第44話 新たな結束

 階層フロアの中央から緩やかに光彩が生まれ出す。

 それと同調するように、居住エリアにも活気が灯り始めていく。

 皆それぞれが武器を手に防具を纏い、人の群れが作られると、重い足取りで戦地へ進路を辿る。

 

 結局、昨日は碌に寝れなかった。


 エリシュと階層主フロアマスターの屋敷を抜け出してから、ずっと考えていた。

 確かにあの女神は、俺を玲奈と同じ世界に転生させると言っていた。

 だけど、玲奈の転生対象が人間だとは、一言も聞いてはいない。

 俺がこの体———同年代のブレイクに転生したものだから、てっきり人間に転生しているものだとばかり考えていた。


 転生というからには、自我意識の存在する生物だろう。

 そしてハラムディンの国民で、その可能性がある者はいなくなった。

 あとは復活の時期がピタリと一致する、外魔獣モンスターのボス『冷徹の魔女』。


 ……やりかねない、あの性悪女神なら。グレーゾーンギリギリを涼しい顔で攻めそうなヤツだったから。

 しかし、よりによって外魔獣モンスターのボスとは。意志の疎通が叶う相手なのだろうか。


 決めつけるのは早計だが、確認しないと、玲奈かどうか。

 少なくとも、俺にはその責任がある。

 玲奈を探すためだけに、自らこの世界を選んだのだから。


「おはようございます」


 戦地となる大地を見つめる俺に、背後からクリスティの声が届く。


「ああ、おはよう」


 首だけ振り向く俺に、笑顔を見せるクリスティ。その後ろにはアルベートとエリシュの姿。


「みんな、聞いてくれ」

 

 振り返って姿勢を正し、仲間と正面から向かい合う。


「俺は今日、あのゲートを越えて、外魔獣モンスターの本陣を目指す」


 最下層は聖支柱ホーリースパインを包み込むように、全体の1/4ほどが居住エリアとなっている。それを大きく取り囲むのは岩肌が剥き出しとなっている外壁だ。だが、一箇所だけ、聖支柱ホーリースパインと同じく光が差し込んでいる場所がある。

 ハラムディンの外へと繋がるゲートと呼ばれる出入り口。そこから外魔獣モンスターが、ハラムディンの中に押し寄せてくる。


 外魔獣モンスターはハラムディン侵攻が目的だ。ならば、ゲートの先にいるはずだ。『冷徹の魔女』が。


「アルベート、クリスティ。……二人には感謝の言葉をいくら言っても言い足りねぇ。お前ら二人……そしてマルクがいなければ、俺はここまで辿り着けなかった。そして、俺の最後のわがままに付き合ってくれないか。……俺をゲートの側まで導いてくれないか」

「嫌っすね」

「あ、アルベート……そんな言い方をしないでも……」


 そっぽを向いているアルベートと、視線を泳がせおろおろするクリスティ。

 アルベートはマルクたちのチームに拾われてから日が浅いとはいえ、マルクをとても慕っていた。まるで父を慕う子のように。

 マルクのことが、胸にしこりとなって残っているのだろう。当然だ。


 アルベートは逸らした顔を少しだけ傾けて、視線を俺にぶつけてきた。


「最後って言うのが、嫌だってことっス! 俺はどこまでもついていきますよ! ヤマト兄貴!」


 ニカっと口元を吊り上げて、赤髪の青年は瞳を輝かせる。


「あ、アルベート、お前……。へへっ……ありがとよ」


 チームの輪に生じた亀裂が癒着して、以前よりも強固に継ぎ合わさっていく。


 ———本当に、コイツらと一緒で本当によかった。

 俺もいつの間にか、柔らかい笑顔に満ちていた。


「じゃあ早速、作戦を説明するわ」


 気持ちが一つに纏まったのを見届けたエリシュが、話を続けた。


「この階層フロアは、数千……いや軽く万を超える人と外魔獣モンスターの戦いの場。だけど、その戦地はとても広い。昨日も少し見たと思うけど、兵たちは数百から数千が陣形を組んで戦っていた。だから私たち四人だけなら、混戦を迂回しながらゲートの側まで辿り着けるはず」

「な、なるほどッスね……」

「でも、ゲート付近は流石に外魔獣モンスターで溢れ返っていると思います。そこは迂回とかすり抜けるとかでは無理なんじゃ……」


「……四人で進むのがいよいよ厳しい戦況になったら、俺のスキル『終焉なき恋慕ラブスレイヴ』を使う」


 三人の表情に、緊張感が浮かび上がった。


「そこからはスピード重視の一点突破だ。だから、お前たちはゲート付近で待機してても構わない。自分の命を守ることだけに専念して欲しい」

「じゃあ……兄貴は一人でゲートを越えて、外魔獣モンスターの本陣に斬り込むんですか?」

「殲滅、じゃなくて突破だけなら、一人のほうが外魔獣モンスターの分厚い壁を超えられると思う。……ただ、俺のスキルはそんなに長い時間は持たない。できればギリギリまでは温存しておきたいとこだけどな」


 作戦を伝え終わり、アルベートとエリシュも概要を理解すると、俺たちは食糧を広げ出した。


「さあ、戦いの前の腹ごしらえをしようぜ! ちっと量は少ないけどな」


 俺たちが動き出すのは、少し時間を置いてから。戦場が温まった頃合いが丁度いい。

 硬いパンを噛みちぎって、胃に流し込む。

 お世辞にも美味しいとは言えないけど、このメンツで食べる物はなんだって味が増す気がした。


「……もう私は大丈夫。アルベート、半分食べる?」

「もらうっス! ありがとうエリシュさん!」


 エリシュが差し出したパンを、アルベートが嬉しそうに受け取った。少しだけすがめた目のまま、エリシュは言葉を継いだ。


「……もしかしたら戦闘の最中、二人が驚くことが起きるかもしれない。そうなっても、気持ちを乱さないで頂戴」

「エリシュさん……。その驚くことってなんですか?」

「ごめんなさいクリスティ。不確定要素が多すぎて、今は言えないわ」


 口いっぱいにパンを頬張るアルベートと、クリスティが顔を見合わせる。

 俺は少しだけ悪戯な視線を二人に向けた。


「そうだな……。強いて言うなら、男気かな?」

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