スキュラ

 スキュラの出没する海は、アルスターの町から東に半日ほど馬車で進んだ先にある。二人はさっそく海にいく準備を始めた。


「ねえねえモルガちゃん、どんな水着がいい?」


「俺は水着なんかいらないぞ。いつもの恰好も水着と大差ないだろ」


 ゴブリンのモルガは身体に腰布しか着けていない。ちなみに身体のペイントにはこだわりがあるのか、毎日違う模様だ。誰も気にしてないからペイントやめて服を着たらどうか。


「私の水着だよっ! モルガちゃんの好みはー?」


「好きなの買えよ」


 なんだこいつら。これから厄介なモンスターを討伐しにいく冒険者には見えない。会話だけならどう見てもこれからバカンスに行くバカップルだ。実際の絵面は(見た目だけ)美少女とゴブリンだが。




「スキュラはあの浜辺によく現れるんです」


 海にやってくると、宿屋の主人が盛大に出迎えてくれた。この辺は一年中温暖な気候なので海水浴客でいつも賑わっていたのだが、スキュラが現れてからは海水浴もできないので客もほとんどこない。討伐にやってきたこのオルネイド王国の騎士団はスキュラを難なく倒してみせるかと思いきや、ピンチになったら海の底に逃げるスキュラを仕留めることができずに撤退していった。現在は監視役の騎士が二名ずつ交代で見回りをしている。


「ここってオルネイド王国って言うんだー」


「人間の国は分からん」


 アルスターの町もオルネイド王国の領内にある。ゴブリンのモルガが知らないのは当然だが、なぜユーディットは知らなかったのだろうか。もちろんそんなところに謎はない。変態に常識を求めてはいけないのだ!


「それで、どうやってスキュラを倒すんだ?」


「モルガちゃんが海に潜ってスキュラを仕留める。以上」


「な、なんだってー!?」


 水中で呼吸できるのがモルガだけなので、それ以外に方法はないだろう。まあ陸上までおびき出せばユーディットがたこ焼きにしてくれるだろうさ。


「大丈夫、いけるいける!」


「無理だって、俺はスライムと死闘を繰り広げたぐらい弱いんだぞ?」


 あれは実に不毛な戦いだったな。だがモルガよ、大事なことを忘れていないかね?


「ドリンクで強化してるでしょ。今のモルガちゃんはただのゴブリンじゃない。薬の力で強化されたゴブリン、ドーピングゴブリンだよっ!」


 他に言い方はないのか。


「でもそれぞれ二本ずつだろ? そんなにいきなり強くはならないって」


 モルガはドリンクの効果に懐疑的だ。というより話の流れ的にスキュラはガルーダと同クラスの強敵と見られているから、そこまで強くはならないだろうと考えているのだ。その考えは実に真っ当である。


「私も陸の上からもり投げるから心配いらないよ!」


 どんな援護だ。相手がタコ娘だと思ってふざけているのか……と思いきや、ユーディットが取り出したのは捕鯨用の強力な銛だ。地元の漁師から借りてきたのだ。確かにこれなら相手の影が見えれば有効な攻撃を食らわせられるだろう。上手く刺されば陸に引き上げることも可能だ。


「どうか、よろしくお願いします」


 そして渋るモルガに向かって深々と頭を下げる宿屋の主人。こんな風に頼りにされたことのないモルガは、さすがに断り切れなかった。半ば諦めた様子で首を縦に振るのだった。


「分かったよ、なんとかしてみる。浅瀬におびき寄せて銛の餌食にしてやればいいんだろ」


 覚悟を決めたゴブリンと、ビキニ姿で巨大な銛を持った謎の女がモンスター退治に向かう。


 地元民はその背中を見送りながら、これは期待できないとため息をつくのだった。


◇◆◇


『ムムム、なんか嫌な気配を感じるゾ?』


 海の底で、敵襲を察知した腰から八本の蛸足を生やした少女が動き始めた。スキュラだ。


 彼女は不機嫌だった。自分を殺そうと人間が定期的にやってくるのだ、ご機嫌だったらただの戦闘狂である。


 彼女の不機嫌の理由は単に攻撃されたというだけではなかった。なぜ自分が倒されなければならないのかが本気で分からないのだ。彼女はこれまで、ただの一度も人間の船を襲ったことはない。自分の姿を見て攻撃してきた人間を反撃して追い払っていただけである。


 だが、確かに人間の船は沈んでいるのだった。巨大な蛸の足に絡めとられて。

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