魔神ルンバ

 ギルドに向かう道すがら。モルガはさすがに魔神を相手にすることに怯えてブツブツと文句を言っていた。そんなゴブリンにユーディットは首を傾げて問いかける。


「魔神ってそんな凄いの?」


「えっ、知らないのに安請け合いしたの?」


 まあユーディットだし。


「魔神ってのは地底に住む神で、多くの腕を持つ強大な種族だよ。俺のこのボディペイントもアスラ王マハーバリを描いたものだぞ」


「えっ、それゴキブリじゃなかったんだ?」


「ちげーよ!!」


 モルガの身体には何本もの腕が生えた黒い身体の魔神の絵が描かれていた。彼の独創的なペイントテクニックにより、ゴキブリとまでは言わないが虫か何かのように見えるのは確かである。


 魔神はまたの名をアスラ神族ともいい、天上に住むデーヴァ神族と違ってアムリタを飲んでいないために不死の存在になっていない神の種族である。激しい苦行で大いなる力を手に入れ、幾度となくデーヴァ神族から世界を奪っている。そのたびに神々はヴィシュヌに泣きついて世界を奪い返してもらっているのだ。なんと情けない連中だろうか。


「ゴブリンにとってはこの世で最も強い存在で、魔王よりも格上の扱いなんだぜ」


 まあ字面を見ても王と神では神の方が上に見える。実際、種族全体で見れば魔王ラーヴァナを擁する羅刹より魔神の方が強いのだ。ただし現在世界で最強を誇っているのは魔王ラーヴァナである。


「でもルンバは弱いんでしょ?」


「だといいんだけどなー。『絶対反射』ってスキルの名前から危険な香りがプンプンするぞ」


◇◆◇


 そんな話をしながら二人がギルドへ向かっている頃、話題のルンバは自分の城でダンスを踊っていた。そっちのルンバかよ!


「むうぅん、腰のキレがいまいちである。なにか良からぬ企みが進行しておるようだ」


 腰のキレで危険を察知する魔神ルンバ。彼は四本の腕をくねらせながら、ムーディーな音楽に合わせてくるくると回っている。


「ルンバ様、アルスター伯爵がギルドに討伐依頼を出したとの情報があります」


 ルンバに仕える羅刹が、さっそくギルドの情報を報告した。


「なんと、吾輩の『絶対反射』を破る算段でもついたのか。人間ごときに破れるようなスキルではないぞよ」


 ひときわ激しく腰を振り、四本の腕を交差させながら足でステップを刻む。話をする時ぐらい落ち着け。


「それが、先日海の怪物を討ち取った冒険者が依頼を受けるようです。モンスター使いで、ゴブリンを使役するとのこと」


「ゴブリン、ゴブリンか……」


 ゴブリンと聞いて、ルンバが踊りをやめた。羅刹は驚きのあまりに三歩後ろに下がる。彼が動きを止めるのを見るのは初めてだったのだ。


「昔、一匹のゴブリンがいた」


 なんか語り出したぞ?


「そいつは、自分がか弱いゴブリンであることを嫌い、苦行を重ねて神に願った。私を神にしてくれと」


「どうなったのですか?」


 本当は興味が無いが、主の昔話に興味がある風を装って相槌を打つ羅刹。気苦労が絶えなそうだ。


「するとその願いが神に通じ、彼の身体が変化していったのだ。手足はすらりと長くなり、その上腕が四本に増えた。肌は浅黒く変わり、誰が見てもアスラ神族の姿になっていたのだ」


 なんとルンバは元ゴブリンの魔神だった! 苦行の力、恐るべし。


「スキルはまた別の苦行で授かったのですか?」


「その通りである。魔神になっても別に強くならなかったので、新たに力を望んだのである」


 最初の願いは「神にしてくれ」だからな、強くしろとは言ってないから仕方ないね。魔神が強いのは苦行をして力をつけるからであって、魔神になっただけでは別に強くはないのだ。これは他の全ての種族にも言えることだが。


 そんなわけで、この魔神ルンバは『絶対反射』なる謎のスキルを身に着けた以外はゴブリン並みの戦闘力しかないのだった。そんな強さで大丈夫か?


「クラーケンを倒したのはそのゴブリンであろう。確かに危険な存在だ、何か手を打っておかねばな」


 そう言うと、ルンバはまた踊り始めるのだった。手を打つって、そっちじゃないよね?


◇◆◇


「おう、依頼が来てるぜ」


 ギルドでは、町長に情報を売ったことなどまるで無かったかのように振舞うオヤジが依頼書を出してきた。モルガは文句を言おうかと思ったが、言っても無駄だろうと思い直した。


「ルンバってどこにいるの?」


「北にある山の中に魔神の城がある。ルンバは時折麓のモウヤン村に現れては、村人が丹精込めて作った牛の置物を奪っていくらしい」


「なんでそんなものを奪ってるんだよ」


「よくわからんが、牛に乗って腰を振るらしいぞ」


 どういうことだよ? 腰のキレか、腰のキレを確かめるために牛に乗るのか?


「なんだかよく分からないけど、牛さんの村にいこー!」


 村人は牛じゃないぞ、ユーディット。早速向かおうとする二人だが……。


「モウヤン村に行くなら、僕もご一緒していいかな、お嬢さん」


「バウッ」


 ダイちゃんとその飼い主が現れた!


「なあに? そっちも依頼受けたの?」


 ユーディットはちょっとだけ態度が軟化している。モルガが活躍したので対抗意識が薄れたようだ。色々お世話になっている件については気にした様子もない。


「モウヤン村の辺りで手に入る薬草が、第二段階のドリンク剤を作るのに必要らしいんだ」


「第二段階?」


 モンスターは、ある程度強くなったら更にレアな材料で作る上位のドリンク剤を飲まないと成長しなくなるらしい。要するに神が成長を認める条件が厳しくなるのだ。なんとも面倒な話である。


「うわぁ、面倒くさいな。なーダイちゃん」


「バウッ」


「なに、愛があればそのぐらいは苦でもないさ!」


「わかる!」


 いつの間にか二人のモンスター使いは意気投合していた。似た者同士だから気が合うのは当然とも言える。ザインのファンクラブがユーディットに憎らし気な視線を送っているが、その女はゴブリン好きの変態だ。心配はいらないぞ。ただしザインはダイちゃんのことしか考えていない。


 こうして二人の人間と一匹のゴブリンと一体のダイアーウルフが北の村に向かって旅立つのだった。

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