第39話 来訪者

「アースラさん、これはどうですか?」

「美味しい! 甘辛ダレが薄切り肉と絡んで、肉本来の旨味を引き立ててる。食欲がそそられるわ」

「よかったです。レモン胡椒を添えた方はどうでしょう?」


 開け放した窓から爽快な風が通る晴れの日、聖魔亭では二人きりの試食会が開催されていた。ザウラントを倒してから街道の利用者は徐々に回復し、レストランの客足も伸びつつある。それに伴い、休日になると二人でメニュー開発に勤しむようになったのだ。


 リンダ達から襲撃のお詫びとして渡された財宝を元手に、行商人から食材や調味料を調達した。そしてザウラントの肉は一部を除いて干し肉にし、長期保存を可能にした。おかげで今までは材料が限られて作れなかったものも作れるようになり、ミレイユは大いに張り切っていた。


 アースラもまたメニュー開発に前のめりになっていた。ミレイユが作る料理はどれも絶品で際限なく食べられるし(大食いだからでは断じてない、というのはアースラの弁)、やる気に満ちたミレイユの手伝いをするのは楽しい。


「アースラさん、これも味見してもらえますか? はい、あーん」

「あーん」


 ……なんてやり取りが頻繁にあるのも、悪くなかった。


 レストランを営業している間は忙しくて二人の時間は作れず、閉店後も掃除に仕込みに翌日の準備とバタバタしてしまう。だからこうしてミレイユを独り占め出来る時間は貴重で、かけがえのないものになっていた。


 それに加えて、一つ気掛かりな事があった。杞憂で済むかもしれないが、万が一に備えてミレイユをなるべく一人にしたくない。そういった意味でも、この試食会は大いに役立っていた。


 ――それにしても、誰もレストランに来ないのも困るけど、ずっと盛況でも困るものね。


 口の端についたソースをミレイユに指先で拭われながら、アースラはふと閑古鳥が鳴いていた頃を思い出していた。何かと忙しい今と違い、屋上でゴロゴロしていた時は、時間を気にせずミレイユといくらでものんびり出来た。たっぷり時間を作れるようになったら、またあの時みたいにミレイユとまったりしたいものだ。


 そんな事を考えている内にひと通り試食が済み、ミレイユは満足したように頷きながら手元の書類を整えた。新メニューのレシピだ。アースラの感想と改善案を逐一それに書き加えていたから、隅々まで文字で埋まってる。


「ありがとうございます。アースラさんのおかげで、私一人じゃ気付けなかった部分を洗い出せました。次の休みの日にはもっと美味しいものを作りますから、楽しみにしてて下さい!」


 ミレイユは興奮気味に頬を染め、ホクホクしながら笑った。アースラは微笑み返して、ミレイユの頭へ手を伸ばした。


「アースラさん?」

「アンタが納得する美味しいものを作れるように、おまじない。……なんてね。次のも楽しみにしてるわ」

「はい!」


 ミレイユは満面の笑みを浮かべて頷いた。平和で落ち着いた、いつも通りの休日。せっかくだから二人分のハーブティーでも淹れてこようと、アースラは腰を浮かせた。


 その時だった。キンと鋭い気配が走ったのは。


「下がって!」


 反射的にミレイユを庇って前に立ったアースラは、レストランの扉を睨みつけた。剣呑な気配は徐々にレストランへと近付いてくる。アースラはその気配をまとう人物を、よく知っていた。


 魔皇女の強さを追い求め、自身を鍛えて高みに上り詰めた上位魔族の悪魔。魔族を率いる軍隊長としてのアースラを支え、多くの人間を蹴散らしてきた副団長。


「……アンタなら見つけ出すと思ったわ、ヴァルター」


 アースラは腕を組み、部下の名を口にした。その呟きを掻き消すように、黒い光の刃がヴンと唸りながら扉を貫く。邪法ゲヘナで破壊された扉はバキンと悲鳴を上げて崩れ、侵入者を拒む役目を失った。ヴァルターはコツコツと床板を踏みしめてアースラの前に立つと、恭しく片膝をついてみせた。

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