成長の証
グルジットが剣を構える。次の攻撃目標は――ユーディット。
身がすくむ。足が震える。生まれてこのかた、こんな感覚を味わったことはなかった。ユーディットは恐れ知らずだったが、感情が欠落しているわけではない。これまで彼女を恐れさせるような存在に出会ったことがなかっただけだったのだ。
初めて知った恐怖に、ユーディットはただただ困惑していた。
どうして手が上手く動かないのかが分からない。どうして足がガクガクと震えるのかが分からない。どうして息が苦しくなるのかが分からない。
これは敵に術でもかけられたのか、そう考え身体に力を入れようとするが、上手くいかない。これはピンチだと思った。
「ガウルルル!」
狼が大きな身体を一瞬落とし、勢いをつけて羅刹に飛び掛かった。
「食らえ、『
同じタイミングで、ザインが剣に暴風をまとわせ斬りかかる。コンビネーション攻撃だ。ユーディットが委縮しているのを感じ取り、敵が彼女を攻撃しようとしている気配を読み取り、無言で心を合わせて攻撃を仕掛けたのだ。
「ぬうっ!」
グルジットは後方に回転しながら飛び退き、一人と一匹の攻撃を二本の剣で弾きながら回避を行った。
「息の合った連携、さすがは長く共に冒険してきただけあるな」
攻撃を華麗に回避しながらも、相手の技を称賛する羅刹。今の攻撃にはさすがの彼も肝を冷やしていた。久しぶりに出会った強敵に本能が悦びを湧きたたせている。
「なぜ俺達のことを知っている?」
警戒しながら剣を向け、問いかける。剣を合わせて、自分とダイちゃんだけでは荷が勝ちすぎると感じたのだ。ユーディットが落ち着くまでの時間稼ぎをすることにした。彼女は思いがけず攻撃を防がれ動揺しているが、彼の見立てでは目の前の羅刹と対峙するのに十分な力量を有している。足りないのは実戦経験だけだ。
だから、彼女が勇気を奮い立たせるきっかけをつかむためにどうすればいいかと考えていた。ユーディットが愛するゴブリンさえ健在だったなら、十分な勝機が見込めるのだが……。
「我は主の命で周辺の情報を収集しているのだ。ザインにユーディット、お前達はこの地域では相当な有名人だぞ」
グルジットは目を細め、会話に乗る。相手の意図は分かっている。ここは無視してこいつらを皆殺しにするべきだと、理性が忠告する。だが彼は悦びを感じてしまった。主の命令を遂行するよりも、もっとこの情動を味わいたいと思ってしまったのだ。そんな彼の目に映る光景は――
「……お手並み拝見」
グルジットが誰に向かって言ったのか、ザインにはよく分からなかった。だが確実に分かることがある。次の攻撃はユーディットを目掛けて放たれるはずだ。
すぐに地を蹴り、グルジットの攻撃を邪魔するように動くザインとダイちゃん。だが初動が遅れた。
「シィッ!」
鋭い呼気とと共に繰り出される強烈な斬撃。ユーディットは敵の攻撃が自分に向けたものだと認識している。目が、脳が、敵の素早さに確かに追いついている。思い通りに身体が動けば、この剣を打ち払って反撃もできるだろう。だが、すくんだ身体は言うことを聞いてくれない。最悪の未来を予測し、ユーディットは思わず目を瞑った。
「おらああああ!」
ギィン! と大きな金属音がして、同時に聞き慣れた声がすぐ近くから聞こえてきた。途端に心を光が照らす。ユーディットは歓喜に打ち震えながら目を開いた。
そこには期待した後ろ姿があった。緑色の肌をもった小さな身体に、相変わらず何を描いているのか分からないペイント。モルガがククリナイフで羅刹の剣を弾き、軌道をユーディットからそらして守ったのだ。
「カッコよく受け止められたら良かったんだけど、さすがに無理! ついでにこれを食らえ、『弱体化レベル3』だ!」
モルガがかざした手のひらから、不気味な光が放たれてグルジットを包み込む。
「これは!?」
羅刹が驚いた様子で飛び退る。その動きが、先ほどと比べて明らかに鈍っているのに気付いた。ユーディットは自分の身体が軽くなるのを感じる。恐怖という縛めが解かれ、歓喜と希望が背中を押した。
「モルガちゃん、素敵!」
炎の剣を振りかざし、業火と共に前へ出る。ザインとダイちゃんも好機とみなして全力攻撃を開始する。もはやグルジットに勝ち目はなかった。
仲間達が羅刹を攻撃する様子を見ながら、モルガは自分の中に現れた変化を感じていた。
「なんだろう、みんなの動きが見える。そういえばさっきも敵の攻撃が見えていた。俺……本当に強くなってるんだ!」
ユーディットが装備の新調もしないでモルガの成長に全ての報酬を使った結果、彼は羅刹の戦士と渡り合うほどに強くなっていたのだ。特殊なスキルだけではない、彼の全ての能力が飛躍的に伸びているのである。
「うおおおお、俺も行くぜえええ!!」
モルガも仲間達に続き、グルジットにククリナイフで斬りかかった。冒険者達の攻撃を一身に浴び、グルジットはその場に膝をつく。
「……見事だ。認めよう、お前達は強い。だが、ルンバ様のスキルは強さだけでは破れないぞ。特に先ほどの術は絶対に使うな。忘れるなよ!」
グルジットはモルガと視線を合わせ言うと、天を仰いで笑い声を上げた。その姿が次第に光へと変わっていき、ついには空に昇って消えるのだった。
「どうなったの?」
ユーディットは羅刹の死に様が理解できない様子で仲間に説明を求めた。だが仲間達もよく分からないといった顔で首を振る。
「あのおじさんは天に帰ったのよ。死んだ魂は天に帰り、また新たな生を受けて地上に生まれるまで神々と一緒に踊って暮らすのよね」
新たな女性の声がして、全員が振り返る。そこにいたのは、あの魔王の妹シュールパナカーだ。その姿を見て、一番に声を上げたのはユーディットだった。
「可愛い!」
えっ、ええええええええ!?
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