ユーディット登場!

 あれから数分が経過した。人間の娘は既に逃げ帰り、森の中ではゴブリンとスライムが死闘を繰り広げる、謎の状況が出来上がっている。


「くっそ、なんでスライムがこんなに強いんだよ!」


 お前が弱いんだよ。


『キシャアアアア!』


 他に何か言えないのか。しょせんは巨大なアメーバ、知能も低いようだ。このまま不毛な戦いが続くかに見えた、その時だった。


「えいっ!」


 可愛らしい声が響く。さっきの娘のものではないが、少女のような声だ。次の瞬間、スライムは真っ二つになり、モルガの身体から離れた空中で燃え上がった。火の魔力が込められた斬撃によるものだ。モルガは見たことがなかったが、人間の冒険者がよく使う武器に魔法武器と呼ばれるものがある。その名の通り、魔法の力を持つ武器だ。様々な種類があり、熟練者は状況によって使い分けをするという。


 つまり、彼を助けてスライムを焼き殺したのは人間の冒険者なのである。


「なっ、なんだぁ!?」


 突然の出来事に驚き、声のした方を振り返る。と、そこには何故か頬を紅潮させ、荒く息をつく少女が立っていた。その目は明らかにモルガを直視している。


「ハァハァ……」


 輝くような金髪は腰まで伸び、透き通るような白い肌は、興奮でピンクに染まっている。大きな青い目は潤んでいるようだ。そして荒い息。これは明らかに欲情している! 目の前にいるのはお世辞にも整っているとは言えない醜悪な顔をした全身緑の小柄なモンスター、しかもブサイクなペイントが身体に施されている。まさかコレに欲情する変態少女なのか?


「あ、ありがとうな。なんか息が荒いけど、走ってきたのか?」


 ゴブリンのくせに純情なモルガは、目の前の女がなぜ息を荒げているのか分からずにいる。そして女は口を開いた。


「か……」


「か?」


「可愛いっ!」


「はぁっ!?」


 へ、変態だ――――――ッ!!


「こーんなちっちゃい身体で頑張って女の子を守るなんて、偉いのねぇ。お姉さんとイイコトしない?」


 もはや発言の全てがセクハラである。外見が美少女なだけの変質者だこれ! ついでに言えばモルガが先ほどの娘を助けるためにスライムと戦っていたと勘違いしている。どうするモルガ? まさか群れを追放された途端に貞操の危機が訪れるとは、天上の神でも予想がつくまい!


「え、いや、俺はそんなつもりじゃ」


「謙遜しなくていいのよ、頑張ってスライムを追い払ってるところ、ちゃーんと見てたからねっ!」


 いや、モルガは尻もちをついた娘を襲おうとしていただけだ。変態少女は有無を言わさずモルガを胸に抱きかかえる。あまりに理解不能な行動をされ、モルガは逃げる間もなく捕まってしまった。しかもこの変態、力が強い! もがいてもビクともしない! モルガ、絶体絶命のピーンチ!


「うぐぐ、ちょっと待ってくれ! 俺は……俺は魔王になるんだ!」


 いきなり何を言い出すんだこいつ。どうやら錯乱しているようだ。人間の冒険者相手にそんなことを言えばそのまま首をひねられてジ・エンドである。モルガの旅はここで終わってしまった!


「そうなんだー、魔王になりたいんだー」


 おっと変態これを軽く流した! まあ非力なゴブリンがいきなり魔王とか言い出しても信じる奴はいない。命拾いしたようだな。まるで犬か猫を抱きしめているかのように、モルガの頭をではじめる変態。もはや完全に愛玩動物扱いである。


「お、俺は……ゴブリンの群れから追放されて……見返してやりたくて」


 自分の惨めな境遇を思い返したモルガは、少女の胸の中で涙をこぼす。そのまま自分が追放された理由を語り、群れの仲間達を見返すために強くなろうとしていたのだと説明した。同情を引こうとしているわけではない。ただ、突然群れから追放されてひとりぼっちになった寂しさに耐え切れず誰かに話を聞いて欲しかったのだ。相手が人間だろうとこの際どうでもよかった。


「そっか、人間を襲わないから追放されたんだ。いい子だねー。それじゃあさ、私と一緒に強くなって魔王を倒しにいこ! そうして君が次の魔王になって人間と仲良くするの。うん、完璧な計画だね!」


「強く……なれるのか?」


「どんなことだって、やってみなきゃ分からないでしょ? やれるだけのことをやって、それでもダメだったらまた別の夢を目指して進むんだよ。やる前から諦めていたら、どんな夢もつかめない」


 変態のくせにいいことを言い出したぞ。変態のくせに。


「私はユーディット。昨日お父さんの魔法剣を盗んで家出してきたの。これから冒険者デビューしようと思ってたんだ」


 変態は冒険者ではなく家出少女だった! 勝手に親のものを盗んではいけないぞ。


「俺はモルガだ。ゴブリンが冒険者と一緒にいて大丈夫なのか?」


 その点については、実はあまり問題がない。冒険者の中にはモンスターを相棒にしている者も少なくないのだ。


「へーきへーき、それじゃあ町に向かってしゅっぱーつ!」


 こうして、変わり者のゴブリンと頭のおかしい少女の旅が始まるのだった。こんなコンビで大丈夫か?

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