冒険者って何なのさ?

「ところでずっと疑問に思っていたことがあるんだ」


 町へと向かう道すがら。モルガはユーディットに質問を始めた。ユーディットがお前を可愛いと言ったのは感覚がおかしいからだぞ。今のところ突然襲われたりはしていない。どうやら真面目に仲間として共に力をつけていくつもりらしい。


「なぁにー?」


 ユーディットは道端に落ちていたなんかいい感じの棒を振り回して遊んでいる。子供か!


「冒険者って何をする人間なんだ?」


 おおっとここで根本的な質問が飛び出したぞ! 当たり前のように冒険者という言葉を使ってきたのに、そもそも何者なのかが分かっていなかったー!


「うーん、冒険者なんだから冒険するんじゃない?」


 それでいいのかユーディット? 冒険者になるために家出してきたのに、冒険者のイメージがふわっとしすぎ!


「冒険なんてその気になれば誰でもできるだろ。わざわざ冒険者になるってことは、特別な意味があるはずだ」


 鋭いツッコミを入れるモルガ。なんだこいつ、ゴブリンのくせに理屈っぽいな。


「確かにー。まあそういうのはギルドで説明してもらえるよ!」


 それに対して大雑把すぎるユーディットだが、彼女の言うことももっともである。分からないことをあれこれ考えても仕方がない、冒険者とは何かを知りたかったら当事者に聞けばいいのだ。


 そんなわけで二人は最寄りの町にやってきた。森の中を貫く交易路にそって南に進んだら、わずか一時間ほどで森を抜け、平原の先に町を取り囲む城壁が見えてきたのだ。


「あれはアルスターの町だよ。毎年外側に城壁を新築して、上から見たら切り株の年輪みたいに見えるのが特徴なんだって」


 なんとも不便そうな形状だが、内側の城壁には至る所に通行口が作られており、目印にもなっているので迷いにくい。徐々に町を大きくしながらも警備をしやすくするための知恵だ。城壁の上を渡るための橋もかけられていて、各所に設置された大型のいしゆみで空から襲ってくるモンスターを撃退できる。とにかく防御にこだわった町なのである。


「ビビりの町ってことか。なんか親近感が湧くな!」


 ゴブリンに親近感を覚えられるなど、町の人々にとっては屈辱以外のなにものでもなかろう。


「それじゃあ、中に入ったらまずは冒険者ギルドにいこー!」


「おー!」


 すっかり打ち解けた様子だが、モンスターとしての矜持はどこへ行ったのやら。とはいえ非力なゴブリンが単独でやる気を見せても何もできずに野垂れ死にだ。ゴブリンを愛でる変態に出会えたのはむしろ幸運とも言える。


「おい、なんだそのゴブリンは。モンスター使いテイマーか?」


「この子はモルガ。私のだぁりん(はぁと)」


「……そうか。通れ」


 町の入り口でさっそく警備兵に見咎みとがめられるが、ユーディット、余裕の妄言! 変な旅人には慣れているのか、ゴブリン一匹ぐらいどうでもいいと思っているのか、警備兵は特に追及せずに二人を通過させるのだった。それでいいのか警備兵。


「ずいぶんあっさりと通してくれるんだな」


「危険度チェッカーがあるからねー」


 危険度チェッカーとは、城門に設置された魔法具の一種である。そこを通過する者が町に害意を持っているか、更に戦闘力的に危険であるかを測ることができる。本当に強力な悪魔などは簡単に騙して通れるのであまり過信するべきではない。


「冒険者ギルドにようこそ!」


 町の案内に従って冒険者ギルドに到着した二人を出迎えたのは、一見して大きな酒場のような建物だった。扉を開けて中に入ると、すぐ横にあるカウンターから受付の人物が声をかけてきた。厚めの服の上からでも分かる筋肉を誇る大柄な中年男性である。ブラウンの短髪と口髭がむさ苦しさを感じさせる。


「こんにちは、冒険者になりたいんですけどー」


「冒険者って何する仕事なんだ?」


 ユーディットとモルガが口々に話しかける。受付の男性は嫌な顔一つせずに答えた。


「やあ、冒険者志望はいつでも大歓迎だ! 冒険者ってのはな、簡単に言えば何でも屋だな。依頼を受けて仕事をこなし、報酬を得る。その金で飲み食いしてうちに金を落とすって寸法よ」


 ガハハ、と笑って登録用紙を二枚取り出す。羊皮紙が使われることの多いこの世界には珍しく、木材から作られた紙だ。


「文字は書けるか? ここに名前を書けば登録官僚だぜ。ゴブリンの兄ちゃんも登録すれば、ちゃんとこの町の住民として扱われるからな」


 同じようなモンスターが多いことをうかがわせる手慣れた対応に、モルガも驚いたような感心したような顔をしてペンを手に取る。あのペイントを見る限り、まともな文字がかけなそうだが大丈夫か?


「モ・ル・ガ……っと、これでどうだ?」


 案の定、とても読めたものではないゴブリンの文字を書くモルガ。ちなみに隣の変態も同じぐらい汚い字を書いている。こいつは人間だったような気がするが、もしかしたらゴブリンだったのかもしれない。


「オーケー、これで契約完了だ!」


 いいんだ!?


 筋肉オヤジはまたガハハと笑って紙を手に取る。そしてもう片方の手をかざすと、なんと二人の書いた謎の図形が綺麗な文字に変化していく! 見た目に似合わぬ魔法使いだった!


「おお~……」


 感動する二人の顔と用紙を見比べながら、オヤジは言う。


「ふむ、ユーディットにモルガだな。二人の実力で任せられる仕事はいくつかあるが、早速受けてみるかい?」


 テキパキと話を進めていくマッスル魔法使いだが、ここでモルガが手を上げた。


「あの! ゴブリンでも強くなれるのかな?」


 その目は真剣そのものだった。魔王になってやるなんて息巻いていたが、スライムに苦戦した経験から、自分なんかが強くなれるのかと不安に思っていたのだ。


「そうだな……愛があれば強くなれるぞ」


「愛!?」


 愛は全てを解決する。筋肉な魔法使いはまさかのロマンチストだった! うわっ……おっさんの属性盛りすぎ!?


「愛だったら任せて! モルガちゃんの全てを愛しつくしてみせるわゲヘヘヘ」


 そしてこの変態である。


「いや、愛っていうのはそうじゃなくてだな。モンスター使いがやるんだが、モンスターは専用の素材を使って強化することができる。それがかなりの手間を必要とするので、愛がないと強くできないとよく言われているんだ」


 モンスターを強くするには特別な手段が必要なようだ。むしろ人間はどうやって強くなるのか気になるところだが、そこを疑問に思う者はいなかった。


「分かったわ! 頑張って最強のモンスターになろうね!」


「お、おう……手間がかかるのか」


 何はともあれ、二人は最強を目指すことにした。冒険者になるということ以外特に何も考えていなかったユーディットには、ちょうどいい目標ができたと言える。モルガはなるようになれ。


「ところで、おじさんのお名前は?」


「ジョセフィーヌだ」


 なんだその……なんだ?


 二人は筋肉魔法使いオヤジの名前には触れず、初めての依頼を選ぶことにするのだった。

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