婚約者がいたとはいえモルガは奥手な男だ。女性から艶めかしい目線を送られたことに対する上手い返しが思いつかなかった。一応ユーディットという、自分にあけっぴろげの好意を向けてくれるパートナーもいる。
「さっきの戦いは素敵だったわ。ゴブリンだけどすごく頑張って強くなったのね!」
「あ、ありがとう」
シュールパナカーの誉め言葉には嫌味がない。本当に真っ直ぐな称賛を受けて、モルガも悪い気はしなかった。だけどこの羅刹女は一体なんなのだろう、と心の中を疑問符だらけにしつつ。
「むう、モルガちゃんは私のダーリンなんだからねっ!」
その様子を見ていたユーディットが危機感を覚えてモルガに抱きつく。これにはシュールパナカーもたじろいだ。旅に出て初めての気後れである。なんということだろう、この二人の女は運命の
「えーっ、せっかくアニキにも負けないようないい男に出会えたのに!」
いや、それは言いすぎだ。ラーヴァナは怒っていいぞ。
「ぐぬう、なんて〝分かってる〟子なの。それでもダメったらダメ! ガルルルル」
あまりの危機感によりユーディットが猛獣化している。普段から清楚さの欠片もないのであまり違和感はない。だがこの状況はよろしくないと考えた男達、どうにか空気をやわらげなければと目配せをし合う。
「へえ、お兄さんがいるんだ。どんなお兄さんなの?」
ザインが爽やか笑顔で質問する。兄にも負けないという言葉から、この羅刹女は兄のことを素晴らしい男性だと思っているに違いないと見抜いた。誰でも自分の好きなものを語る時は上機嫌になるものだ。自分がダイちゃんのことを話す時は楽しくて仕方がないからよく分かる。
「アニキはね、とっても強くて偉いんだよ。羅刹の国を治めてるけど、部下の話に耳を傾けていい政治をしてるから誰からも尊敬されてるの」
そんな偉い兄と変なペイントをしてるゴブリンを同列に扱うシュールパナカー、こいつも独自の判断で生きている
「へー、凄いお兄さんなんだねぇ」
兄を語るシュールパナカーの姿に、ユーディットが少し態度を軟化させた。とにかくこの羅刹女にはまるで悪意がない。話していると自然と警戒心が薄らぐのだ。鏡も割れるほどのブサイクがこれまで平穏無事に暮らしてこれたのも、兄の威光だけではなく彼女の愛嬌によるところが大きい。だからといって彼女を嫁にしたい男はまったく現れなかったが。
「ところで自己紹介もしてなかったよな。俺はモルガで、こいつはユーディット。あっちはザインでこの子はダイちゃんだ。君の名前は?」
モルガが自己紹介を始める。お互いの名前も知らないうちに取り合いをされても困るというものだ。名前を知っていたら取り合いをしてもいいのかは置いといて。
「アタイはシュールパナカー! あっちの海の向こうからやってきたんだよ」
彼女が指差した方向は、つい先日クラーケンと戦った海岸がある方向だ。自分も知っている場所が話題に出ると、モルガも思わず笑顔になった。
「あの海の向こうか、あの先には全然陸地なんか見えなかったけど、ずいぶん遠くから来たなー」
すっかり打ち解けたムードになると、ユーディットもシュールパナカーに質問をする。
「そんな遠くからなんで旅してきたの?」
「それはもちろん、恋人探しよ! でもなかなかいい男に巡り合えなくてねー、やっと素敵な男性を見つけたと思ったら可愛い彼女もいるし、世の中ままならないわねえ」
恋人探しという言葉が出て男達は一瞬緊張したが、どうやらシュールパナカーは事を荒立てるつもりはないようだ。彼女はまだ世界には他にもいい男がいるに違いないと考えていた。モルガは素晴らしい勇気とその身に合わぬ強さの持ち主だが、やはり兄のように美しくはない。焦って彼に決める必要はないと、まだ心に余裕があったのだ。
「えへへ、ごめんね~早い者勝ちで」
ユーディットはシュールパナカーがモルガを諦めた様子で、さらに自分の愛しい相手を褒めているので大変気持ちが落ち着き、むしろ喜び高揚していた。彼女の中でシュールパナカーの好感度は非常に高くなっている。もはや親友と呼べるのではないかと思う勢いだ。まさか自分達が倒そうとしている魔王の妹だなんて思いもよらなかった。この関係、大丈夫か?
「それで最初の話に戻るけど、あの羅刹は天上で暮らすのかい?」
場が収まったことに安心したザインが、最初にシュールパナカーが言った言葉について聞く。シュールパナカーはこくりと頷き、改めて説明する。
「命は
見た目に似合わず博識なシュールパナカーの語りに、一同は感心して聞き入るのだった。
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