第43話 階層主の意外な情報

 聖支柱ホーリースパインが輝きを沈ませて、一日の終わりを告げていく。

 外魔獣モンスターたちの姿は既に見当たらなく、戦地となっていた大地は茫漠ぼうばくたるその全貌を惜しげもなくあらわにしていた。

 階層フロア全体が宵闇に包まれる中、俺とエリシュは人目を忍びひたひたと歩き、目的の建物へと向かう。

 目指すは階層主フロアマスターが住む屋敷。目的の建物はすぐに見つかった。

 それは屋敷と呼ぶにはあまりにも誇張が過ぎる、木造の二階建てのこじんまりとした一軒家。

 ただ周りの家々が貧相すぎて、頭ひとつ抜きん出ていることは間違いないが。


「……まだ、起きているようね」


 廃屋の影から、俺とエリシュは屋敷を見上げた。

 二階の窓には、灯りに映し出された人影が揺れている。


「へっ。手間が省けたってもんだ。寝つかれちゃ、起こすのも面倒だ。このまま押し入って、さっさと聞くこと聞いちまおーぜ」

「……そうね。完全に周りが寝静まるよりは、そのほうがやりやすいかもしれない」


 エリシュの決断も早かった。

 俺たちは一階の扉を押してみる。幸いなことに施錠はされていなかった。

 物音を立てないよう慎重に扉を開けて中に入る。

 一階に誰もいないことを確認した後、二階へと向かう。

 一段上がるごとにギシと軋む階段に肝を冷やしつつ、登り切る。二階には部屋は二つしかない。


「えっと……この方角からだから、灯りがついていたのは、右側の部屋だよな」

「ええ、そうよ」


 右側の部屋の扉を少しだけ開く。

 部屋の中央の椅子に、男が一人。扉に背を向ける格好で腰掛けていた。


「エリシュ……これ、チャンスじゃね?」

「そうね。長居は無用よ。準備はいい?」


 俺とエリシュは口の形だけで数字を作り「3」からカウントダウンを同時に始める。

 ———2、1。

 扉を開け放つのと同時に、俺は部屋の中へと飛び込んだ。

 男に振り向く暇すら与えずに、後ろから左手で口を押さえ、右手を回し剣をちらつかせ、一言。


「動くな」

「っ———!!」


 男は多少の抵抗を見せたものの、外魔獣モンスターの血の匂いが染みついた剣を前に、動きを止め言葉を諦めた。後からゆっくりとエリシュが近づいてくる。


「夜分にごめんなさい。私たちは聞きたいことがあるだけなの。教えてくれたらすぐにおいとまするわ。騒がないって、約束できるかしら。……もし騒いだら、どうなるかは説明するまでもないわね。今までの話を理解できたのなら、頷いてみせて」


 男はゴクリと唾を飲み込み一つ頷いた。

 それを確認した俺は、左手をずらし、男の口元を解放する。


「あなたはこの階層フロアを統括する階層主フロアマスターで間違いないかしら?」

「あ、ああ。そうだ」


 よかった。この男が階層主フロアマスターで。

 こんな真似、俺だって好きでやっているわけじゃない。できればこの一回こっきりで済ませたいものだ。


「一ヶ月と少し前くらいに、王城から思念伝達があったでしょ? あなたが報告した内容、覚えているかしら?」

「い、一ヶ月……あ、ああ。覚えてる。確か病気の女の子がいるかどうか調べろって内容だった」

「正確には、病床から回復した十代の女の子だけど」

「あ、ああ。そうだった。言い間違えただけだ。だ、だから調べて該当あり、と報告をしたんだ!」


 階層主フロアマスターは少し震えながら、語尾を強めた。

 確かにエリシュのこの雰囲気は、鬼気迫るものがある。普段通りに話しているつもりだろうが、このシチュエーションで初めて聞くのエリシュの淡々とした物言いは、かなりヤバい。

 俺は少しばかり、階層主フロアマスターに同情をした。


「……で、その女性は、今どこにいるのかしら?」


 いよいよだ。

 ようやく玲奈の居場所が分かる。

 少し時間は掛かってしまったけど、俺はようやくここまで辿り着いた。

 玲奈に会ったら待たせてしまったことを、素直に謝ろう。

 怖い思いをしたのなら、気持ちが楽になるまでいくらでも話を聞いてあげよう。

 この世界が嫌になったというなら———。







「その女性なら、死んだ」


 ……は? な、何を言ってるんだ、コイツ。


「あの連絡の後、容体が急変して死んでしまったんだ!」


 俺は剣を投げ捨てて、男の前へと躍り出る。

 胸ぐらを掴み、思いっきり顔を引き寄せた。


「おい! テメエェェェ! 吹いてんじゃねぇぞコラァ! アイツが……玲奈が、そんなに簡単に死ぬ訳ねーだろがぁぁぁぁ!」

「れ、レイナ……? だ、誰だそれは? その名前には心当たりはないが……ともかく、その女性が急死したことは嘘じゃない! 本当なんだ! 信じてくれ!」


 頭の中が真っ白になった。

 体の力が抜けていき、階層主フロアマスターの襟が手からするりと抜け落ちる。


 ———じゃあ、一体誰が玲奈なんだ。


 80階層の階層主フロアマスターの娘か、50階層の娼婦だったのか。……いや、あり得ない。

 俺は『俺のまま』この世界に転生してきた。その根っこは変わっていない。

 もし仮に、一時的に記憶障害か何かを起こしていたとしても、性根の部分まではいくらなんでも変わらないだろう。

 それなら一体……。まさか、あの女神が嘘をついたとでも……。


「ねえあなた。その女性について王城から連絡があった時期に、他に何か変わったことはなかったかしら?」


 俺の拘束から逃れた階層主フロアマスターに、レイピアを突きつけながらエリシュが問いただす。


「あ、アンタらは一体……」

「余計な質問はしないで頂戴。こちらの質問にだけ簡潔に答えて」


 向けられた切っ先を凝視しながら、階層主フロアマスターは考え出した。


「一ヶ月くらい前くらいだよな。……そ、そうだ!」

「……何?」

「丁度その頃から、外魔獣モンスターの侵攻が激しく……い、いや、元通りに戻ったんだ! それまでしばらくは外魔獣モンスターどもも随分と、おとなしかったのに……」


 エリシュも理解しかねるといった表情で、整った眉根を少し寄せる。エリシュのレイピアが階層主フロアマスターの顔に少し近づき、続きを話せと無言で促す。


「ぜ、前線の兵士から聞いたんだが、外魔獣モンスターの親玉『冷徹の魔女』が戦線に復帰して、陣頭指揮を取り出したって話だ!」



 ……冷徹の……、だと……?

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