クラーケン退治が終了して
海に潜ったモルガは、マツヤの実体化を解いた。もう一度同じ言葉を言うだけという親切設計だ。
「あー、びっくりした。とんでもないスキルを覚えたな。こんなのがあと九個もあって、さらに全部そろえると覚醒までするのか」
本当にとんでもないな。これまでにも覚えたモンスターや人間はそれなりにいるが、このような話は伝わっていない。解放する機会がなかった者もいれば、解放を経験しても他人には教えない者もいたからだ。むしろこんな効果を他人に伝えるような愚か者はいない。広まればどんなことが起こるかは火を見るより明らかだ。なにより、誰もが覚醒を夢見て挑戦を続け、夢を果たせず散っていった。
「なになに? あと九個ってどういうコト?」
だが、ここに前人未到の大馬鹿野郎が存在した。スキュラに聞かれたモルガはペラペラと自分のスキルについて説明を始めたのだ。こいつ、何も考えてねえ!
「ああ、さっきの変身したやつ、『アヴァターラ・マツヤ』ってスキルなんだけど、これは『ヴィシュヌ』っていうスキルセットの一つで、全部で十個あるんだ。全部そろえると覚醒ってやつが起こるらしい。何が起こるのかは分からないけど」
「す……すっごーい! あれってスキルなんだ。モルガちゃんって凄いゴブリンなんだネ!」
「そ、そうでもねえよ」
はしゃぐスキュラに褒められ、まんざらでもない様子で答えるモルガ。いいのかそんなことをしていて。
◇◆◇
「うーん、イカタコの中にモルガちゃんがいない。さっきのでっかい魚が食べちゃったのかなー」
その頃陸の上では、ユーディットがクラーケンを解体していた。離れた場所では騎士と住民達が話をしていて、船を沈めたのはスキュラではなくクラーケンだったと明らかになった。
「ユーディット殿、ありがとうございます。住民に迷惑をかけていたのはスキュラではなくクラーケンだったようです。ただ、肝心のスキュラが我々に恨みを持っていると思われますので、まだ完全に危険が去ったとは……」
「えっ、これがスキュラじゃないの!?」
スキュラの姿は筋肉オヤジに聞いていたはずだが、ユーディットがそんなことを覚えているわけがなかった。そしてこの娘は何を思ったのかまた銛を手に取る。
「モルガちゃんを返せー!」
そしてまたやみくもに海へ銛を投げ込むのだった。
◇◆◇
そして、海の中。
「はっ、殺気!?」
モルガはマツヤから危険が迫っていることを伝えられていた。もちろん危険というのは変態が放った銛である。
「今度はどうしたノ?」
「逃げろおお!」
また何か現れたのかと、周囲を見回すスキュラの手を引き、再びモルガは泳いで逃げる。
「もー、人間はまだ私のこと狙ってるノ?」
「狙ってる? ……そうか、ユーディットと俺はスキュラを討伐しに来たんだった。目的は強いモンスターの心臓とかだから、さっきの化け物でどうにかならないか相談しよう」
やっと自分達の目的と現在の状況を思い出したモルガ、スキュラを連れて陸に戻るのだった。
「……というわけで、スキュラが人間を襲ったっていうのは誤解だったんだ」
モルガが説明するが、もう陸の人間達はそのことを知っていた。そしてユーディットの意識は全く別のところに向いている。そう、モルガに手を繋がれ、妙に親し気な様子でピッタリと傍に寄り添うスキュラの様子だ。
「むむむ……モルガちゃん、海の中でその女の子とナニやってたのかな? かな?」
その手には炎の魔法剣が握られている。さすがのモルガも、ユーディットの言わんとすることを理解したらしい。慌てて言い訳を始めた。
「ま、まてまて! 俺はスキュラと話をしてる時にクラーケンに襲われて……」
「それで私達がクラーケンと綱引きをしてる間に二人仲良く海中デートとしゃれこんでいたのね! 私とは一緒に寝てくれないのにー!」
「ちがーう! ぎゃあ、アッチィ、火を出すなああ!」
その後しばらく、二人の追いかけっこは続くのだった。
その間に騎士達がスキュラに謝罪し、今後は住民や観光客とも仲良くやっていくことで和解が成立したらしい。地元民はスキュラを観光の目玉にしようと画策している。やはり人間は汚い。
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