チートもスキルも俺にはいらねぇ！ 根性一つでダンジョン攻略！ 絶対彼女を見つけ出す！ 〜え？ 王子に転生？ そんなこと、どーでもいいわっ！〜

第41話 潰えぬ想い

　マルクを失った悲しみで胸が押しつぶされそうになるのを堪えながら、俺たちは3階層を駆け進んだ。

　立ち止まってしまったら、きっと、二度とは動けなくなる。

　涙に溺れて感情を押しとどめられなくなってしまう。自分自身を責め始め、戻れない過去に都合のいい答えを模索し続け、自問自答を繰り返してしまうだろう。

　ここまで苦楽を乗り越えてきた仲間たちだ。

　多少の齟齬（そご）はあるにしろ、そう感じたのは俺だけじゃないはずだ。

　だから俺は———俺たちは、ただひたすらに剣を振り続けた。

　涙で視界がぼやける中、目の前に立ち塞がる外魔獣（モンスター）を黙々と屠（ほふ）っていく。

　アルベートとクリスティも落涙（らくるい）しながらも戦い続け、高ランクの外魔獣（モンスター）を相手に連携をとり、一歩も引けを取らなかった。

　エリシュは一見すると努めて冷静そうに伺えた。だが、何度か口元を拭っているその正体が、滲み出ている血だと分かり、気持ちを押し殺しながら年長者の役割を全（まっと）うしているのだと理解した。

　果てることない悲しみと怒りを糧に、3階層から2階層へ。

　すでに回復薬（ポーション）は、使い切ってしまっている。

　俺の手ひらは豆が潰れ皮がめくれ上がり、肉が剥き出しとなっていて、所々から血が噴き出していた。エリシュも肩から、アルベートは額から、クリスティは右腕から、それぞれ出血をしている。皆、満身創痍。どこかしらにダメージを負った状態だ。

　ただ、肉を切らせた程度の傷なら、どうと言うことはない。

　頭が「痛い」と認識しなければ、問題はない。痛覚は既に麻痺状態だ。

　そして何よりも、回復に充てられる術（すべ）がない。

　エリシュの残り僅かな魔法力は、ここぞという場面での大切な切り札だ。

　マルクが自分の命と引き換えに、残してくれた魔法力。それを無駄にすることは許されない。何より俺たち全員が、それを望んではいない。ましてや己の傷を治すことになど、尚更。

　俺たちは身を寄せ合いながら一丸となり、外魔獣（モンスター）の大海原へと漕ぎ出していく。

　その舵を切るのは、先頭の俺だ。

　防御を捨て去り、攻撃に振り切った「特攻」とも言い換えられる戦い方。実際に外魔獣（モンスター）の攻撃を何度か喰らい、意識が飛びそうにもなった。次第に蓄積されていくダメージと重くまとわりつく疲労感は体の自由を奪っていき、思考も散りじりとなり、記憶すら断片的に抜け落ちていく。

　終わりも光明も遥か彼方。まるで悠久とも感じ取れる戦いに、さすがの俺も飽（あ）いていた。

　もうこのまま、地面に寝てしまおう。軋んだ体を投げ出して、疲弊したこの現実から解放されたいと願った。何遍も。

　そしてその度に、マルクの優しい顔が脳裏に浮かび上がってきた。

　すると不思議に体の底が熱くなり、手足が動く、前に出る。自分の意思とは相反して、体が前へと押し出されていく。

　まるでマルクが、俺のふらつく背中をそっと支えてくれているかのように。

『ゴオアアアアアア！』

　耳障りな咆哮と同時に、真横から硬い何かで殴打された。

　意識を断ち切るには充分な一撃。俺の頭部は跳ね上げられ、カクンと腰が無様に砕ける。どうにか剣を支えに倒れることだけは防いだものの。

　大胆に体勢を崩した俺に、ここぞとばかりに襲いかかる外魔獣（モンスター）の群れ。

（こ、これまでか……。すまねぇな、マルク。それに玲奈……）

　潔く目を閉じ始めた最中、外魔獣（モンスター）の群れが突然爆（は）ぜた。

　再び瞼（まぶた）を広げた先には、手のひらを突き出したエリシュの姿。

「———ヤマト。大丈夫!?」

「……へっ。悪いな……エリシュ。大事な魔法力を……」

「まだ喋れるなら、平気そうね。さあ、前に進みましょう」

　マルクの代わりに前衛を務めるエリシュに支えられ、俺は再び立ち上がった。

　そうだ。

　前に———前に進もう。

　今はそれしかできないのだから。

　俺自身のためにも。

　アルベートとクリスティを託した、マルクのためにも。

　そして、もう少し。あとほんの少し手を伸ばせば届くだろう、玲奈のためにも。

「———おっしゃあああああああああああああああ！」

　足元をよろめかせながら、だけど鋭い斬撃で外魔獣（モンスター）を切り進む。凍てつく眼光で外魔獣（モンスター）を怯ませる。

　今や俺の唯一誇れる自慢のスピードは影をひそめ、気合いと腕力だけで、外魔獣（モンスター）をねじ伏せていく。

　一閃振るうごとに剣の重量に振り回され、体が情けなく流されて。

　一刺突くごとにその勢いを堪えきれず、前のめりに崩れそうになる。

　だけど。絶対に倒れない。

　外魔獣（モンスター）の攻撃をギリギリのところで回避して、一体ずつ確実に仕留めていく。

　俺たちを取り囲む外魔獣（モンスター）どもが、慄（おのの）き始めた。

　倒せそうで倒せない奇怪な獲物を前にして、気圧（けお）されていく。

　迷路（ダンジョン）内の驚愕が飽和状態に達すると、俺たちを取り巻いている外魔獣（モンスター）の包囲網がジリジリと後退。その輪を広げ出した。

　後退りを始めた外魔獣（モンスター）たちの隙間から垣間見えたもの。

（へへっ。そこにいたのか。……探したぜ）

　———最下層へと続く階段が、目の前に姿を現した。