伯爵夫人とカトリーヌちゃん
そいつは見たこともない不気味な姿をしていた。
蛇のように長い身体を持ち、人間のような腕があり、顔は虎のもので、背中にはよく分らない背びれがついている。どこからどう見てもこの世に存在してはいけない邪悪な怪物だ。振り返り、その姿を見ただけでモルガは失神しそうになった。ユーディットが剣を構え、それの出方をうかがう。
と、伯爵夫人が口を開いた。
「ああ、なんて可愛いのかしら! はい、カトリーヌちゃん。あなたの大好きなシュークリームですよ」
『きゅぅぅううん』
謎の怪物、カトリーヌは伯爵夫人に差し出されたシュークリームを見ると歓喜の声を上げ、一生懸命ペロペロと舐め始めた!
「おほほ、ごめんなさいね驚かせてしまって。この子はカトリーヌちゃん、ひなたぼっこが大好きなのだけど、町の中で呼ぶと怖がられてしまうから……こんなに可愛いのに」
伯爵夫人は心から残念そうにため息をつく。なんということだろう、美的感覚がおかしい人間はユーディットだけではなかったのだ! むしろこれはかなりの上級者! ユーディットは膝をついて教えを請わなくてはならない。
「なーんだ、友達だったのね。凄い圧力を感じたから敵かと思っちゃいましたよ」
「それでいいのか……いや、同類だったな」
ユーディットとモルガは警戒を解き、武器をしまう。だが、この二人は護衛で来ているのだ。伯爵夫人とカトリーヌちゃんが敵ではなかったとしても、襲ってくる敵に備えなくてはならないだろう。
『ギシャアアア!』
上空から大きな声が聞こえる。これは鳥の鳴き声のようだが、モルガがこれまでに聞いたどんな鳥の声よりも大きく、威圧的だ。
「あれは、ガルーダ!」
伯爵夫人がそれの正体を看破する。ひと目で分かるとは、この女ただものではない。いや、さっきからただものだった瞬間が存在しないのだが。
ちなみにガルーダは巨大な鳥の怪物で、蛇を食べることで有名。カトリーヌちゃんは確かに蛇っぽいが、そんなの食べたらお腹壊すぞガルーダよ。
「空から来られたらナイフじゃどうにもできねえぞ、炎で追い払えないか?」
「うーん、ちょっと遠いなー」
試しにユーディットが剣から炎を放つが、ガルーダが旋回する上空までは届かない。向こうは襲い掛かる機会をうかがっているようだ。
しばらく睨み合いを続けていると、シュークリームを食べ終わったカトリーヌちゃんが急にその場でとぐろを巻いた。何事? と三人が彼女(?)を見つめると、突然飛び上がった!
『グルゥアアアア!』
獰猛な叫び声を上げながら、カトリーヌちゃんは一直線にガルーダに向かっていく、とんでもないジャンプ力だ!
『ギシャアアア!』
ガルーダもかぎ爪を突き出して迎え撃つ。空中で二体の怪獣がぶつかり、そのままもみくちゃになると、一緒に地面まで落ちてくる。どうやらカトリーヌちゃんはたくましい二本の腕でガルーダの両翼を掴み、身体を相手の身体に巻き付け、喉元に牙を突き立てている。ガルーダのかぎ爪はあえなく空を切り、ジタバタともがくことしかできない。
ドスゥゥゥン!
そのまま二体は地面に激突し、大量の土煙が舞い上がる。
「すげー……」
モルガは一瞬のうちに行われた激しい戦いを目の当たりにし、ただただポカーンと口を開けていることしかできなかった。これは彼が悪いのではない。人類の99%は彼と同じ反応しかできないだろう。突如として発生した怪獣大決戦に介入できるような強者はそういない。
「えいっ!」
そこに、ユーディットが地を蹴り土煙の中へと飛び込んでいく。攻撃できる範囲内に敵が落ちてきたので、すぐに攻撃を開始したのだ。実に冷静な判断力と言えるが、恐らくただ何も考えていないだけだろう。だって変態だし。
『ギシャアアア!』
ガルーダが叫び声を上げる。カトリーヌちゃんに噛みつかれても、さすがの怪物まだまだ元気。だが次の瞬間、首から上が宙に舞った。
『きゅぅぅううん』
カトリーヌちゃんが甘えた鳴き声を上げて伯爵夫人の元へと帰っていく。決着がついたのだ。
「これ焼いたら食べれるかな?」
土煙が収まると、そこにはガルーダの足を持って逆さまにぶら下げ、首から血を抜いているユーディットの姿があった。ワイルドだろぉ?
「意外と美味いかもしれないな」
モルガは呆れたようにククリナイフを鞘に納めた。コイツは何もしていない。
「あらカトリーヌちゃん、運動して眠くなっちゃったのね」
そして、伯爵夫人はカトリーヌちゃんをどこか分からない場所にしまい、二人に笑顔を向けたのだった。
「ありがとうございました、おかげさまで素敵な休日が過ごせましたわ。また次もお願いしますね」
こうして無事依頼を終え、思いがけない戦利品も持ち帰った二人はそこそこのお金を手にするのだった。
「ガルーダを素材にして……ゲヘヘ」
モルガは、何やら不吉な呟きを耳にしたような気がした。
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