第45話 お前の想いも背負ってやる!

「———さて、いっちょ行くか!」


 俺を先頭に、アルベートとクリスティが並んで続き、エリシュが最後尾を守る。

 当初の予定通り、規模の大きな戦闘集団に巻き込まれないよう避けながら、戦地を進む。

 目指すはハラムディンの玄関口。

 周りはどこもかしこも戦いの最中。魔法攻撃マジックアタックの火柱が、雷光が、そして大地を踏みつける砂煙が、視界を遮り行手を阻もうとする。

 だけど、決して迷いはしない。

 ゲートから差し込む外光が、俺たちをいざなってくれている。

 小走りで戦火の中を縫うようにして、少しずつ距離を詰めていく。


 ときどき集団で戦闘中の外魔獣モンスターが俺たちを見つけ、数体で向かってきたけど、余程の高ランク外魔獣モンスターでない限りは強行突破。それでも執拗に追ってくる外魔獣モンスターの集団は、交戦中の渦に巻き込むように誘導し、撒く。逃げる。

 外魔獣モンスターをなすりつけるようで気が咎めるが、綺麗事を言っていられる余裕はない。

 

(ゲートに着いたら、しっかりと敵の数を減らしてやるから、今は勘弁してくれ)


 心の中で弁明を繰り返し返すこと数度、ようやくゲートがその片鱗を見せ始める。


 そして、やっぱり予想通り。


 ゲートへと近づくにつれ、戦闘集団の間隔が狭まりつつあり、すり抜けることが難しくなってきた。近づいたと言っても、ゲートまではざっと50mはあるだろう。

 想像以上に大きいゲートの上半分だけが、群がる人と外魔獣モンスターの頭上にそそり立っていた。


(くそっ……まだ遠い。ここでスキルを使わないとダメなのか……)


 俺のスキルは燃費が悪い。しかも燃料は俺の命そのものだ。ゲートから敵の本陣までどれくらいの距離があり、外魔獣モンスターがどれだけいるかここからだと見当もつかない。

 未知数な部分が多すぎる。せめて目標を視認できる場所、最低でもギリギリまでゲートに近づいてから、スキルを発動させたいところだが。


(これ以上は、コイツら三人まで危険に巻き込んでしまうかもしれない。……やっぱり乗ってはこなかったか……)


 俺たち四人だけじゃ、これ以上は進めない。時間だけが刻一刻と過ぎていく。


「くっ……たぁ! ……ヤマトさん! 周りを見ても、抜けれそうな隙間はありません! どうしますか!?」


 クリスティが外魔獣モンスターの攻撃を受け止め、切り捨てた。目の前に立ちはだかる人と外魔獣モンスターの大波から少し距離を取っていた俺たちも、このままだと飲み込まれてしまいそうだ。


「仕方ねぇ! ここからスキルで突破口を切り開いてやる!」


 俺は目を閉じた。スキルを発動するために心を鎮め、神経を研ぎしましていく。

 不意に誰かの手が、俺の意識を呼び戻した。


「まだダメよ! 少し待って、ヤマト!」

「なんだよエリシュ! このままここにへばりついてたって、活路はないだろが!」

「違うの! ……ほら、聞こえない?」


 エリシュに促され、耳を澄ます。

 遠くに聞こえる喊声が、徐々にボリュームを上げていく。足元を揺らしていた小さな振動は、地鳴りへと成長を遂げていき。

 数千人の群衆がときの声を轟かせ、ゲートに向かって押し寄せてきた。


「———ブレイク王子! 今、参りますぞぉぉぉ!」


 先頭を走る男———階層主フロアマスターが剣を高々に掲げ、吠えていた。


「おーい! ここだここだ! よくきてくれたな!」

「おお! そこにいらしたか! 全隊、止まれぃぃぃ!」


 ———よぉし! よく動いてくれた!


 昨夜階層主フロアマスター宅に忍び込んだ俺たちは、剣の鍔に刻まれた王家の紋章を見せ、ブレイクだと名乗った。もちろん最下層の階層主が王子の顔など知る由もない。

 だけど聖支柱ホーリースパインからの思念伝達で、俺たちが国家反逆罪になっていることは階層主フロアマスターなら知っている。

 そして王子の国家反逆罪は上層階では騒がれていたものの、下層では噂にすらなっていない。

 早い話、そんなことに構っている余裕など下層にはないのだ。


 国家反逆罪を自ら口にすることで、逆に信憑性が上がり。

 去り際に放った一言が、階層主フロアマスターの心を揺さぶったのだ。


最下層こんなとこくすぶってるんだったら、俺に乗らないか? 一部の人間が搾取するこの国を、変えてやる。弱い者が救われる道を、切り開いてやる。その気があるんだったら明日、ゲートまで兵を連れてこい。俺は『冷徹の魔女』ってヤツに用があるからな」


 ———国を想うブレイクの意思。

 それを借りる形になったけど、一緒に背負ってやる。

 そして必ず玲奈も、救い出してみせる!


「……遅れて申し訳ない、ブレイク王子。第1階層の猛者どもを千人、予備兵二千人を引き連れて参りました!」

「おう! すまねぇな! お前らは前に群がる外魔獣モンスターの相手を頼む。ゲートまでの道を、こじ開けてくれ。あとは俺が一人で突貫する」

「な、なんとお一人で!? それはあまりにも無茶な……」

「いいから任せとけって。王子の本気ってヤツを、見せてやるよ!」

「ぎょ、御意ぃぃぃぃ! いくぞ皆の者! ブレイク王子の道を作るのだぁぁぁ!」


 階層主フロアマスターは感涙にむせぶと、兵を引き連れ怒涛の如く進軍を開始した。


「あ、あ、あ、あ、兄貴……?」

「や、や、や、ヤマトさ……ん……?」


 ……あ、ヤベェ。コイツらのこと、すっかり忘れて王子になりきってたわ。


「えっと、だな……なんて説明すればいいかうまく言えねぇんだが、俺はヤマトでもあって、ブレイク王子でもあってだな……」

「えっと……頭の中がぐちゃぐちゃで、よく分からないですけど……兄貴は兄貴、今はそれでいいですか?」

「ああ、それでいい。アルベート。それにクリスティ。……悪いな、今まで隠してて。無事に生き残ることができたら、ちゃんと説明するからよ!」


 階層主フロアマスターの一軍は錐行すいこうに陣を敷き、ゲートを取り囲む外魔獣モンスターの群れに激しく当たる。その後二手に分かれると、ゲートに群がる外魔獣モンスターたちを左右に押し出していく。


 そして、ゲートが完全に姿を現した。

 

 外魔獣モンスターの群れが雲霞のように続く先に、高台に乗った女の姿。

 あれが、玲奈なのか———!


「エリシュ! アルベート! クリスティ! できる限りでいい! サポートを頼む! でも危なくなったら、すぐに戦線から離脱しろよ! 味方の兵の中に紛れ込め!」


 俺はゲートに向かって駆けながら、命の炎をたぎらせた。


「———発動しろぉぉ! 『終焉なき恋慕ラブスレイヴ』!!」

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