ダルマの教え

 二人はアルスターの入り組んだ町を特に目的もなくブラブラと歩いていた。この町は毎年外側に城壁が新設されるために切り株の年輪にも似た形状をしている。とはいえそれぞれの壁の間には十分な間隔があるので、それぞれの区画は円形に伸びる独立した町の様相を呈していた。


 その中でも町の行政を司る役場が町長の家を取り巻くように建っている中心部を第一地区とし、城壁を隔てた外に行くごとに第二、第三……と地区を表す数字が増えていく。モルガ達が歩いている、冒険者ギルドのある街路は第五地区だ。


「中心に近くなるほど古い建物があるってことだよね、内側の方に行ってみよう」


「おい大丈夫かよ? こういうのって内側に行くほど偉い人達が住んでて『下層民は入るな』とか言われるんじゃないのか?」


 役場が真ん中にあるのにそんなわけないだろ。モルガはユーディットの言葉に懸念を表明するが、この変態が一度言い出したことをやめるわけもなく。


「だいじょーぶだいじょーぶ!」


 まったく根拠のない楽観的な言葉を口にして、ユーディットは中央の方に進む道を行く。モルガは仕方なくビビりながらもユーディットの後についていった。


「明るい時間にゆっくり街を見るのは初めてだねー」


「ずっとバタバタしてたからな」


 二人は道の両側にいくつもの個人商店がならぶ商店街を歩いていく。この時間は店を見て回る人も多く、呼び込みの声もいたるところから聞こえてきた。賑やかな人の街を歩きながら、モルガは自分を追放したゴブリンの集落のことを思い返していた。こんなに賑やかではなかったが、ゴブリン達が様々な戦利品を見せびらかしては武勇を競っていた。その大半は嘘で、彼等が手に持つ戦利品のほとんどはその辺で拾ってきた落とし物やただの草などだった。モルガはそんな連中を冷めた目で見ながら、愛しのアンシラに贈るプレゼントのことを考えてばかりいたのだった。


「そこのお二人さん、ちょっといいかの?」


 物思いにふけっていたら、いつの間にか商店街を抜けていた。先ほどまでの喧騒は嘘のように静まり返り、今声をかけてきた老人の小さな声もはっきりと聞こえる。


 二人は立ち止まり、声の主に顔を向けた。そこに立っていたのは声から想像したのと同じような、杖をつき背中の曲がった翁さんだった。身体は枯葉色のローブに身を包み、白髪もまばらに生えた頭の後ろにフードを降ろしている。


「なーに? お爺ちゃん」


 ユーディットは明るい声で返事をした。いつものように笑顔を浮かべている。こうして見ると愛想の良い美少女だ。ちょっとばかり頭の中が個性的なだけで。


「お主はユーディットじゃな。自分もスキルを覚えたいと思っておるじゃろう」


「えっ、なんで知ってるの? お爺ちゃんは誰?」


「名乗るほどの者ではない。儂のことはダルマ師匠とでも呼ぶがよい」


 突然師匠を名乗る爺さん。あまりにも怪しすぎるが、自分もスキルを覚えたいという気持ちがユーディットに聞く耳を持たせた。モルガがスキルを覚えて一喜一憂しているのを見て羨ましくなっていたのだ。


「ダルマ師匠! どうやってスキルを覚えるの?」


「おい、知らない人にいきなりそんな話をされて警戒しないのかよ」


 素直に聞くユーディットに、モルガが心配する言葉をかける。だがダルマ師匠は笑ってモルガを制止する。


「カッカッカ、心配はいらんぞモルガ。お主達のことはずっと見ておった。正しき道を歩む者に光を灯すのが儂の役目じゃ」


「魔王を目指してるのに?」


 正しき道と聞いて思わずツッコミを入れるモルガだが、そんなことを人に話してはいかんぞ。いきなり成敗されたらどうするんだ。


「魔王か……お主は羅刹ラークシャサの魔王ラーヴァナと戦う宿命にある。打ち倒し、あやつの代わりに羅刹の上に立つがよい」


「ラーヴァナ? それが魔王の名前なのか」


 知らずに魔王になるって言ってたのかお前。現在この世界で魔王と呼ばれる者は羅刹の王ラーヴァナのみ。魔王になるということはそれにとって代わるということなのである。ラーヴァナは輝くような美貌の持ち主で、その心の強さと力強さ、部下の話をよく聞く善政によって羅刹の都を繫栄させ、妻たちから慕われている。そんな魔王を倒していいのか?


「それで、スキルはどうやって覚えるの?」


 ユーディットは魔王に興味がないようで、繰り返し質問をした。ダルマ師匠が頷き、その方法を話し始める。


「修行をすることじゃ。修行をし、神に願え。その願いに見合うだけの修行をしたと神が認めれば、どんな願いでも叶えてもらえる。それがこの世のダルマである」


 なんと分かりやすいのだろう。当然、大それた願いを叶えてもらうためには相当な苦行をこなす必要がある。内容に決まりはない。神が「それだけの修行をしたのなら叶えてもいいだろう」と納得すれば、それでどんな願いでも叶うのだ。なんと大雑把なルールだろうか。いったいどこの神が決めたんだか、ねえ?


「ダルマってなに?」


「正しき行い、正しき心。混沌に調和を、闇に光を、人に愛をもたらすこと。それらあらゆる正しきこと全てを指してダルマと言う。その逆はアダルマ。正しくない者はダルマに従い倒されるのだ。お主らはダルマと共に歩み、立派な魔王を目指すがいい」


「正しい魔王ってなんだよ」


 神であってもアダルマに堕ちれば討たれ、魔神であってもダルマに従えば神々の王の座すら差し出される。魔王という肩書きそのものに悪という意味はないのだ。モルガはこれまでの価値観を根底から覆され、混乱している。


「どんな修行でもいいの~?」


「いいぞ、本当に苦しい思いをすれば、それは神に通じる。それ以上に、ダルマと共に生きていれば必ずヴィシュヌは手を差し伸べるであろう」


 おっと、余計なことを言いすぎだぞ爺さん。用件が終わると、くるりと二人に背を向け、光に包まれて姿を消すのだった。


「そっかー、じゃあ諦めよう」


 諦めが早いなおい!


 ユーディットは早くもスキルの習得を諦めたらしい。まあ、修行なんてそうそうやるもんじゃないさ。そうしてなんとなく立ち尽くす二人に、またもや声をかける者がいた。


「あら、あなた達。こんなところで会うなんて奇遇ね。元気にしてたかしら?」


 ゆったりとした口調で、若い女性が話しかけてきたのだった。

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