進むべき道
ダルマ師匠は改めてユーディットに正しき道を説くつもりだ。町長の実例を知ったあとなら、ダルマの話も理解しやすかろうと判断していた。まさしく、当の変態はアルスター伯爵の話を真剣に聞いていた。恐らく同類の匂いを感じたのだろう。
よく考えたら今のところ正常な人間がほとんど登場していない。これは世界の危機なのではないだろうか?
「ユーディットよ、苦行によって願いを叶えた二人の男について知った今なら、自分にもできそうだと思うかな?」
「え、無理」
即答である。だがダルマ師匠は満足気に頷いた。
「よいよい、彼等がやったようなことを他者がやる必要はないのじゃよ。実を言うとな、お主は既に二つも神に願いを叶えてもらっておる。それは何だと思う?」
「えーっ、何も願ってないよー?」
なんと、ダルマ師匠によればユーディットは既に二つも願いが叶っているという。だが本人に心当たりはない。首をひねるユーディットだが、横からモルガが口を挟んだ。
「もしかして、俺のスキル?」
「よくわかったのう、その通りじゃ。ユーディットは錬金術という形でモルガに素晴らしいスキルを覚えさせたいと願った。それも『魔王になるために』とな」
説明されてもまだピンとこない様子のユーディット。ダルマ師匠は続けて解説をする。
「まず、錬金術はおかしいと思わんか? あんな鍋でよくわからんものを煮込んだだけでなぜ様々な道具がうまれるのか。それも人間でなければいけないなどと、まるで理屈がわからぬわ」
おっと、ここでまさかの世界のルールを全否定だ! おかしいに決まってるだろ!
「えっ、おかしすぎて逆に信じてたけどやっぱりおかしかったのか!」
モルガは驚きを隠せない。ユーディットは「そうなの?」と薄い反応だ。
「あれは神に願う儀式じゃよ。供物を捧げ、欲しいものを授けてくれと願うのじゃ。そして、ユーディットが武勇の証となる素晴らしい捧げ物を入れたことを理由に、これ幸いとばかりに神が魔王を倒すための力を授けた。神々は魔王ラーヴァナに困っておるでな」
この爺さんは、本当に余計なことまでよく喋るなあ。
「というと?」
「ラーヴァナは羅刹の王じゃ。ラーヴァナ自体は聡明な王で羅刹の国を繁栄させ、尊敬を集めている。だが羅刹という種族がそもそも神と敵対する存在じゃ。彼等が繁栄すれば、神々や人間はみな粗暴な羅刹の行いに迷惑を被る。だから倒してしまいたいのじゃ」
「だったら神様が倒せばいーんじゃないの?」
ユーディットの素朴な疑問である。神々が倒したいと思っているなら神々が倒すべきなのだ。まったくその通りだ。
「そうじゃな。しかし、話はそう簡単ではない。先ほどヒラニヤカシプの話を聞いたじゃろう、彼は『神にも魔神にも人間にも獣にも倒されない力』を手に入れた。奇遇なことにな、ラーヴァナも同じくダルマに従い『神にも魔神にも獣にも羅刹にも倒されない力』を神に授けられたのじゃ」
だから神々では手を出せないという話である。まったく困ったものだ。
「あれっ? ヒラニヤカシプの力とちょっと違う」
「気付いたか。そう、ラーヴァナは人間を侮り人間に倒されない力は求めなかった。そこにつけ入る隙があるということじゃ」
ちなみに『何者にも倒されない力』は世界の始まりから終わりまで苦行を続けるぐらいのことをしないと手に入らない。つまり完全な無敵になることは不可能だ。
「それなのにゴブリンの俺にスキルを覚えさせたのか? そういえばゴブリンは何にカウントされるんだ?」
「ゴブリンは羅刹の一種じゃのう。モンスターと呼ばれる存在は魔神、羅刹、獣のいずれかになる」
「じゃあモルガちゃんには魔王が倒せないじゃん」
そういうことになるな。しかし、さっきの話を聞いていれば神々の意図がわかるはずだに。
「だから
「なんだか難しくてよくわからなくなってきた」
モルガは納得したが、ユーディットの脳ミソはショート寸前だ!
「人々を困らせる強いモンスターを倒し、錬金術でモルガにもっとスキルを覚えさせればいいのじゃ」
「なんだ、やることは変わらないんじゃない。何のために長話したの?」
酷い言い種である。ユーディットの言う通りではあるが。
「お主達が正しい
「愛!」
ここにきてユーディットの目が輝いた。お前のは愛じゃなくて性欲だろ。
「私とモルガちゃんの愛の結晶……ゲヘヘ」
ダメだこいつ。
「ふむ、モルガよ。しっかりとユーディットを教え導くのじゃぞ。常にダルマと共に歩め」
ついにダルマ師匠もモルガをユーディットの主として扱いだした。妥当な扱いである。
「もう一つ聞きたいのですが、『ヴィシュヌ』セットを全部集めるとどうなるんです?」
「それはもちろん、お主がヴィシュヌになるのじゃよ」
わりと重大なことをさらりと言うと、またダルマ師匠は姿を消したのだった。言い逃げか!
「さあ、話も終わったし改めて町長として君達に相談がある」
いつの間にか人間の姿に戻った町長が、また話を持ちかけてきた。話が長過ぎるぞ。
「えー、まだあるの?」
案の定、ユーディットが嫌そうな顔をした。
「依頼の話だよ」
「聞く聞くー!」
だが依頼と聞いてすぐに態度を変えるのだった。現金な奴だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます