第37話 破壊衝動
アースラの思惑に反して、ザウラントはなかなか倒れず粘った。
長く生きた個体なのだろうか。今までアースラが倒してきた他のザウラントより賢く、戦闘中にこちらの動きをよく見て学んでいる。アースラの攻撃をかわしながら繰り出す反撃が、徐々に避けにくく鋭いものになっていた。
ついにアースラはザウラントが振り下ろした頭部に叩き落され、前足で踏みつけられそうになる。
アースラは舌を打って即座に前足を蹴り飛ばし、無理やりザウラントの攻撃を中断させた。そのまま流れるようにザウラントの腹部にパンチを入れたものの、ザウラントが自ら後方へ飛んでパンチの威力を減らした為に、大した威力にはならなかった。
そうして決定打を叩き込めないまま膠着状態が続いた。やがてアースラの息が切れてくると、それを見計らったかのように、ザウラントはアースラに突進してきた。
「ッ……しつ、っこいわねぇ……!」
ギリギリでかわすアースラ。それを尻尾で薙ぎ払おうとするザウラント。まるでスローモーションのように、その様子がアースラの目に映る。
――避けなきゃ。
頭では分かっていた。しかし疲労が絡みついた体は思考に追いつかない。巨大な尻尾が、視界を埋める。
ごっ。骨が体内で悲鳴を上げた。
次の瞬間、体が投げ飛ばされた。高速で流れていく景色は突然止まり、全身にびしりと雷撃が走るような激痛が走った。どさりと地面に落ち、ゲホゲホと激しく咳き込む。
どうやら体を強かに木に打ち付けたらしい。視界は電気が走っているように火花が散り、肺が衝撃で震え、呼吸もままならない。まともに動けないというのに、地鳴りの音が容赦なく近付いてくる。ザウラントが、アースラを噛み砕こうとしている。
「は……はは……」
アースラは地面を見つめ、痛む腕に力を入れて上半身を起こした。指先に至るまで走る激痛が熱を生んでいる。このままでは、エストの仲間と同じ末路を辿る。
アースラはよろよろと立ち上がった。足は震え、いつ倒れてもおかしくない。ザウラントは砂埃を上げて迫っている。絶体絶命。それこそが、この場に似合いの言葉だ。
だから。
「……はァははははははははははァッ!!」
――面白いじゃない!
「我が身に宿りし、終焉の欠片、全てを統べる鍵にして、扉を開く者、汝の名はリーヴェン・レ・スパーダ!」
アースラの叫びに応じ、剣の柄が異空間より伸びてくる。それをアースラが掴んで引き抜くと、禍々しい黒い光を纏った魔剣が姿を現した。
「いい、いいわァ、戦いは強敵とするから楽しいのよ。ねぇ、もっと出来るでしょ? もっと殺意を練れるでしょ? もっと楽しませてくれるでしょォッ!?」
あはははははははは!
アースラの哄笑が森に響き渡った。そうして始まったのは、一方的な殺戮劇だった。瞳孔を開いたアースラは、血が踊る戦いに興奮してすっかり酔いしれていた。狂ったように斬撃を繰り出し、その度に攻撃の余波で木々は破裂音を上げながら弾けた。
地面や岩は抉られ、花は無残に散る。魔剣から迸る黒い閃光が、天災のように森を破壊していく。余波に当たらなかった木々も無事では済まない。縦横無尽に飛んで魔剣を振り回すアースラが暴風を生み、それに耐えられず倒れていく。絶命の叫びにも似た音を立てて、立派な幹が折れていく。それらの惨状は、戦闘を楽しむアースラの目には入らない。
最強を誇る自分を追い詰める存在など、そうそういない。だから嬉しくて仕方がなかった。この体に激痛を与えた存在と、命の削り合いが出来るのが!
楽しい! 殺せ! 八つ裂きにしてしまえ! 全部全部破壊しろ!
もっと妾を楽しませなさい!
「もう止めてください!」
ハッ、と、アースラの手が止まった。いつの間にかミレイユがアースラの近くに来て、目を腫らして泣いていた。その周りには、少し前までザウラントだったものが散らばっている。ザウラントはアースラが高揚して斬撃を繰り返している間に細切れになり、死に絶えていた。
ピクニックしようと話していた綺麗な森は、アースラの破壊衝動によって凄惨な姿になってしまった。キラキラした輝く森だったのに、もはや見る影もない。
悲痛な叫びを上げたミレイユは、顔を覆いながらぶるぶると震えていた。アースラは静かに地に降り、泣きじゃくるミレイユの側に歩み寄る。
「……ミレイユ……」
「わ、私、怖かった……! アースラさんが戦いに酔いしれて、あのまま元に戻らなかったら、どうしようって……不安で仕方ありませんでした!」
「ミレイユ」
アースラはミレイユを掻き抱いた。戦闘中はほんの少しも冷えなかった胸が凍ったように冷え、ずきりと痛んだ。こんなにも怖がらせてしまったのだ。戦闘に血が湧いている間、周りの何も見えなかった。そんな状態でミレイユにまで攻撃が届いていたらと思うとゾッとした。
――体は無事でも、ミレイユの心は無事じゃない。妾はミレイユを、傷つけた。
ぎゅっ、と、抱きしめる腕に力がこもる。
「……ごめんなさい、ミレイユ。怖い思いをさせて」
アースラの声は沈んでいた。ミレイユは壮絶なものを目にしてしまった為にショックが強く、しばらくアースラの腕の中で泣き続けた。アースラは労るように根気よく強く抱きしめ続けた。抱きしめる腕の優しさに普段のアースラを感じたミレイユは、次第に落ち着きを取り戻し、真っ向からアースラを見つめた。
「どうか『お願い』します。もうあんな無茶な戦い方はしないでください。破壊衝動に身を委ねないでください」
それは真摯な願いだった。呪いによって、アースラの内部が作り変えられていく。今後はミレイユの許可がなければ本気で戦えなくなるだろう。
――ミレイユを悲しませなくて済むなら、それでいいわ。
アースラはミレイユを再び強く抱きしめた。呪いは自分の意思を無視して行動を制限してしまう。だからこそ、望まないものだった。
しかし今かけられた呪いは、アースラにとっても必要で、とても大切な鎖のように感じるのだった。
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