第42話 最下層

 エリシュ渾身の魔法攻撃マジックアタックが、階段に蔓延はびこ外魔獣モンスターどもを一掃した。

 爆煙を掻き分けて、転がるように階段を降りる。


 とうとう辿り着いた、最下層———第1階層。


 とてつもなく広大な大地が、絶え間なく揺れていた。

 高い建造物は見当たらず、遮るものの少ない視界のあちこちに立ち登る砂煙。唐突に咲き乱れる血飛沫。風に漂う臓物の匂い。沸き起こる壮烈な喊声、悲鳴、断末魔。


 俺は日本の歴史が好きだった。特に群雄割拠の戦国時代。小説も数多く読み漁った。大軍同士による合戦、奇襲、攻城戦。文章や挿絵から実際の史実を空想して、胸を躍らせていた。


 だけど、事実は小説より奇なり、だ。

 今、目の当たりにしているこの景色は、俺の想像の範疇を完璧に超えている。


 数千単位の人と外魔獣モンスターが命を削り合うさまを目の当たりにして、その頃の光景とはこんな感じなのかもしれないなと、漠然と見入ってしまった。実際に同じ地に立っているにも関わらず、どこか他人事のようにさえ思えてしまう。


「ヤマト。まずは体を休ませましょう」

「そうだな。……って、あっちこっちで戦ってやがるもんだから、周りがよく見えね。どこに行きゃいいか分からねぇな、こりゃ」


 俺たちは交戦中の集団に巻き込まれないように、なるべく壁伝いを小さくなりながら隠れ歩く。しばらく進むと激戦地から遠ざかり、野戦病院のようなテントがいくつか見え出した。

 そっと近寄りテントの一つを覗き見る。

 予想通り傷を負った人たちが治療を受け、体を休めていた。

 

「えっと、すみませーん」

「なんだいアンタ? まだ動けるなら、さっさと戦いに行っとくれ!」


 テント内にいた大柄なおばさんに声をかけたら、いきなりキレられた。

 エリシュが間に入ってくれ、事の経緯を説明し出す。おばさんの手のひらに、そっと金貨を握らせて。


「居住エリアは、もう少し奥だよ」

「あと階層主フロアマスターのお住まいって、何処だか分かるかしら?」

「居住エリアの中央にある、ちょっと背の高い建物さね。だけどあの人は、いっつも戦地を飛び歩いているからねぇ。夜にならないと、戻ってこないよ」


 態度を一変、満面の笑みでおばさんに見送られた俺たちは、案内された方角へと向かう。


 住居エリアは、今までの中でも群を抜いて酷い有様だった。

 立ち並ぶそのほとんどが、屋根がかろうじて建てられただけの粗末なもの。日中、日除けができれば上等なレベル。ぽつりぽつりと建てられている荒屋あばらやですら、もはや屋敷に見えるほどだ。

 路傍ろぼうには戦いに散っていった亡骸が無惨にも放置され、腐臭が一帯を覆い尽くしていた。戦火の激しいこの階層フロアでは、弔う時間すらないのだろうか。この光景は筆舌に尽くしがたい。

 

 そんな状況下なのだ。当たり前と言えばそれまでだが、この最下層には宿場など存在しなかった。

 俺たちは手頃な空き地を見つけ、ボロボロの防具を外して横になる。

 今だ失意の中にいるアルベートとクリスティに変わりエリシュが買い出しへと出かけると、程なくして戻ってきた。


「手持ちのお金とドロップアイテムをすべて売っても、これだけしか買えなかったわ」


 エリシュが手にしていたのは、回復薬ポーションが6本に、水と僅かばかりの食料のみ。


「……たったそれだけか。世知辛いねぇ、この階層フロアは」

「武具やアイテム、それに食糧も、絶望的に不足しているみたいね」


 エリシュが回復薬ポーションを一本ずつ手渡していき、皆一気に飲み干した。

 傷口の出血は止まり、幾分か体力が回復したものの、全快には程遠い。


「……それでヤマトさんたちは、これからどうするつもりなんですか?」


 アルベートが俯き加減のまま口を開いた。


「俺たちは夜、ちょっと野暮用があってな。二人はゆっくり休んでいてくれ」

「野暮用って……その後は、どうするつもりなんですか?」

「……分からねぇ」


 怒気に包まれた鋭い瞳が、視界を覆った。震える両手が、俺の胸ぐらを突き上げる。


「———ヤマトさん!! アンタ、そんな適当な考えで許されると思ってるんスか! これじゃ、なんのためにマルクさんが死んだのか……」

「アルベート! やめて! ヤマトさんは何も悪くないでしょう!」


 クリスティが駆け寄ると、アルベートの腕にしがみついた。


「……マルクのことは、本当にすまないと思ってる。それと俺の用件が終わったら、ちゃんと考えるよ、お前たちのこと。そして、これからのこと。マルクにしっかりと頼まれたからな。だから、もうちょっと待ってくれよ。頼む」


 アルベートは揺れ動く視線を一気に逸らすと「当たってすみません」と小声で溢し、その手を離した。


「ヤマトさん……私たちは仲間でしょう? はぐらかすような言い方じゃなくて、ちゃんと何をするのか教えてください」

「そうだな……その通りだ。悪ぃ。許してくれ」


 クリスティの真摯な眼差しに当てられて、俺は素直に謝罪した。

 そしてエリシュに視線を移す。彼女が小さく頷いた。


「俺たちは今夜、階層主フロアマスターの屋敷に忍び込む。危険かもしれないから、二人はここで待っていてくれ」

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