婚約破棄されて群れから追放されたゴブリンですが、変態美少女勇者の愛により究極スキルをゲットして魔王に成り上がります!

寿甘

突然ですが、婚約破棄されました。

 あなたはゴブリンと聞いて、どのような生物を想像するだろうか?


 醜い小鬼? 厄介ないたずら者? それとも邪悪な人類の敵だろうか?


 初めて聞いたという人は、これから語られる一匹のゴブリンの性格が、通常とは違うものだということだけはご承知おき願いたい。


 そう、この物語の主人公であるゴブリンのモルガは気弱で優柔不断。到底人類の敵にはなり得ない無害な存在なのである。しかし、それが原因で彼は長い旅に出ることになるのだ。


 ではそろそろ始めようか。婚約破棄されたゴブリンが魔王に成り上がって女勇者と結ばれることになる、壮大なの物語を。


◇◆◇


「モルガ、お前とアンシラの婚約はなかったことにする。ついでにお前はこの群れから追放だ」


 群れの長がモルガに冷たく言い放つ。突然の言葉に彼は絶句してしまった。それもそのはず、モルガは愛しのアンシラとデートに出かけようと、プレゼントの花束を持って鼻歌交じりにやって来たのだ。


「そんな、一体どうして!? アンシラはなんて言ってるんですか?」


 しばしの沈黙を置いて、モルガは長のマックスに説明を要求した。当然だろう、昨日までアンシラとは仲良くデートを繰り返していたのだ。今日こそはキスをしちゃうぞーなんて思いながら、緑の肌に気合の入ったペイントをしてきた。ペイントするのに日の出から昼前までかけてしまうほどの気合の入りようだ。


 ちなみにペイントの図柄は……なんだろう? ちょっと理解に苦しむ造形をしているが、恐らくゴブリンの男女がキスをしているんじゃないかな? いや、表現がストレートすぎるだろ。もうちょっと遠回しにアピールできないのかこの下手くそ!


「妹はお前の煮え切らない態度に愛想が尽きたってさ。昨日が何度目のデートだと思ってるんだ。そもそもお前はゴブリンのくせに人間を襲おうともしない」


「いや、だって……生涯の伴侶となる相手とはちゃんとした手順をおって愛をはぐくむべきじゃないですか。それに人間を襲って何の意味があるんです?」


 おーっとモルガ、ゴブリンの生態を全否定だ! これは追放やむなし、ざまあ展開とかあり得ない。どう考えてもモルガが悪い! 自分の種族を考えろーーっ!!


 緑の顔を怒りでどす黒く変色させたマックスは、モルガを蹴り飛ばして群れの集落から追い出しましたとさ。ぶち殺されなかっただけありがたいと思えよ?


◇◆◇


「くっそー、なんて奴等だ! なにがゴブリンのくせにだよ、多様性を尊重しろーー!!」


 追い出されたモルガ、一丁前に逆ギレしております。お前がゴブリンの性質を尊重しろ。


「こうなったら、人間を襲いまくってめっちゃ強くなって悪の魔王として君臨してやるからな! 魔王になってから媚びてきたってもう遅い!」


 一応、モンスターとしての矜持きょうじがあるのか人間を襲う気になったらしい。別に人間を襲っても強くはなれないけどな。


「どこかに都合よく弱ってる人間がいないかな……戦士とか出てきたらいきなり旅が終了してしまう。自慢じゃないが俺は弱いんだ」


 本当に自慢じゃないな。一人でブツブツ言いながら森をさまよい歩くモルガだが、どうやら人間の馬車が通過する交易路を狙うつもりのようだ。そんなの護衛の冒険者がてんこ盛りに決まっているだろう。弱っている人間を探すなら人里近くまで行けよ。


「……いたっ! 人間の娘だ!」


 だが、モルガは都合よく一人で森の中を歩く人間の娘を発見した。実は、この森に生えている薬草が彼女の父親の病気を治す特効薬になるのだ。あまり裕福でない彼女の家は、唯一の稼ぎ頭である父親が病に倒れたために日々の暮らしも精一杯。薬を買おうにも先立つものがないので、危険だと分かっていながら健気にも一人で薬草を採りにきたのだ。もちろん護衛を雇う金などあるはずがない。


「しめしめ、いかにも戦えなそうな市民シビリアンだ。俺の魔王道を踏み出す第一歩にふさわしい獲物だぜ」


 悪い顔をして身をかがめ、茂みの中を静かに進んでいくモルガ。今この瞬間、彼は確かに邪悪なゴブリンそのものであった!


「うう、怖いよぅ……こんな遠くまで来たら、モンスターに襲われちゃう。でもここにしか薬草はないし」


 娘はビクビクと怯えながら薬草を探して歩く。慎重にその後をつけていくモルガ。いや、とっとと襲えよ。


(やっべぇ、どうやって襲い掛かったらいいんだ? 抵抗されたらどうしよう)


 気弱で優柔不断なモルガは、どう見ても戦闘能力が皆無な人間の娘を襲うことすらできずにいた。要するに、ビビりである!


「あった!」


 娘は目当ての薬草を見つけ、一気に駆け出す。こんな場所で周りが見えなくなると危険だぞ、後ろにゴブリン(ビビり)もいるし。


『キシャアアアア!』


 待ち構えていたかのように、粘着液のようなモンスターが現れた。スライムである。威嚇して鳴いているが、一体どこから声を出しているんだろうな?


「きゃあああ!!」


 突然襲われ、驚きのあまりその場に尻もちをつく娘。これは絶体絶命のピンチ! きっとスライムが身体にまとわりついて服を溶かし、あられもない姿を披露させられてしまうのだろう。さあスライムよ、やってしまうのだ!


「今だっ、うおおおお!」


 そこに空気を読まないゴブリンが飛び出してきた。その手に持った粗末な刃は、かろうじて人間の皮膚を貫く程度の切れ味しかない。しかし、腰を抜かした娘を刺し殺すには十分だ。ついにモルガは人間を仕留めることに成功するのか!?


『キシャアアアア!』


 なんと、獲物を横取りされると思ったのか、スライムがモルガに粘液の触手を伸ばして攻撃を仕掛けた。いや、お前の役目はそっちじゃない。


「なんだこいつ、邪魔するんじゃねええ!」


 そしてモルガはスライムに反撃を始める。二匹のモンスターが戦いを始め、人間の娘は完全にスルー。これはいけませんねえ。


 スライムとゴブリンは実力伯仲、激しい死闘を繰り広げる。具体的にはネチャネチャとへばりつくスライムをモルガが短剣で斬っては払いのけ、反撃で斬りつけてもスライムにはあまりダメージが与えられない。泥仕合! 完全な泥仕合だ!!


 通常ならこんな戦い方をしていれば皮膚が食われてダメージを食らうが、体中に塗りたくったペイントがいい感じにスライムの消化液を弾いている。なんとペイントが簡単に落ちないように防水性に優れた顔料を使っていたのだった!


 そんなことをしている間に娘は薬草をゲット! 走って逃げ帰るのだった。


「うおおおお!」


『キシャアアア!』


 目的を見失ったアホどもの戦いは続く――

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