出国

第3話 出発 21/11/30

 彼女は貴族家に生まれて蝶よ花よと育てられたと勝手に思い込んでいたが、ちょっと違ったらしい。

 なんでも国一の嫌われ貴族でかつて建国時の立役者の血筋である以外誇ることは他になく、荒れている父から母に守られながら育ったとか。


 大抵のことは自分でできるようにならないとやっていけない家庭環境で育ったため、貴族として最低限の所作しか身につけてこれなかったのだとか。


 だから町娘並みには動けるし、昔は婚約者とよく走り回って遊んでいたらしい。


 あ,おう。

 そういえばあいつ貴族だったもんな。すっかり馴染んでたから意識してなかったけど、普通農民に混じって遊んでいい身分じゃないよな、うん。


 話の節々から確定してほしくない婚約者像のピントが合い、幼馴染の姿が浮かび上がってきたが今はとにかく知らないふりだ。


 とりあえず名前を隠すため『コノハ』という偽名を授ける。前世のネーミングセンスはこの世界では不思議な感じがするのだが、世を偲ぶのになんとなくあってるのと可愛いと思ったからこれで決定。


 俺のことは『ご主人様』とそのまま呼ばせている。

 チェーンは外せるけど首輪は専門の魔法がなければ取れないのでどうせバレるし。全然趣味じゃないんだけどね? ちょっと気恥ずかしさとくすぐったい照れを感じたけど別に悪くはないとは思ってないわけではなくもないだけだし?


 とにかく朝起きて二人で背を向けながら着替え終わった後、荷物をまとめて今まで世話になった宿の主人に礼を言って街へ繰り出す。


 チェーンを外して首輪の上からマフラーをさせているため奴隷とはばれていないようだが、俺自体が目立つ存在なので魔道具屋で認識阻害のローブを二つ買ってコノハに被せて、足早に旅の支度を済ませていく。


 コノハはその時になってようやくこの街から出るということに気が向いたらしく、英雄のはずの俺が何故コソコソ隠れるようにしているのか恐る恐る聞いてきた。


 まあ、ご主人様が怪しい動きしてたら心配するよな。

 有名だから出かける時はあまりバレないようにしないといけない(嘘)。そう言って誤魔化して荷車を買って、まずは王都を出る。


 検問の時危うく騒がれそうになったが密命だと囁けばチョロかった。いや、王様に伝があるのは周知の事実だけど誰からの密命かは明言してませんし?

 英雄からの見逃してくれという密命であることを伏せて、俺はコノハを乗せて荷車を引く。


 さよなら第二の故郷。俺の黒歴史。幼馴染たち。

 そして知らなかったとはいえ間男になって悪かった。

 これ以上手を出すつもりはないし、首輪が取れたら帰ってもらえるように準備はするから。


 純潔を奪ってしまったのはどうにもできないことだが、だからといって幼馴染をこれ以上裏切って引き裂くことなどできるわけがない。


 俺の存在と初体験のことについては伏せてもらって、いつか想像したようなコノハとの幸せな家庭を築いてもらいたいものである。


 俺?

 俺はもう間男だ。幼馴染に合わせる顔がないので新天地で頑張ろうと思う。


 まず目指すのは、冒険者たちが賑わう世界唯一の迷宮が存在する隣国。この国を出るなら貨幣の換金と新しい身分証が必要だからだ。それに、迷宮にはどんな古傷でも癒す秘薬が稀に発見されるらしい。


 すでに子作りしてしまったとはいえ、まだ孕んではいないだろう(希望的観測)。それでコノハの処女が戻るのなら探してみる価値はある。

 他にもドラゴンスレイヤーの名前が知れ渡っていても国境を越えれば顔を知る人間も極端に減るはずだ。

 目指さない理由がない。


「………………」

「………………」


 相変わらず二人して無言のまま、俺が荷車を引いてコノハと荷物を運んで歩いて行く。


 隣国まで、あと三日。

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